エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #7 心の中になるべく大きな地図を持とう

2008年11月17日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5 分

ウィルバーの大きな地図

ウィルバーという人は,心理学や宗教のような人の内面に関わる知と自然科学,さらには政治哲学,社会学,現代思想といった,あらゆる知の営み含む,一つの大きな地図を作成しようとしています。

その野心が大きい分だけ,できあがりつつある地図は,哲学的,思弁的なもので,非常に難解なものです。そのままでは,とても日常生活の役に立つものではありません。

しかし,彼がその過程で生み出した手法や座標軸は,私が「打たれ強さ2.0」と呼んでいる課題につながるのではないかと私は考えています。

つまり,自分と全く違う地図を持った人と対峙する時に,ウィルバーの言葉を使って問題を整理していくことで,矛盾しているように見える二つの地図の関係が見えてきます。それによって,目の前にある現実的な問題に対応しつつ,自分の世界観を広げていけるということです。

たとえば,ウィルバーは,問題への視点の性質を次の3つに分けることを提案しています。

⁠私』の問題」
⁠私とあなた/私たち』の問題」
⁠それ』の問題⁠

具体的な例として,グーグルストリートビュー(GSV)に対する批判をこの観点から考えてみましょう。

まず,GSVに自分の家が映っているのを見て,⁠気持ち悪い」と感じたとします。⁠私は自分の家がGSVで公開されていることを気持ち悪く感じる」とそのまま自分の経験として語ることが「⁠⁠私』の問題」としてのGSV批判です。

この立場に立った場合は,自分の「気持ち悪さ」をより深く見つめ,それを言葉や映像作品として表現していくことが効果的な批判になります。

もし,GSVを擁護する立場に立った場合,ひとつのポイントは,主観的経験そのものを否定することはできないということです。他の人は違うように感じるかもしれないし,その人自身も時間が立って状況が変われば別の感じ方をするかもしれませんが,その人がその時点で「気持ち悪い」と感じたその経験そのものは否定できません。

その人の主観的経験そのものは受けいれる所からスタートしないと,話がすれ違ってしまいます。

ですから,同じ「⁠⁠私』の問題」としてとらえて,逆にGSVの気持ち良さを,映像的な表現等の主観的な表現で強調するといった方法のの方が,有効な対応策になる可能性が高いと言えます。

同じ「気持ち悪さ」であっても,⁠私たちは,それを気持ち悪いと感じる文化と歴史の中で育っている」と主張したら,これは「⁠⁠私たち』の問題」になります。

樋口理さんは,ブログでそのように主張し,このエントリは英訳されて,大きな反響を巻き起こしました。

「文化」というのは客観的に定義できるものではありませんが,人と人との対話の中に存在しているものです。それを扱う作法の中では,議論の対象になり得るものです。

この意見に対しては,海外のブロガーから「これはちょっとおかしい。日本人のツアーがアメリカに来ると,彼らは何でもビデオに取るじゃないか」という批判がありましたが,この批判は「⁠⁠私たち』の問題」としての同じ構えで,答えたものになると思います。

つまり,⁠気持ち悪い」という経験の存在を否定しているのではなく,その経験を起こす心的な構造(日本独特の文化)について違う観点をぶつけているわけで,これは,その当否は別として噛み合った議論だと思います。

また,⁠GSVは撮影の時に私道に立ち入り道路交通法に反した行為をしている」という批判がありました。これは,客観的な事象として,つまり,ウィルバーの言葉で言えば,⁠それ』の問題」として批判していることになると思います。

このようにひとつの問題についてもさまざまな視点が存在しています。ウィルバーが強調しているのは,このそれぞれのスタンスにおいて価値基準が違っているということです。そして,どの価値基準にも独立した意味があって,一つの基準で他のスタンスを裁いてはいけない,ということです。

ですから,GSVを批判するにせよ,それに答えるにせよ,自分が今,どのスタンスで主張しているかを意識することで,判断基準を共有した対話,噛み合った議論を行うことができます。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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