エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #7 心の中になるべく大きな地図を持とう

2008年11月17日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5 分

哲学は実用的なスキル

これまで,哲学は社会の中では役に立たないものの代表のように扱われてきました。世間の中で生きるには,表面的であったとしてももっと単純で具体的なスキルの方が役に立つ,というのが常識でした。

でも,今ではむしろ「スキル」と呼ばれるようなものの方が陳腐化しやすく,状況が変わるとすぐに役に立たなくなるものが多いでしょう。そして,あらゆるジャンルで状況の変化は加速しています。

哲学は日常生活に役立つものではありません。それが意味を持つのは,今まで使ってきた文脈が通用しない場面に遭遇した時です。普通の人が普通に生活していて,経験のない文脈に晒されることは稀なことだったと思います。違う文脈に触れたければ,それなりの手続と覚悟が必要になります。

たとえば,いつも渋谷で買い物している人が銀座で買おうと思ったり,その逆のケースでは,文脈のくい違いは起きたでしょう。でも,リアルの中では,違う文脈に接するまでに,街の雰囲気が違ったり店員の対応が違ったりと,その予兆のようなものを感じる機会がふんだんにあります。はっきりと意図しないまま,文脈の違う店にうっかり入ってしまうことなどまずありません。

しかし,ネットでは,そういうことが簡単に起きてしまいます。

店員の側から見ると,文脈を理解してない客を接客しなくてはならないケースが多いということになります。そして,コミュニケーションが成立しなかった時,⁠文脈を知らないあの客が悪い」とはなかなか言えない,言えばよけいに炎上する,こういう状況がネットからリアルワールドに浸透しつつあるのだと思います。

こういうことに対応するには,表面的な「スキル」ではなく,一歩踏みこんだ「哲学」が必要になるのではないでしょうか。普通の人が普通に生活していく中でも哲学が必要な場面が増えているのです。たとえば,ここで言っている「打たれ強さ2.0」⁠負けおしみ2.0」のようなものが。

Webはページの集合でなくリンクの集合である

ウィルバーのモデルには,もうひとつ興味深い所があります。それは,科学の分野である「それ」を個体の科学と複雑性の科学(⁠⁠それら」の問題)に分ける基準です。

たとえば,生物学は典型的な個体としての「それ」の科学ですが,生物は細胞の集合であり細胞は分子の集合です。生物の体だって見方によっては集合体扱っているのに,なぜそれが「それら」でなく「それ」に分類されるのか。そこに確固とした境界があるのか。

この問いに対して,ウィルバーは,社会学者のルーマンの理論を援用して,⁠コミュニケーション(相互作用)の集合としての事象に対しては,別のアプローチが必要となる」と答えます。

これが面白いと思ったのは,これがまさにグーグルのやっていることにつながるからです。

他の人が「ネットとはWebページの集合である」と考えていた時に,グーグルは「ネットとはWebページ同士の相互作用の集合である」と考えたのです。つまり,ネットはリンクの集合であり,全てのリンクを解析すればネットの全体像を見ることができると。それがリンクに着目したページランクであり検索エンジンになるわけです。

SEOにおいては,ページの内容より,そのページがどこからリンクされているかの方が重要になります。これは,個々の人間の内部を知らなくても,相互作用(コミュニケーション)だけを見ていれば社会全体のことは理解できる,と主張したルーマンの視点につながるように思えました。

もちろん,哲学や社会学を知ることでグーグルが作れるわけではありませんが,Webに関わる時にコミュニケーションに着目する視点と,コンテンツの内容そのものに注目する視点を使いわける必要性を理解するヒントにはなるでしょう。

SoulHack #7 心の中になるべく大きな地図を持とう

ネットとは,意識的に壁を作らない限り,文脈と文脈がぶつかりあって火花を散らしている場です。

この場に参加し続けていれば,それだけで自然と創造的なことが起こってくるものです。

問題は,それを継続する為に要求される水準の「打たれ強さ2.0」を持っている人は少ないということでしょう。

ウィルバーの本は非常に難解ですが,⁠打たれ強さ2.0」を獲得するためにチャレンジする価値はあると思います。そして,それはネットだけでなく,現代社会のさまざまな場面で役に立つスキルになるものだと思います。

また,同じ著者の統合心理学への道もおすすめです。

正直言って,私にはウィルバーの本は半分くらいしか理解できていません。しかし,ここに書いたように,理解した部分からは大きなものを得ていると感じています。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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