エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #9 conflict resolutionを仕事の一部として意識的に取り組もう

2009年1月15日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5.5 分

主流派が暗黙に強制する権力

私がミンデルに注目するのは,葛藤に着目しそこに新たな意味を見出そうとする「紛争の心理学」という側面からです。

「紛争の心理学」とはミンデルが「ワールドワーク」という実践について述べた本の邦題タイトルです。この本の中で,ミンデルは,北アイルランドや旧ソ連諸国等,テロが起こる所までこじれた民族紛争のような簡単には解決できない問題のある地域で,対立する両者を集めて集団討論を行うという活動について報告しています。

たとえば,次のようなエピソードがあります。ロサンゼルスの人種間の対立が激しいコンプトンという地域で行われた住民集会でのことです。

会議場の雰囲気は緊張していた。コンプトンの外から来た人々はその雰囲気を怖がった。会議が始まると空気に怒りが感じられるほどであった。会議では,人種差別に関するたくさんの熱いやりとりや論争がなされた。ある論争を特にここで取り上げたい。会議の二日目,40代後半の白人男性が,にこやかに,しかし自信たっぷりに,自分は多文化のグループでの経験が豊富であること,そこでいつも自分が怒りを示さず冷静でいたことを語った。彼は,話している間中ずっと微笑んでいた。

それに対して,20代のある黒人男性が,⁠自分が何言ってるのか分かってるの?』と静かに語りかけた。しかし,その白人男性は彼を無視したのである。黒人は立ち上がり,白人に顔をつき合わせて,聞いてもらえなかったことを激しく抗議した。その白人は,そのような『怒れる人』と話すことを拒絶した。そのアフリカ系アメリカ人の男性が次第に声をあらげるにつれて,その白人はそっぽを向き,身体も別の方向に向けながら,自分は誰に対しても開かれていると言い続けた。

この論争は,私たちの一人が,身体の向きを変えるというその白人の無関心な態度が,人々は話し合うときに穏やかでなければならないとする彼の暗黙の前提に基づいているのではないかと指摘したときに,一時的な解決を迎えた。この大変些細な暗黙の前提が,排他や特権から生れた主流派の押しつけなのではないかということについての議論がわき起こったのである。穏やかであることは,間近にある問題が厄介でないときにのみ可能なのだ。

(p.44)

普通の仕事では,このケースのような,直接的な暴力につながりかねない深刻な紛争はめったにありませんが,先の事例とこのエピソードには注目すべき共通点があります。それは「主流派文化の暗黙の押し付け」ということです。

前出の電算室長は,雑貨部門の要望の中から「本音の部分を抜き出した」と書きました。言いかえれば,雑貨部門の担当者の人は,本来必要の無い要望を,打ち合せの場で主張していたということになります。

ということは,この問題は,この点を批判し「雑貨部門の要望の中から本来不必要な要望を切り落としていく」という情報処理的な解決もあり得たかもしれません。しかし,それでは対立を激化させ,プロジェクトは後で別のもっと難しい問題に直面することになるでしょう。

本来,ヒアリングの場で,現場の人は正直に現場の状況を脚色なくストレートに説明すべきです。しかし,正直ベースであることは,暗黙の保護を与えられた「主流派」の立場にいる人にのみ可能なことです。

ここで,⁠穏やかであること」⁠正直であること」を強制することは解決にはつながりません。その背後に何があるかを見なくてはいけないのです。暗黙の前提が,⁠排他や特権から生れた主流派の押しつけ」ではないかを点検しなくてはいけないのです。

この解決をリードした電算室長は,この問題の「主流派による暗黙の抑圧」という側面に意識的であったように感じます。

もし,雑貨部門が正直ベースで議論に臨まないことを直接的に批判したとしたら,それは,この論争における白人と同じことになります。⁠問題をおおげさに言わなかったら自分たちの要望は通らない」と雑貨部門が考える理由に気がついていないで正論を言っても,納得させることはできません。

弱い立場の人は,⁠主流派による暗黙の抑圧」に敏感で,それに対する反発を何とかして表現しようとしています。その問題に気がつかないと,対策が逆効果になり問題がもっとこじれてしまいます。

問題の深刻さはまったく違いますが,二つの事例には,そのような意味で似た構造があると思います。そして,多くの組織にも同じような対立関係があり,主流派の正論の中で本来の問題が抑圧され問題が深刻化しているのではないでしょうか。

葛藤は創造性の源

そして注目すべきことは,⁠次第に声をあらげるにつれて,その白人はそっぽを向き,身体も別の方向に向けながら,自分は誰に対しても開かれていると言い続けた」という所です。言っている内容(私は開かれている)と身体の示す内容(あなたとは話したくない)が矛盾しています。

これが示していることは,白人男性の身体は黒人男性の怒りを意識しているということです。つまり,⁠主流派文化の暗黙の押し付け」をしていることを,実は身体は知っていてどこか後ろめたく感じているのです。

このような抑圧がある時に,抑圧している方も非常に緊張を感じていて,その為に,無意識に決まりきったパターンで反応してしまうということがよくあります。

葛藤を放置することは,それによって不利になる立場の人たちだけでなく,表面的には得をするように見える立場の人にとっても,長期的には良い結果をもたらしません。この白人男性のように,頭と身体が分裂してしまい,両者が逆の方向に行こうとして,建設的なことに割くエネルギーがなくなってしまうからです。

逆に言うと,葛藤に直面することは,単に問題を取り除くという消極的な意味だけではなく,新しいエネルギーを生み出す創造的な活動ともなり得るわけです。

コンプトンの事例では,ファシリテーターの指摘がきっかけとなって,人種差別問題に関して,参加者の中で,今までに無いような形での話し合いが起こったそうです。⁠紛争の心理学」には,このような劇的なケースが数多く紹介されています。そして,その中で,葛藤をほぐす為のさまざまなヒントやコンセプトが示されています。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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