エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #9 conflict resolutionを仕事の一部として意識的に取り組もう

2009年1月15日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5.5 分

葛藤解決にこそ真の価値がある

オフィスワークを,情報処理とconflict resolutionに分けて考えた場合,これまでは仕事の価値の中心にあるのは情報処理でした。そこに解決すべき課題がたくさんあったからです。情報処理の効率性が重要な差別化の要因だったわけです。

しかし,今,グローバル化とインターネットによって,情報処理の為のノウハウが広まりツールが整備されています。全体的に情報処理は効率化されており,差別化できる部分が少なくなっていると思います。

この状況に対応するひとつの考え方は,情報処理の障害となるような葛藤を全て排除していくという方法です。たとえば,ミーティングの場で意図的に不正確な発言をする人は担当からはずしていく,問題点をすべて報告することを奨励する代わりに,報告の無い所には問題は無いものとする,というような考え方です。

そういう方法で葛藤を排除した組織ができたら,情報処理は無駄な寄り道無く効率的に行えるかもしれません。しかし,それが世界市場の中で競争力を持つ可能性は少ないでしょう。今や情報処理は誰にでも共有されているコモディティであり,コモディティの中に独自の特色は持つことは難しいからです。

そうではなくて,部門間の対立があって駆け引きがあることをそのまま認める。認めた上で,葛藤を解決するということを,価値の源泉として積極的に取り組むことが必要なのです。

内部に複数の文化を抱えこんでいる企業は,環境の変化により柔軟に対応できます。

実際,最初の事例にあげた企業も,衣料と雑貨が違う文化を持って共存しているということを,意図的に自社の強みととらえているようにも見えました。電算室長は,そのような会社の方針に添って,これまでにも両部門の間に立ち調整しながらいくつかのシステムを開発しており,その経験から社内のあちこちに適切な人脈を持っているわけです。

  1. 公式チャネルでのヒアリング
  2. 外部のベンダが1.をチェックし問題点をピックアップする
  3. 2.を裏のネットワークで解決する
  4. その結果を全社的な方針とする

この企業はこういうスタイルでシステムの設計方針を決めていたようです。結果的に見ると,この方法は,開発の力点をどこに置くべきかを明確にする上で,非常に有効だったと思います。

外部の人間としては,当初は,仕様が二転三転して振り回されているという感じもありました。しかし,基本設計で揉めたことによって,注意すべき点,しっかり確認を取るべき所がよく理解できたことがかえってよかったと思います。基本方針や優先順位がはっきりしており,現場と電算室が意思統一されていたので,その後の工程はスムーズに進み,最終的には大成功でした。

トップダウンで意思決定の手順が明確な企業の方が,情報処理という観点からはやりやすいと感じますが,真に競争力があるのは,こういうダイナミックな調整機能を持っている会社であるような気がします。

「気づき」の学としてのプロセスワーク

ミンデルの心理学は「プロセスワーク」と呼ばれます。

それは,⁠コンプレックス」とか「トラウマ」等という従来の臨床心理学の概念を統合,整理する上で,ミンデルが価値中立的な「プロセス」という用語を使うことを選択したからです。

一般の人が心理学に期待するものは,自分(自我)にコントロールできない無意識というやっかないなものを,うまく押しこめてほしい,きれいに切り離してほしいという方向になりがちです。従来の用語には,無意識=悪という価値判断が含まれているとミンデルは考えたようです。

そこで,ミンデルは一般的な心理学用語で言う「自我」「一次プロセス⁠⁠,⁠無意識」「二次プロセス」という新しい中立的な用語で呼び,これを集団の意識にまで拡大して適用してしまいます。

暴力的な激しい主張,身体の動きと発言内容の乖離,公式の会議の場での不誠実な発言等は,みな「二次プロセス」が意識されないまま表現されようとして,壁にぶつかっている状態だと見るわけです。プロセスワークは,この「二次プロセス」が壁(プロセスワークの用語としては「エッジ⁠⁠)を乗り越え,意識化されることをサポートします。

「エッジ」のむこう側では破壊的に見えるエネルギーも,⁠エッジ」を乗り越え意識された時には,創造的なエネルギーに変容します。このプロセスは,個人の中でも,1対1の対人関係の中でも,集団の中でも同じように起こる,と見るのがプロセスワークの立場です。

これまでのビジネスや組織の管理は,⁠一次プロセス」のみを対象にしてきました。そして,経済のグローバル化やインターネットの浸透によって,⁠一次プロセス」の範囲内では極限まで効率化されようとしていると私は思います。

その分だけ,⁠二次プロセス」「エッジ」のような概念が重要になっていく,そう私は予想します。今まで,気にもとめなかったことをどれだけ意識化できるか,それが重要なキーファクターになってくると思います。

集団内の葛藤という現象は目新しいものではなく,昔から存在していたものです。いったん,その存在に気がつけば,それを情報処理のレールに乗せて,従来の方法論の延長で処理していくことは可能かもしれません。あるいは,もともと,多くの組織にはそれを処理する非公式のルートがあるのかもしれません。

しかし,プロセスワークは,決まりきった手順で葛藤を処理していくだけのものではありません。むしろ,そのキモは,新しい葛藤にいかに気がつくかという所にあります。

今は,これまでにはなかった新しい形の葛藤があちこちに生まれ,あちこちで衝突を起こしている時代です。プロセスワークは,葛藤を解決する為の方法論というより,葛藤に気づく為の方法論という側面を強く持っています。そこが重要だと思います。

プロセスワークには,⁠気づき」を支援する為のさまざまなテクニックや概念があるのですが,ここではひとつだけ紹介します。

たとえば,空腹だと感じた時に,最初に空腹だと感じる瞬間に目を向けます。ある瞬間に,自分の頭の中で「腹減った」と思い,それが最初に空腹を意識した瞬間ですが,その直前には空腹は存在していなかったでしょうか?

これについて考えてみると,空腹に気づき,意識的に「腹減った」と思う前にも,何かが自分の中に存在していたことに気がつきます。後に成長して「空腹」に育つ何かです。何かがズレているような,ちょっとだけ不快な何かがそこにあると思います。

時には,その「何か」「空腹」として意識する前に,何故かイライラしていて,部下のミスを必要以上に厳しく叱ってしまい,⁠何であんなに叱ってしまったのだろう」と思ったら,朝から何も食べてなかった,なんてことがあるかもしれません。

それを後から振り返って反省する時には「空腹でついついやつ当たりしてしまった」と言いますが,実際には,部下を叱った瞬間には,それは「空腹」ではありません(叱ったのは,気がついて「空腹」というラベルを与える前のことです⁠⁠。まだ名前がついてないひとつの不快な身体的感覚です。

そして,その身体的な感覚が生まれる瞬間もあるはずです。これを意識するのは難しいですが,ある時まではその「空腹」のタネも自分の中には無くて,次の瞬間にはそれがあるのですから,それが生まれる瞬間もあり,⁠いくつかのエクササイズをすれば)それを意識することもできてくるとミンデルは言います。

この身体的感覚のタネのようなものを「センシェント・リアリティ」と呼び,あらゆるプロセスはそこから発生するとミンデルは言っています。

そして,集団同士の葛藤も,このような「センシェント・リアリティ」の中で発生するので,このような領域に意識的になることで,別の回路で表現することが可能になるケースがあるということです。ちょうど,空腹のタネが「八つ当たり」「腹減った」という二つの可能性を秘めていたようなものです。

葛藤というプロセスは,それが日常生活や仕事の場に表現されてくる過程のなるべく早い段階で気づくことによって,これまで存在していない創造的な働きを持つことができるのです。

まとめ

このように説明しても,⁠プロセスワーク」はなかなかとらえどころがなく,わかりにくいと感じるかもしれません。

ミンデルの本は,常に,言葉を通して把握している日常生活の中で忘れられてしまう所に焦点を当てていますので,確かに難しいと感じる部分もたくさんあります。

しかし,だからこそ,どうにも出口が無い袋小路に入りこんでしまったように感じる時に,たくさんのヒントを与えてくれるものでもあります。

特に,仕事やキャリアについて行き詰まりや困難を感じている人にこそ,一度読んでいただければと思います。直接的には役に立たなくても,視野が広がり思わぬヒントが自分の中から生まれるきっかけになることがたくさんあるのではないかと思います。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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