エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #10 仕事の中にある「空気」を意識しよう

2009年2月16日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 4 分

「空気」の読める「大人」の社会

社会人としてある程度のキャリアのある方は,20代前半の若い人を見て,その人が学生であるか社会人であるかは何となく見当がつくと思います。立ち居振る舞いが違うからです。単に敬語が使えるとかそういうことではなくて,おじぎをした時の所作が違う,会話の時の相手を見る首の角度が違う,そういう動作の一つ一つの中に,何となくそういう違いを感じます。

たとえば,名刺交換等をする時の頭の下げ方等に,そういう違いが表れてくると思います。

そして,具体的に何かの技能を身につけたり,特定の業務の経験を積むことより,そのような所作ができることを「大人になった」というような言い方をして重視する人も多いと思います。

日本の社会は,政治的には民主主義国家で経済的には資本主義ですが,それと違うレベルで,⁠空気」の読める「大人」の集まりであるとも言えます。

「空気」の読める「大人」でないと実質的に排除されてしまうような組織,集団が非常に多いと言えるでしょう。

はっきりと言葉にされておらず日ごろはほとんど意識しないけど,大半の日本人が従っているような原則のようなものがあります。これを「空気」と呼ぶことにすると,日本の社会は,⁠空気」「言葉」の二層で形成されていると考えるべきだと思います。

つまり,法律にせよ,政治にせよ,経済にせよ,西欧由来の現在の社会制度は「言葉」あるいはロジックで成り立っています。日本の社会もあるレベルではそうです。⁠言葉」で成立していて「言葉」で把握できるような社会です。

しかし,⁠言葉」のレベルで,社会のルールを理解しても,それだけでは参加できないようになっています。⁠場」「空気」が読める「大人」でないと立派な社会人とは見なされません。

多くの会社で業務マニュアルが整備されないのもその為でしょう。

業務マニュアルは「言葉」のレベルでの仕事の記述になります。これをいかに精緻化しても,⁠空気」のレベルまで規定することはできません。実際の仕事の中には,⁠空気」のレベルで行なうべきことがたくさんあり,ここを体で理解しないと仕事ができないのです。

たとえば,会社として何かの意思決定をする場合に,⁠この件は○○という業務に関することだから,関連するセクションはこことここで,権限のレベルで言うと課長クラスだな。だから,A課長の決済をもらえばいい。まずはA課長の部下のB氏に聞いてみるか」というように「言葉」のレベルで考えても,それだけではなかなかうまくいかないと思います。

重要な意思決定をする場合には,多くの関係者を集めて会議を行なう必要があります。それは,その業務に関連していて影響を受けるからではなくて,⁠空気」を醸成する為です。ですから,業務分担や権限という「言葉」のレベルとは別に,その「空気」を作る「場」に同席してもらい,多くの関係者にその「空気」の一員となってもらわないと,うまく進みません。

「空気」「言挙げ」を嫌う

このような意味での「空気」を論じた本,あるいは,これに近い観点からの日本人論は,たくさんあります。以前,自分のブログでそれについて書いた所,何人かの方から,そういう本をリストアップしたトラックバックをいただきました。

また,最近でも,藤原智美氏の『検索バカ』という本が,同様の問題に触れているようです。これについては,以下の書評が参考になります。

しかし,日本独自の文化的伝統である「空気」には,ひとつの大きな問題があります。それは,⁠空気」その内容を言語化することを好まないということです。

たとえば,外国人社員を幹部として登用することができるかどうかを考えてみます。業務遂行能力があって,日本語を自由に使えたら,外国人が日本の企業の中枢部分に参加することは可能でしょうか?

おそらく,会議の「空気」を読める「大人」であるかどうか,と言った所で微妙な衝突,違和感が生じてしまうのではないでしょうか。

この場合,少なくとも,何故その人が幹部になれないのか,その理由を言語化して誰にでもわかるように示すとことが求められてくるのではないかと思います。しかし,そこで「空気」の読めない人が「自分のどこが問題なのか,わかるように示して下さい」と言ったことに対して,⁠そういう大人げない所があるから困るんだよ」というような反応になるのではないでしょうか。

つまり,そこを言葉で明確に示さなくても,⁠空気」を読んで体で理解することができるのが「大人」であるという感じです。

言挙げ – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E6%8C%99%E3%81%92

によると,柿本人麻呂が「葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国」と歌ったそうですが,このように重要かつ微妙なニュアンスを持つ社会的ルールを言語化することを嫌う傾向は,日本の文化の中に古くからあるような気がします。

そのために,上記のように個別の良書はたくさんあるのですが,それが体系化された学問として確立されてはいません。注目すべき洞察はたくさんあり,そのいくつかはベストセラーとしてよく知られているものですが,入門から研究までの道筋が誰にでも開かれているものにはなっていません。

民主制,資本主義,啓蒙思想といった,グローバル経済や西欧の社会のルーツを構成している概念と比較すると,違いはあきらかです。日本の中で日本語で勉強するとしても,⁠空気の研究」より西欧の歴史や文化について勉強する方がずっと楽だと思います。

たとえば,ブッシュの外交政策について論じる時に,⁠ブッシュの支持者の中で宗教保守層の占める割合が大きくて,その意向に引きずられる傾向がある」くらいの解説は,普通に新聞の中に触れられているし,⁠宗教保守層」とは歴史的にどのように成立してどのような考え方をする人たちなのか,といったことは,調べる気になれば,いくらでも深く調べることができます。

もちろん,一般のサラリーマンがそういう知識を必要とする場面は少ないかもしれません。でも,学ぼうと思った時には,入門書から専門書まで望みのレベルの本が揃っているし,詳細なレベルについては専門的に研究している人がたくさんいるわけです。その中から,自分に必要な深さの解説を取捨選択できます。

それと比較すると,多くの日本人は,日本の古くからの伝統,文化といったものが,どのようにグローバル経済と衝突しているかについて知らないし,知ろうとしても「エッセイ」のレベルしかなく,体系的に確立された日本人論を学ぶことはなかなか困難だと思います。

しかし,実際には,日々の業務を遂行する中で,我々は毎日のように「空気」を読みながら仕事をしていおり,多くの企業において,この能力は実質的に必須のものとされているわけです。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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