エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #11 「世間」からの離脱というオプションを予め評価しておこう

2009年3月16日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5 分

しかし,直線的時間と円環的時間の関係は,そうはいかない難しい問題です。

この対立が,どのような場面に表れるかと言うと,1つは「社会は(⁠世間」は)変革することが可能であるかどうか」という問いです。

社会は,独立した個人の意思の総和として形成されています。近代社会には,まず民主主義という理念があって,選挙や代議制等の制度で実装されています。理念と実態は完全に一致するものではありませんが,そのズレが大きくなり,現在の社会に対する不満を持つ人が一定数を越えた時には,実装を変革することが可能です。

「直線的時間」とは,そのような改革の積み重ねによって,一時的に行き過ぎたり迷走することがあったとしても,長い目で見れば,社会は良い方向に発展していくものである,という見方です。

それに対して,⁠世間」は,個人の集合ではなく,立場の集合です。お歳暮は個人の人格でなくその人が果たしている役割に対して贈られるものです。その役割,立場が集まったものが「世間」であり,そこに対して個人が主体的に関わることは許されていません。

ですから,⁠世間」のルールや価値観は変化することが無いものとして認識されています。変化の主体となるべき個人の人格というものの存在を最初から認めてないのが「世間」なのです。

社会と個人との関係は相互的なものです。社会も法律や市場として,個人にさまざまな影響を与えますが,個人の意思も数多く集まることで,社会を変革していけるものです。

それに対し,⁠世間」と個人の関係は一方的なものです。

「世間」は,個人の言うことを聞きません。それを黙殺するのでもなく反論するのでもなく,ただ単にそれを聞くことができないのです。⁠世間」は役割の集合であり,役割の求めるものを受け入れない人は,単に「世間」から不可視の存在となってしまいます。仮に「世間」に一時的な変化があるとしても,それは季節が巡っているようなもので,少したてば「その後もおかわりないですか」という円環的な時間に戻ってしまいます。

こう言った意味での,変革できる「社会」と,永続的に不変の「世間」の関係は,調停できないものです。そして,両者が対立した時には,日本人は「世間」のルールを取らざるを得ないようになっています。

たとえば,自己破産等の救済策があるにもかかわらず,毎年,借金を苦に自殺する人が多くいます。

そういう救済策は,返済不可能な状態になった時に,社会の中での立場を守ってくれます。しかし,世間の中の立場を失なうことに対しては意味のある保証になっていません。

日本の社会の中では,たとえ自己破産してしまったとしても,経済活動の中ではいくつかの制約を受けますが,基本的人権が奪われることはないはずです。もし,自分が社会の一員であるという意識を持っていたら,一定の制約の中で自分は生きる権利を持っている,幸せを求める権利を持っていると考えて,自己破産のような救済策を選択するでしょう。

しかし,自己破産によって親しい人に迷惑をかけることは,円環的な時間の流れを破壊した者として,⁠世間」からは追放されてしまうことを覚悟することです。このことを耐えられない苦痛と感じる人が多いのだと思います。

不正行為をする企業の内部告発にも同じような問題があります。そのような告発は,社会の観点からは必要なものであり,時に義務であるとも言えます。しかし,⁠世間」の観点からは,特に,それまでずっと習慣的に行なわれきた不法行為であった場合には,円環的な時間の流れを破壊した者として糾弾を受けることになります。

このように社会と「世間」の原則が対立した場合,特にその当事者となった場合には,平均的日本人は「世間」の方を優先して行動してしまうのではないでしょうか。

今もより一層強化されている「世間」

そして,これは,現代に至っても消えないばかりか,むしろ強化されています。

たとえば,若い人の携帯メールの使用法は,まさに「世間」を確認しあう行為に思えます。

  • 意味も無いものを贈り必ず返礼を欠かさない(贈与互酬の関係)
  • 空気を読み一定のキャラを演じる(人格より場,役割を優先する人間関係)
  • 際限なく繰り返され発展しないやりとり(円環的時間の確認)

これは新しい現象と言うよりは,単にお歳暮のやりとりをスピードアップしただけのものです。

また,⁠2ちゃんねる」でのやりとりや,ブログの炎上等,日本の特有のネットにおける現象も,日本人の集団が,社会の原則でなく,⁠世間」の原則に従おうとして迷走しているものと解釈することも可能です。

欧米ではネットによって社会の仕組みが大きく変わり,新しい社会が作られつつあります。近代社会にはもともと自分たちを変革する仕組みがビルトインされていて,ネットと社会の関係についての議論も,その枠組みの中で進められています。

そこには多くの議論があり,葛藤や権力争いがあるでしょう。しかし,去年のアメリカ大統領選挙におけるSNSの活用のように,ネットを社会の基盤に組み込んだ新しい社会は,着実に生まれつつあるように見えます。

それに対して,日本では,ネットの中に新しい社会と並行して,新しい「世間」が生まれようとしています。

しかし,前の節で述べたように,⁠世間」とはそもそも永遠の繰り返しを前提としているものなので,⁠世間」のあり方に関する議論は不可能です。⁠世間」に言及した瞬間に,それは社会についての議論となってしまい,そこで新しいアイディアや一定の合意が得られたとしても,それは新しい「世間」のあり方でなく新しい「社会」のあり方になってしまいます。

その結果,2ちゃんねるやブログ炎上という現象の受け止められ方に見られるように,ネットの中の新しい「世間」は,実体を持たない空虚なノイズの発生源としか認識されません。葛藤やトラブルがあるのは避けがたいことだとしても,それを議論として蓄積して改革していくことができないのです。

仮にネットによって新しい社会が生まれるとしても,それと関係なく「世間」というものは今まで通りに継続し,両者の葛藤があった時には,⁠世間」が優先される(から結局本質は何も変わらない)というシニカルな見方をする人が多いのだと思います。

近代社会が,自己変革の方法をもともと持っていたのに対し,⁠世間」は,議論を飲みこんで無効化し,円環的時間を継続していくような仕組みを持っています。

今は,ネットやグローバル経済によって,社会に大きな変化の圧力がある時代だと思いますが,それを受けて,⁠社会」「世間」の葛藤が激しくなっているように感じます。

企業の中の「世間」

そして,こういった「社会」「世間」の葛藤は,企業の中で顕著に見られるのではないかと私は思います。

社会,特に政治制度や法制度が近代化される中で,⁠世間」を温存してきたのは主に企業だからです。多くの人にとって,自分の身近な人間関係は企業の中にあります。

戦後の日本の経済成長は,この企業の中に残る「世間」をフルに活用した結果でしょう。企業という「世間」に対する帰属意識と,社員のそこに対する執着の強さを利用して,日本は,他の国には不可能な経済成長を成し遂げたわけです。

大半の企業は国際競争の中で,大きな変革を遂げています。しかし変わっているのは,社会としての企業であり,⁠世間」としての企業はそのままです。そして,今も,危機意識を感じて多くの議論が行なわれていると思いますが,その議論は,社会のレベルに留まっていて,実行段階で「世間」の円環的時間に抵触するようなフェーズになった時に,どうにかして丸めこまれてしまうのではないでしょうか。

日本で不祥事を起こしたり破綻する大企業は,多くが「世間」の罠にはまったのではないかと私は見ています。

企業は,組織として環境に対応する機能を持っているはずです。情報を集め分析し,対応策を立て順次実行し,改革していくことができるはずです。仮のそれが機能しなくて,危機に陥いってしまった場合,その危機は変革を加速する力になるはずです。

ところが,問題を起こす企業は,多くの場合,危機が現実化する前よりむしろ危機を目の前にした後に,より硬直化するように思えます。

それは,組織が機能不全を起こしていると見るよりは,その企業の中の「世間」が,改革を妨げていると見るべきではないでしょうか。改革とは,特別な人たちが特別な方法で特別なことを実行することであり,円環的時間を破壊するものだからです。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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