エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #11 「世間」からの離脱というオプションを予め評価しておこう

2009年3月16日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5 分

「世間」から離脱する勇気を

lifehack,あるいは仕事術というものを突き詰めていくと,いつかは,⁠世間」の壁を感じる時が来ると思います。現在の環境の中で仕事を見直すことは,大なり小なり何らかの変革を行なうことであり,それは自分の所属する組織に影響を及ぼさないことはあり得ません。

ソフトウェア技術者であれば,新しいプログラミング言語や開発手法を導入するとか,社内で勉強会を開くとか,外部のカンファレンスに参加すると言ったことです。

こういった改革には抵抗がつきものですが,その抵抗が,自分の組織の中の「社会」の側面から発しているのか「世間」の側面から発しているのかを見極めなくてはいけません。

たとえば,社内で勉強会を開くという提案に対して,古い考え方の幹部がいる企業では,⁠技術者の時間(人月)という大事な商品を浪費する」という見方からの抵抗があるとケースが多いと思います。もし,それを自分の言葉として自分の責任で言う人がいて,誰が何故反対しているのかわかるならば,それは,(社会のサブシステムである)組織としての判断だと思います。

その場合は,組織の目的に照らし合わせてどちらが正しいかの議論になり,組織内の責任分担の中での権限争いになるでしょう。組織というのは,基本的には,これを調停し,決断していく機能を持っているものです。勉強会の為の時間を投資と考えれば,技術者に,投資に見合うだけの付加価値がつくかどうか,という問題に帰着できます。

しかし,そういう明解な反対のロジックが無く,そもそも,誰が何と言って反対しているのかよくわからないまま,こういった提案が何となく消えてしまうこともよくあります。⁠良いことだと思うけど,みんなはどう思うかなあ」というような,あいまいな懸念を何人かの人が口にしているだけで,誰と対決したらいいのかわからず,提案が拒否されたのか受け入れられたのかもわからないような状況です。

これが,組織の中にある「社会」「世間」の葛藤です。

円環的時間を破壊するような改革と「世間」は,もともと相性が良くありません。そこで,現状維持を望む人は,このような「世間」の空気を動かすことが得意であり,反対するのではなく,無効化することで自分の立場を守ることに長けています。

その時,⁠世間」を変革しようと考えると「世間」のワナにはまってしまいます。議論させることによって,議論を「社会」のレベルにずらし,自分は無傷のまま残るというのが「世間」の基本戦略だからです。議論したら,その議論の対象は「社会」になってしまいます。

「世間」に対して唯一個人ができることは離脱することです。

つまり,会社という社会には所属し続け,その命令系統や義務には従い続けるけど,会社という「世間」には所属しない人間になることです。本気でこれをやると,⁠円環的時間からの排除」ということの意味がわかると思います。つまり,いかに自分がそれを恐れ,そこに自分がどれだけ縛られていたのか気がつくと同時に,それには何の痛みもなかったということがよくわかるはずです。

今,日本で仕事をするなら,この「世間からの離脱」というオプションを常に評価しておくべきです。つまり,自分にとって「世間からの離脱」ということが,どれくらいのダメージとなるのか,それを事前に予想しておくべきです。

その評価は人によって違うし,世間(としての職場)と社会(としての組織)のギャップがどの程度仕事のネックになっているかはさまざまでしょう。そして,そのバランスを考えた時に,⁠世間からの離脱」という選択肢が割に合う選択になる人は少ないかもしれません。

私が言いたいことは,誰もがすぐに「世間からの離脱」を実行せよということではありません。

そうではなくて,⁠世間」に関わるバランスシートを常に評価し,常にその変動を監視すべきということです。⁠世間」が自分と自分の仕事にもたらしているマイナス面が自分の許容範囲内であるかどうか,そして,限界点からの距離は今どれくらいであるのか,それを常に確認しておくべきだということです。

私は,今の環境では少なくとも経済活動の中で,世間と社会の二重化システムを維持していくことは困難だと思っています。つまり,いろいろなルールや価値基準を明文化して,そこに実体を持たせていくことが,さまざまなレベルで必要になるということです。両者のギャップは大きくなり,そこから来る矛盾が,日々の具体的な仕事の障害となるケースは増えていると考えています。

ですから,何らかの形で一線を越える,つまり,世間からの離脱を意味するような行動を起こすべき人は増えていると思います。たとえば,はっきりとした反対が無いなら空気を読まずに勉強会を強行してしまう,というようなことです。

しかし,世間からの離脱が,どの程度のダメージとなるかについては,本当に人それぞれだと思います。ですから,世間の内部に留まる(社会のレベルでの空論のみを主張することにあえて留まる)ことを批判する意図は一切ありません。それは個人個人の価値判断です。

ですが,両者のバランスを自分自身で一度も評価したことが無いというのは,問題だと思います。つまり,自分が,ある世間の内部に留まることで何を得て何を失なっているかを,自分で評価することは絶対的に必要だと考えます。

少なくとも,仕事を巡る環境や課題について,⁠社会(組織⁠⁠」のレベルと「世間」のレベルを分けて整理するということは,必要ではないかと思います。

そして,⁠世間」について考える上で1つ重要なことがあります。社会に関する問題は自問する前に議論すべきですが,世間に関する問題は議論する前に自問すべきである,ということです。

世間に関する問題を議論してはいけません。人に聞いたら,その相手の意思とは関わりなく「世間」の結論として「世間には逆らえない」と言われてしまうことでしょう。

この結論を絶対に変えないのが世間であり,ある特定の条件を満たすと,その人の価値観や意思に関わりなく,その結論に添った答えを言うことを強制するのが世間です。ですから,世間に関する判断については,自分自身で,独りで考えるしかないのです。

まとめ

阿部謹也氏には,このような意味での「世間」についての著作が多くあります。

ただ,その思索は,阿部氏のご専門であるヨーロッパの中世史に関するかなり深い分析を交じえて巡らされているものが多いようです。この問題は,欧米対日本(アジア)という軸でとらえられがちですが,阿部氏によると,ヨーロッパにも中世には「世間」に近いものがあったそうです。

しっかり読みこんでいけば,阿部氏がヨーロッパ中世にこだわることの重要性がよくわかってくるのですが,正直言って,最初は,⁠日本の話が聞きたいのに)欧米か!」と感じてしまうことが多いかもしれません。

今回取りあげた2冊は,比較的ヨーロッパについての言及が少なく,また,⁠世間」というコンセプトが非常にコンパクトに整理されていますので,最初に読むには,この2冊がおすすめです。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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