エンジニアのためのSoulHacks

Soulhack #12 梅田望夫さんの本をガイドブックとして活用しよう

2009年4月15日

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「もう一つの地球」は掘り出さないと価値がわからない

別の喩えを用いれば,ネットはダイヤモンドの鉱山なのです。

ダイヤモンドの鉱山と言うと,掘れば,そのまま指輪にできるようなダイヤがたくさんキラキラ光っているように思ってしまいますが,実際は,そんなことはありません。出てくるのは薄汚れた原石であり,採掘するには専用の設備が必要だし,掘り出したものが指輪になるまでには気の遠くなるようなたくさんの工程があります。

ダイヤモンドの鉱脈がある土地を手に入れれば,そこから出る膨大な富で一生遊んで暮らせると思いますが,素人がいきなりその土地に行っても何も目新しいものは見つけられないでしょう。

ネットに何の価値も見出せない人は,鉱脈の真上で呆然としている人のようなものです。

その価値を自分で判定するよりは,専門家に依頼して,それなりの設備を使って調査してもらったり採掘してもらうべきです。

梅田さんの1,000時間という時間は,採掘のためのドリルのようなものです。

梅田さんはネットに溢れた自著の感想を,とても面白いものだと思ったのでしょう。少し本人の立場を想像すればすぐにわかることですが,それが単なる礼賛だけだったとしたら,そんな時間をかけるほど面白くはないに決まってます。梅田さんは他にもっと面白い情報へのコネクションをたくさん持っています。その梅田さんが,膨大な時間と集中力をかけるほど面白いと思ったものが何だったのか。

それは,これまで埋もれていた,隠されていた知性の数々なのだと思います。

たとえば,主としてITやネットの現場を知る梅田さんと将棋の羽生名人との対話から生まれた「学習の高速道路とその先の大渋滞」という比喩に対して,たくさんの人たちが自分のよく知る専門分野の中で「同じことが起きている」という感想を書いていたそうです。

それを見て梅田さんは,⁠学習の高速道路とその先の大渋滞」というこの状況が,ITと将棋以外にも十分適用できる概念であるという自信を深めたのだと思います。しかし,これは単に確定したモデルの適用範囲を広げたということではなくて,別の分野での報告がモデルを深化させていくという双方向的な流れがあったのだと思います。

そういう流れを起こせる人の組み合せが起こる場が「もう一つの地球」なのでしょう。

自分が置かれたある特殊な条件の元では,それを掘り出すことができることに梅田さんは気づき,その条件がだんだん特殊なものでなく一般化しつつあることを「もう一つの地球」と呼んだのではないでしょうか。

我々は全員が,そういう価値ある鉱石が眠る鉱脈の上に立っているのです。

梅田さんの本は,自分の土地を調査した採掘師の報告書だと思えばいいのです。自分が掘ってみた結果と違うとクレームを言うのはナンセンスです。その採掘の技能や設備に敬意を表して,そのレポートをどう活用するか考えるべきでしょう。

一人称で体験する「もう一つの地球」

『ウェブ時代をゆく』「もう一つの地球」に関する見聞録です。

その「もう一つの地球」の姿をはっきり見ることができる場所にいる人は,今の段階では,そう多くないかもしれません。それを垣間見ることは,自著を10万部以上売り,なおかつネットに詳しくネットを使いこなす人だけに可能なことでしょう。

しかし,我々と「もう一つの地球」の距離は日々縮まっていると思います。⁠もう一つの地球」は毎日凄い勢いで進化し,そこへのアクセスは日々容易になっていきます。

梅田さんが語る世界について,⁠今の自分にはその全体像は見えないかもしれない」と思うのと同時に,もう一つの地球」と無関係に,これからの人生を生きることはほとんど無いだろう」ということも同時に考えるべきです。

つまり,⁠ウェブ時代をゆく』をはじめとする梅田さんの著作は,遠い外国へ旅した人の見聞録として読むのと同時に,自分がこれから住む世界のガイドブックとして活用すべきだと思います。

たとえば,そこでは,⁠経済のゲーム」と同等の重要性で「知と情報のゲーム」が繰り広げられていると言います。⁠知と情報のゲーム」とは,オープンソースソフトウエア開発やWikipediaのように,一見,お金と無関係に多くの人々が自発的に参加するプロジェクトです。そういった活動が,個人にとっても社会にとっても,お金の動く経済活動と同等に重要になってきているということです。

外国に行く時に,自分の住んでいる国の常識を持ちこむことは,もったいないことであり,時に危険なことです。⁠もう一つの地球」に住む為には「経済のゲーム」のものさしを絶対化する自分の常識をクリアする必要があります。

「そうは言ってもメシを食わないと生きていけない」と思う人もいるでしょう。

それはその通りです。それは原始時代から変わらない真実です。

しかし,逆に立場を変えて見てみましょう。産業革命以前の地球から見たら,我々が今生きている産業化時代の方が「もう一つの地球」です。その時代の人たちにとっては,農耕地を持たない人,農耕地を自分で耕す権利を持たない人は,非常にあやうい立場にいるように見えたでしょう。彼らには「経済のゲーム」は見えません。彼らにとって「メシを食う」とは,農産品の収穫の現場の側にいることを意味していたでしょう。

工場やオフィスで働き,そこで得たお金を食料に変えるという我々の生活は,非常にあやういものに見えると思います。

人間は自然環境の上に生で生きているわけではなくて,その上に構築された社会的な環境の中で生きています。自然環境,生物としての人間は変わりませんが,社会は変わります。もう変わりつつあるのです。

ただ違うのは,一人の人間の一生という時間的なレンジの中で,それが変わるということは,これまではありませんでした。社会の常識は,世代を経て少しづつ変化してきたので,一人の人間が複数の常識の中で人生を送るということは,こまで無かったのです。

「社会の常識が変化する」ということは,学問の中では目新しくもない当然のことですが,それについて一般の人間が生活の中で考えなくてはいけないという事態は,これまで無かったのです。哲学や思想史や歴史の専門家も,自分の毎日の生活の中では一つの固定した常識の中だけで生きることができました。

梅田さんが見た2万件の感想の大半は,ごく一般の人が,自分の日々の生活の中で考えたことだと思います。それを全部つなぎあわせていくことで,梅田さんは「もう一つの地球」をはっきりと実感したのです。

「社会の常識が変化する」のではなく,他ならぬ「私」の常識が変化するのです。

「もう一つの地球」は,三人称として自分を観察者の立場に置いている間は見えてきません。一人称で経験した時にはっきり見えるものなのです。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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