禅で学ぶ「エンジニア」人生の歩き方
第11回 過程と結果
禅において,成果や結果とは「自然にそこにたどり着くものだ」と教えています(結果自然成)。
「何かをすればその結果が現れる」のは当然……のはずなのですが。特にそれが「努力をした結果としてのなにがしか美味しい果実」場合,「本当にその果実が実るのかどうか」どうしても人は不安に駆られてしまうことがあります(「よくないことをした結果としてのなにがしか苦い果実」ですと「実らないことを祈る」ものなのですが)。
また一方では。努力をせずに結果を求めたり,或いは行動を起こす前に「どうせできるはずがない」と,さも賢しげな振りをした逃げというのも時として念頭によぎることがあろうかと思うのですが,いかがでしょうか?
期待しすぎず,逃げ出さず。淡々と日々のつとめを行うことの大切さを。
今回は,取り上げてみたいと思います。
禅語「随處作主」
ランク:新人 カテゴリ:職場にて
「随処作主 立処皆真」と続き,ずいしょさしゅ りっしょかいしん,と読みます。
「常に(自らを)主として動くのであれば,どんな所に立っていてもそれは総て真である」という意味です。
概ね読んだままではあるのですが,その大切さを,あえて少しいろいろな言葉を重ねることでもう一度見ていきたいと思います。
占いをやってますと(実は……でもないのですが。プロとして,占い師もやっています),時々職業の相談に来られる方がいらっしゃいます。
無論色々なケースがあるのですが,そのうちの一つに「あたしに向いている職業は/適職はなんでしょうか?」という質問がございます。
色々と星で見たりカードで見たりお話を伺ったりするのですが,端的に言ってしまうと,多くの場合「今の仕事がなんとなくいやで逃げ出したい」が質問の根っこにあったりするんですね。
ただ,その因を自分に持ってきたくないので「きっとあたしはこの職業には運命的に向いていないに違いない」という論理に走るわけです。
こういう方は正直,その後「転々と職業を変わった」挙げ句に,多くの場合においては「一番はじめの職業が一番よかったかもしれないわ」なんてつぶやくわけです。
同じように,恋愛で「相性」を妙に気にされる方もいらっしゃいます。
恋愛や結婚で別れる原因というのは,概ね(それが理にかなっているか理不尽かはさておき)はっきりとしているものなのですが。
その現実を見ようとせずに「相性が悪かったから」で片付けてしまう方が,時々,いらっしゃいます。
人のせいに,或いはなにかほかのもののせいにするのは,それは一見,とても楽なのですけどね。
でもそれだとどうしても「総ての因を他人に求めてしまう」ために身が入らず,結局の所「苦痛な時間」を過ごすことになってしまいます。
それならばいっそ,全力で,自らの意志で「進んで」やってみるのも一興だと思うのですが,いかがでしょうか?
同じ作業であっても。
むすっとした顔でやるとどうしても効率が落ち,口の端っこを筋肉で持ち上げて無理矢理にでも笑顔を作ると,それだけで少し効率が上がる,なんていう研究成果もあります。
随処作主 立処皆真。
「向き不向きよりも 前向きに」なんて言葉もございます。
文句を愚痴を言う前に。自らの適性なんてものを気にする前に。
まずは一回,全力で頑張ってみませんか?
禅語「魚行きて水濁る」
ランク:新人 カテゴリ:職場にて
うおゆきてみずにごる,と読みます。
「魚が通り過ぎればその水流で水が濁る」という現象から「起きたことは隠せない」という意味を表す禅語です。
良い意味合いにも悪い意味合いにもとれる言葉ですが,その双方を眺めてみましょう。
まずは,悪い意味。これは「どんなに隠れて悪いことをしても,いつかどこかで相応の何かが起きるよ」という意味になります。
因果応報とか天網恢々疎にして漏らさずとか,いろいろな言葉がありますね。お説教なんかに出てきそうな意味合いです。
でも。
この悪い意味は,そのまま「良い意味」に変わっていきます。
悪いことをした,という行動が水をそのように濁すのであれば。良いことをしたら,やっぱりそのように痕跡が残るのです。
確かに。ほんの少し良いことをしたからといって「すぐにみんなが気付いて大絶賛」というわけではありません。
ほんの少しの努力ですぐに「認められて褒められる」わけでも,ありません。
わずかな勉強で「すぐに知識が身につきスキルアップする」なんてこともありません。
それでもなお,その良いことは,努力は,きっとわずかでも,痕跡を残しているのです。
そうして,その痕跡は思わぬところで返ってくるのです。
因果応報という言葉は,実は悪い意味だけではなくて。「善い行いをすれば善い行いが返ってくる」という,そんな意味もあるのです。
そうして,それはどんな行動にも。
もし悪い行動をしてしまったら。素直に「ごめんなさい」と言いましょう。少しだけ,態度で表してみましょう。
同じように。
ミスはどこにでもあるものです。バグはどこにでもいるものです。
肝心なのは「ミスをしないこと」ではなくて「すぐに修正できること」。過ちてなおあらためざるから,その行動は「過ち」になるのです。
気付いたら,すぐに修正することを心がけること。
それが「修正しやすい設計」になったのであれば。
それは多分,例えばオブジェクト指向であったり,アジャイル開発であったり,そんな名前が付くテクニックになるのだと思います。
悪いことをしてしまって,その結果居場所をなくすのではなくて。バグをセキュリティホールを,見なかったふりで蓋をして後でとんでもない騒ぎにするのではなくて。
気付いたらすぐにごめんなさいをしてみてはどうでしょうか?
見つけたら,すぐに修正を,或いはソースコードの管理上の問題などがあれば,せめてメモと報告をしてみては如何でしょうか?
きっと,その結果がどこかで返ってきます。


