インフラエンジニアDAY大阪レポート~既存ホスティングとクラウドの融合

2010年7月31日、パソナテック大坂支店にて、インフラとしてのクラウドにフォーカスしたセミナー「クラウドコンピューティング時代を生き抜きたいエンジニアに贈る インフラエンジニアDay 大阪」が開催されました。

5月22日に東京で開催された同イベントの大阪開催となる今回も、今後IT業界では無視できない「クラウド」についてのセミナーということで、多くの参加者を集めました。

画像

今回のセミナーは、株式会社NTTデータの濱野賢一郎氏、株式会社さくらインターネットの田中邦裕氏、株式会社ゼロスタートコミュニケーションズの山崎徳之氏らをスピーカーに迎え、クラウドコンピューティング時代を生き抜くためにインフラエンジニアはどうあるべきなのか、3セッションに渡り講演されました。

また最後に各々のセッションを担当されたキーマン3人が一堂に会し、それぞれのポジションで「クラウドはこれからどうなるのか⁠⁠、⁠エンジニアはどういったスキルを持つべきか」などをテーマに展開されたパネルディスカッションも非常に盛り上がりました。

本レポートでは当日の各セッションおよびパネルディスカッションの様子を紹介します。

クラウドによって広がる世界をリードしていくために

最初のセッションでは「クラウドによって広がる世界をリードしていくために」と題し、株式会社NTTデータ 基盤システム事業本部 濱野賢一郎氏より、クラウド技術によって変化するIT業界でインフラエンジニアは何を追求するべきなのかについて講演が行われました。

株式会社NTTデータ 基盤システム事業本部 濱野賢一郎氏
濱野賢一郎氏

濱野氏は、クラウドコンピューティングというと、仮想マシン技術を活用したサーバ集約やSaaSに注目が集まりやすいのが現状ですが、これら全体のクラウドコンピューティングの特徴として大きく3つ軸がある。1つは、オンデマンドベースでサービスやアプリケーションを利用できる「ユビキタス性⁠⁠、2つ目はリソースを自由に伸縮(増減)できる「スケーラビリティ⁠⁠、3つ目はサービスとして提供されるもの「サービス化」を挙げます。

そのうち、技術的には「スケーラビリティとユビキタス性の追求」ではないかと独自の意見を述べました。

今あるサーバを仮想マシンの提供サービスへ移行しようというような、今あるものをクラウドに置き換えるというコスト削減に結びつく話もあるが、むしろ「今まで出来なかったことがクラウドで出来るようにする」という角度でものを考えて欲しい。クラウドはスケーラビリティを追及し、⁠今まで出来なかったことがクラウドで出来るようにする」ことで更なる広がりを見せる(=面白くなる)のだそうです。

例として、米国の新聞社New York Timesが行っている過去記事のアーカイブ閲覧サービス「TimesMachine」では、過去の誌面4TバイトのデータをPDFファイルに変換することとなりました。このとき従来のマシンでは1ヵ月かかる処理を、Amazon EC2の仮想マシン100台を利用することで僅か10時間で画像の変換を終了し、その際の使用量は240ドルだったとのことです。

このようなスケーラビリティの追及がクラウドには重要であり、古くから研究されており「CAPの定理」として証明されています。システムの整合性(Consistensy⁠⁠、⁠可用性(Availability⁠⁠、⁠分散処理(Partitioning⁠⁠」の3つの要件のうち、2つしか満たすことができないというものです。

クラウドの潮流では、即時に整合性がとれなくても時間差で整合していれば良しとする「イベンチュアル・コンシステンシー(Eventual Consistency⁠⁠」という発想の広まりから、可用性と分散処理はクラウドの必須要件だと濱野氏は言います。

スケーラビリティを追求する発想にも従来と異なる思考が必要になってきたというのです。

濱野氏は、インフラエンジニアにとって特に注目すべきはスケーラビリティの追及であり、社会的にはシステムや組織を横断した横を繋ぐ発想が重要なテーマです。

Hadoopなどに代表されるように、従来は利用するのが難しいと考えられていた分散処理技術が身近なものへと変化してきており、これが新しいサービスやビジネスへとつながり始めています。

このように技術・発想の転換期でもあるクラウド時代。何かと最適化やコスト削減に結び付けられる風潮もありますが、それだけではIT業界が新たに発展するのに一歩及びません。

濱野氏は、クラウドは技術的にも変化をもたらすものであり、これまでできなかったことが可能になる点に着目し、⁠新しいIT領域、新しいビジネスを考えて実現していく」ことが重要であると締めくくりました。

クラウドで切り開かれるインフラエンジニアの未来

続くセッションでは、⁠クラウドで切り開かれるインフラエンジニアの未来」と題した、さくらインターネット株式会社 田中邦裕氏の講演では、変化するインフラエンジニアの周辺環境と「求められるエンジニア」になるために必要な素養について語られました。

さくらインターネット株式会社 田中邦裕氏
田中邦裕氏

田中氏もインフラにはスケールメリットが必要だとし、その上で有用な手段の一つとしてクラウドに触れました。

クラウドの概念に仮想化という手段が加わったことで、共通のインフラが複数の利用者に分割して提供されるマルチテナント化に拍車がかかり、低コストで質の高いインフラが提供されるというスケールメリットは益々高まっています。

提供されるリソースの単位当たりコストが低くなりつつも利用者のバジェットが同一であれば、クラウドによってIT業界はさらに広がりを見せるのではと予想されます。

「クラウドの本質は(自社で持たずに)事業者のリソースを借りること」と語る田中氏の言葉通り、今日ではハードウェア、ソフトウェア、運用保守に至るまで全てを事業者に委ねられるようになってきました。

これを象徴するように、2009年まで一様に成長してきたIT業界で起こった変化としてサーバ販売数の減少が挙げられます。クラウドの台頭により、⁠所有」から「利用」へシフトしてきたのです。

こうした背景を経て、インフラエンジニアに求められるものは「幅広い知識」であると田中氏は述べます。

これまでのエンジニアは、ファシリティ、ハードウェア、OS、ミドルウェア、アプリケーショそれぞれサービス化していた。各レイヤー事に担うべき領域が「水平分業」されていたため、エンジニアのスキル範囲も比較的狭くても一連の流れが成立していました。

しかし、今後クラウドになると、全レイヤーが1つの単位としてサービスが提供されるように変わり「垂直統合」の時代になるという。

GoogleやOracleをはじめとした垂直統合型の企業が増えつつあるクラウド時代のエンジニアにおいては、自らの専門領域に加えてサービス開発・提供に関する全てのレイヤーの幅広い知識も求められ始めています。

専門分野としてしっかりと抑え、他のレイヤーもしっかりと理解をしないと垂直統合時代には生き残れないという。

また、今後はプロダクトを販売するのではなく、サービスを提供するという時代に変わる中、物を見せない、サービスとして見せるという「エンジニアのマインド」が必要になるという。

そこには、新しいことに対してハードルを決めず、好奇心を持って、そして実現できるという意識を持って欲しいというメッセージがありました。

クラウド時代のためのインフラを知る マインドセットとスキルセット クラウドVS.エンジニア

3つ目のセッションでは「クラウド時代のためのインフラを知る マインドセットとスキルセット クラウドVS.エンジニア」と題し、株式会社ゼロスタートコミュニケーションズの山崎徳之氏の講演。クラウド時代を担うインフラエンジニアが持つべきスキルセットについて同時のエンジニア論を展開しました。

株式会社ゼロスタートコミュニケーションズ 山崎徳之氏
山崎徳之氏

クラウドは提供者、利用者ごとに意味が異なるとして指摘。特にエンジニアにとっては「仮想化」⁠IaaS」⁠PaaS」⁠SaaS」⁠分散アプリケーション」など様々な意味を内包するだけに、クラウドというフレーズがその文脈で何を意味しているのかに注意を払わなければいけません。

多くの側面を持つクラウドですが、単に言葉だけが先行しているバズワードではなく、ビジネスの目線でも需要があるものだと山崎氏は言います。

例えば、繁閑の浮き沈みが大きいソーシャルアプリや期間的に需要が上がるキャンペーン、バッチ処理、開発テスト・検証のように負荷の時間的偏りが大きいものついては最大時に合わせてスケールする従来のシステムよりもクラウドの方がROIに見合った運用ができると考えられます。

クラウド利用に際してエンジニアにとって大切なことは、クラウドをインフラ部品の一部として捉え、必要な部分だけを見極めて適切な導入ができる目利きです。

クラウドの利用によって変わる部分をイメージしながらも、⁠クラウドを使わなかったらどうなるのだろう」という視点は常に持っていなければいけません。

こうした目利きや視点を持つためにエンジニアは、インフラとアプリケーションの連携を意識する必要があります。今までであれば、インフラエンジニアとプログラマは分業されており、それぞれの担当する領域について理解していれば良かったという状況が、これからは双方の領域をクロスできることがマストな条件になってきました。

さらに、クラウド時代のエンジニアに欠かせないスキルとして、ハードウェアのベンチマークが挙げられます。

ソーシャルによって発生するトラフィックが激増し、ハードウェアの成長・低価格化を追いこしてしまった昨今、ハードウェアのリソースをベンチマークし、把握できる能力が求められています。

踏み込む領域が広がったインフラエンジニアですが、一方でクラウド自体は既存のテクノロジーの延長にあるもので、革新的な技術よりもむしろ発想の方に意識を向けるべきとする山崎氏。加えて、新しい技術、新しいプレーヤーが次々と登場している今に対応するために「メリットとデメリットを定量的に評価できる力」⁠情報収集力」がクラウド時代に求められるエンジニアのスキルセットであると締めくくりました。

クラウド・エンジニアサバイバル ~先が読めない時代に生き残るために~

最後のセッションは「クラウド・エンジニアサバイバル ~先が読めない時代に生き残るために~」と題し、株式会社技術評論社の馮富久をモデレータ―に、各セッションのスピーカーが一同に会してパネルディスカッションが行われました。

株式会社技術評論社 馮富久
馮富久
パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子

はじめに投げかけられたテーマは「技術視点から見た日本のクラウドの現状」についてです。

Amazon EC2、AWSの次に日本のベンダーもクラウドサービスを始めてきたが、このような状況の変化において日本で何が変わってきたのか。

これに対してさくらインターネット株式会社の田中邦裕氏は、日本のクラウドの現状は「仮想化=クラウド」なりがちであると言及し、クラウドの本質は仮想化を使うことよりも、仮想化を使うことによっておこるマルチテナントやセルフサービスそこを日本はできていないという印象があるという。

株式会社ゼロスタートコミュニケーションズの山崎徳之氏は、ソーシャルアプリやフラッシュマーケティングという成長分野で需要があるのはクラウドにとって追い風となっていると話します。

「mixiアプリ上位20社のうち5社がさくらインターネット、5社がAmazon。全ての会社がクラウドという領域で競い合っているわけではない。」と紹介する田中氏の言葉も踏まえて、日本の経済規模から見れば一部でしかない市場に需要が固まってしまっているのも事実、と述べました。

さて、クラウドの台頭により、今後、日本のホスティングベンダーはどうなるのでしょうか?

田中氏はクラウドデータセンターについて「一言でいうとハウジングをしないデータセンターです。」と説明しました。

ハウジングはデータセンターに置くことをサービスの目的にしていますが、ホスティングにとってデータセンターは手段でしかないので、例えばラックのドアを外すことができるし、ラックに載せるサーバは決定しているので下から上までブレードサーバを詰めることも可能と、できることの幅は広がります。何より安く実現できるのはクラウド時代のデータセンターの特徴です。

仮想エンジンにKVMを採用しているさくらインターネットのデータセンターについて濱野氏から「I/Oをどのように整理するのか」という質問が出ました。

これに対して田中氏は「ベストエフォート」というキーワードを挙げます。

高級なストレージを買って1000ユーザー、2000ユーザー入れるのは一般的ですが、さくらインターネットは最近の安価で高速なストレージに着目し、ストレージ一つあたりに入れるユーザーを少なくすることで対応していると述べました。

また、ベストエフォートがマッチしないユーザには専用サーバを提供することもできます。いかに専用サーバ、VPS、クラウド、ハウジングをシームレスにローカルで繋ぐかが重要だとします。

山崎氏はさくらインターネットの特徴について、クラウドと非クラウドを使い分けるメリットを持ってAWSに対抗できるプレーヤーは今までいなかったと、期待感を表しました。

プライベートクラウドのメリットがテーマに対し、濱野氏はクラウドのメリットを活かすのであればプライベートは活かせない。しかし、企業はプライベートクラウドを欲しがる現状がある。クラウド的運用ができないという名目ののもとに社内のハードウェアとかソフトウェアの統一を図り、運用コストを下げる、オペレーションを楽にしたいという点でクラウドニーズがあるのではないかという。

パブリッククラウドのメリットについて、テーマを変えようとしたところ、さくらインターネットがデータセンターを選定した際の事例を掘り下げたい声が挙がり、スポットは田中氏に向きます。

2011年に完成予定の石狩データセンター立ち上げの経緯について田中氏に質問されました。

背景として、3年前から郊外型データセンターの検証をしていたので、選定に必要なノウハウはあったといいます。

石狩が、熱周りの効率がいいことは選定のポイントになったそうです。最高気温が30度を回る日は殆どなく、稀に30度を上回る日があっても一日で1時間程度しかオーバーしないのは他の候補地にない利点でした。

また、広さと地価の安さは郊外型データセンターの重要な選定ポイントです。スペースの広さは、ハウジングしたユーザーの「機材を追加したい」というニーズにも柔軟に応えることができます。場所代・設備代・電気代という全体のコストの中で場所代を圧縮できるので電気を使わなければコストは殆どかからないというメリットもあるそうです。

最後に、クラウド時代のエンジニアが養うべきスキルについて、⁠全レイヤーについて熟知していなくても、理解しているエンジニアが求められている」と改めて幅広い知識の必要性を述べられた上で、次にくるチャンスや学ぶべき技術について、自分で目利きする力も養う必要があるとまとめられました。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧