レポート

それはAIかコグニティブか ―「BIG DATA ANALYTICS TOKYO」で見えたWatsonによる次世代アナリティクスのポテンシャル

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自社のデータだけに頼る時代は終わり ―ソーシャルとの組み合わせで新しい価値を

田中氏は今回のサンプル作成を通して,コグニティブコンピューティングとレコメンデーションにおける2つの可能性を示したかったとしています。

1つめはレコメンデーションが抱える課題の解決です。レコメンデーションには,アイテムどうしの相関関係による「Item to Item」や行動/購買のログをもとにした「User to Item⁠⁠,またはランキングやおすすめ商品など新規ユーザに対しても適用可能なデフォルトセットを使った「ルールベース」などの種類があります。これらはどれも一長一短があり,たとえばUser to Itemであれば,購買実績のない新規ユーザには適用することができません。これに対し,今回のサンプル作成でベースにした「Personality to Item⁠⁠,つまり個人の特性(パーソナリティ)をソーシャルデータから分析することで,行動や購買などの実績がないユーザにもある程度パーソナライズしたレコメンデーションが可能になります。自社以外のデータも積極的に分析対象にすることで,レコメンデーションの適用範囲は大きく拡がり,精度も高くなるはずです。

2つめは,コグニティブコンピューティングで人間をパーソナライズするように国や地域ごとの属性をつかむことで,経営分析などに生かせる可能性が高まるという点です。Watsonは現在,英語だけでなく日本語にも対応していますが,それぞれの国や地域のソーシャルデータをパーソナライズ分析することで,地域ごとの"特性"が見えやすくなります。⁠この地域の人々はこういう情報を好みやすい,という心理属性をコグニティブコンピューティングでつかみ,自社のデータ分析を組み合わせることでより良い経営判断につながる可能性は高い」という田中氏の言葉にあるように,今後は自社のデータとソーシャルデータをうまく組み合わせ,新たな価値を創造することの重要性がますます大きくなりそうです。

AI時代の課題 ―"なぜ"を教えてくれない機械といかに信頼関係を結ぶのか

セッションの最後に田中氏は「コグニティブコンピューティング/AI時代の課題」として,⁠Watsonは人間が理解できない新しい知見をいきなり提示することがある。人間はWatsonがなぜ,これを解答として選んだのかはわからない。人間が理解できない結果を機械(Watson)が出してきたとき,人間はこれとどう信頼関係を結んでいくべきなのか」という点を挙げていました。

ビッグデータという言葉が一般的になる前までは,アナリティクスの世界で重要だったのは経験則から導き出された業界知識や暗黙の了解の可視化,あるいは現状の数値的な裏付けといった,いわゆる「知っていることの確認」でした。旧来のBI(Business Intelligence)などはまさにこれにあたります。やがて時代が進み,現状のデータから予測分析を行うことが注目されるようになりますが,あくまで"人間が理解できる範囲"内にとどまるものであり,⁠なぜそういう結果(予測)になるのか」が十分に説明可能でした。

ところがビッグデータ時代が到来し,モバイルやソーシャルが爆発的に普及したことでアナリティクスの対象となるデータ量は以前とは比較にならないスピードで増え続けています。Watsonは膨大な量のインプットから学習し,結果を返すシステムですが,返ってきた結果を見て「インプットのパラメータにどの数値が効いてしまったのかはわからない」⁠田中氏⁠⁠,つまり人間には思いもよらない結果が返ってきても,その理由がわからないという事態が発生します。インプットされるデータ量が増え,マシンラーニングによって分析の精度が高まっているにもかかわらず,"なぜ"がわからないがためにその結果を信じることが難しい ―これは経営判断など重要な意思決定のフェーズで大きなネックになる可能性があります。たとえば人事システムにWatsonのPersonality Insightsを活用し「新事業部のリーダーに誰を任命するべきか」という問いを投げかけたとき,新卒で入ったばかりの若者をレコメンドする結果が返ってきたら,経営陣はその判断をすんなりと受け入れることができるでしょうか。おそらくは「理由がわからない」からと結果を拒絶する可能性がかなり高いと思われます。

コグニティブコンピューティングとしてのWatsonは学習を繰り返し,さらにインテリジェンスな存在になっていくはずです。その方向性がもはや後戻りしない以上,人間とは異なる知見と知性を獲得した"機械"という存在と人間はどう向き合い,どう信頼関係を培っていくべきなのか ―AI時代に生きる我々に突きつけられた大きな課題だといえそうです。

著者プロフィール

五味明子(ごみあきこ)

IT系の出版社で編集者としてキャリアを積んだ後,2011年からフリーランスライターに。フィールドワークはオープンソースやクラウドコンピューティング,データアナリティクスなどエンタープライズITが中心。海外カンファレンス取材多め。Blog 「G3 Enterprise」やTwitter(@g3akk),Facebookで日々IT情報を発信中。

北海道札幌市出身/東京都立大学経済学部卒。