書籍『ピタゴラスの定理でわかる相対性理論』の補講

第15回 ライバル同士の対話

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前回は1923年に新しい時代が動き始めたこと,そして湯川に象徴される日本の時代を書きました。

今回は趣を変えて,ライバル関係にある2人の物理学者の対話という場面で,2つの時代を見てみようと思います。

一つの場面は(前半)1909年のザルツブルグで,もう一つ(後半)は1933年の仙台です。

前半は,いままでどおりの「ですます調」で語りますが,後半はまた趣を変えて「である調」にしてみました。

1.アインシュタインとハーゼンエール(ザルツブルグの学会で)

『ピタゴラスの定理でわかる相対性理論』とこの補講で,ハーゼンエール(Friedrich Hasenöhrl)のことを書いてきました。詳細は以下を参照してください。

今回新たに,アインシュタインとハーゼンエールが,会って話をしていることがわかりました。それは1909年9月21日にザルツブルグで開かれた学会,「第81回ドイツ自然科学者と医学者の会合(Gesellschaft Deutscher Naturfolscher und Ärtze in Salzburg)」のあるセッションです。

司会をしたのはマックス・プランクでした。このときの記録が,同年11月10日のPhysikalische Zeitschrift 10 に掲載されているのです。これはE=mc2 に関連する議論です。

これを紹介するまえに,アインシュタインが考えていたことについて,若干の私見を語っておきたいと思います。

E=mc2 論文の見城の訳の意義について一言

アインシュタインの業績について興味を持つ読者にとって『アインシュタイン選集』※1は貴重な資料だと思います。しかし一つだけ苦言を申し上げたいのです。ここにはアインシュタインの主要論文の翻訳が入っています。

第12回にとりあげた (光電効果に関する)1905年 3月論文は,細かな見解の相違を別にすれば正確な良い訳だと思いますが,(質量とエネルギーに関する)9月論文は,誤訳というか手抜きだと思います。

まずドイツ語の原文からではなく,ロンドンで出た英語版からの訳であることに失望します。その英語版には原文を意訳した部分があり,湯川版にはそれをまた誤訳したところがあります。それは許すとしても,記号に決定的なエラーがあります。

アインシュタインは,光速を大文字のV で表しています。英語版は現代風に小文字のc に変えています。アインシュタイン選集の訳では,もともと大文字のC で表していた定数まで小文字にしたために,VC の区別がなくなって両方ともc になっています。しかもそのあたりこそアインシュタインの頭脳がドイツ語で考えて表現したエッセンスなのに,英訳版を(輪講での大学院生のように)辞書からもってきた訳語で埋めあわせた日本語の羅列のために意味が通じません。調べてみますと版を重ねても直っていません。このあたり,ひょっとすると湯川も理解していなかったのではないかという疑念さえ生まれます。

さて誤訳というのは,E=mc2 の意味を述べた部分です。

原文:
Hierbei ist es offenbar unwesentich, daβ die dem Körper entzogene Energie gerade in Energie der Strahlung übergeht, so daβ wir zu der allgemeineren Folgerung gefürht werden.

これの見城訳ここで物体から引き出されるエネルギーが輻射のエネルギー(訳者注:光の放射)に変換されることは明らかに本質ではないので,次の一般的な推論に到達する。

(推論部分は訳のみ)
物体の質量はそのエネルギー量(中身)の一つの尺度である。エネルギーがLエルグだけ変化(増減)すると,その質量はL/9×1020 グラムだけ変化(増減)することを意味する。

これのロンドン英訳は以下のようになっています。

The fact that the energy withdrawn from the body becomes the energy of radiation evidently makes no difference, so that we are led to the more general conclusion that(推論部).

少し解説します。the fact(事実)という語が英訳に現れるのですが,ドイツ語の原文にはありません。

この英語を訳すと次のようになります。

物体から引き出されるエネルギーが輻射のエネルギーになるという事実は明らかに本質的なことではないので,次のより一般的な結論に到達する:

(推論部分の英訳には問題がないのでその日本語訳は上とほぼ同じ内容)

さてここで注意したいのは,to make no differenceは「重要ではない」という意味です。

しかしアインシュタイン選集では,物体から引き出されるエネルギーが,輻射のエネルギーになることは事実であるから,(推論部)。

となっています。

おそらく,英語からの訳者はevidently makes no differenceを「明らかに違いない」事実,と解釈したのだと思います。英語の意味としては平易にいうと「明らかにどうでもよいこと」という意味です。

ちなみに,この補講の第10回目は,この論文の原文を見ながら翻訳して論じたものです。筆者が『アインシュタイン選集』の翻訳を見たのはこの後でした。あらためて自分の訳をみたところ,自分にも若干の不注意があったのでこのたび修正しました。このあたりの筆者の解釈ですが,原文では「エネルギーが(別段輻射ではなくても)L エルグだけ変化すると,その質量はL/9×1020グラムだけ変化(増減)することを意味します」と言いたかったのだろうと思います。

つまり,輻射以外のエネルギーも想定内だと思います。一方,アインシュタイン選集の訳では,質量が減るとそれはかならず輻射のエネルギーになるのだと断定してしまいます。このように,重訳には微妙なところで原文とは違う意味になる危険が付きまとうものです。

アインシュタインとハーゼンエールの会話(輻射の変動)

さて,当時のドイツ語圏の学会の雰囲気が若干感じられる資料※2が見つかったわけです。場所はザルツブルグでした。この学会で,ハーゼンエールは理論計算によって,閉じ込められた空間の中のガス分子がもっている運動エネルギーが,徐々に輻射のエネルギーに変化していくという結果を示しました。実際にはそれよりも速く変化します。この資料によると,アインシュタインはこの問題について自分の考えを同じセッションでハーゼンエールよりも先に発表したようです。

講演後に印刷された論文でハーゼンエールは「アインシュタインの仮説によると,ここで問題としている効果は輻射の不規則性によって打ち消されてしまう。」と述べています。質疑応答の議事録として,ここには次の会話が記録されています。

  • アインシュタイン:「確かにこの場合にはまさに不規則な変動(揺れ)ですからマックスウェルの分布則が成り立ちます。つまり減衰は不規則な衝突によって補償(うち消)されます。」
  • ハーゼンエール:「貴殿の説をよく理解できているかどうかわかりませんが,もし閉じた容器の中のことを考えて,物体はその中でのみ動きまわるとします。すると輻射による(運動エネルギーの)減衰はないとお考えでしょうか?
  • アインシュタイン:「Jawohl(ヤボール,おっしゃるとおりです。)」
  • ハーゼンエール:「私の考えでは,最初は動きの減衰は顕著ですが,次第に長い時間をかけて減衰します。」
  • プランク:「お二人がよって立つ前提が違っているのではないでしょうか。ハーゼンエール先生は完全に一様な輻射の強さを考察しています。一方,アインシュタイン先生は輻射の変動を考察して,さらにその結果として起きる作用の変動を考えると全体としての減衰にはならないとしています。」

(注)ここで不規則と訳しているドイツ語はunregelmäβig, 不規則性はunregelmäβigkeitである。これは制(統)御することができない(こと)という意味で,無秩序という訳があてられることもある。つまり,気体分子の動きのようなもので,分子の速度や方向にバイアスをかける状態がないこと。プラズマ状態のように電離しているときに外部から磁界や電界をかけると,電子やイオンの動きに一定の作用をするので無秩序とはいえなくなる。そのようなバイアスがないときの統計的な状態が,マックスウェルの分布として知られる状態。Unregelmäβigにあたる英語はirregularだが,日常的には不規則なよりも異常なというニュアンスを感じるので要注意。

これは,E=mc2 あるいはE=(3/4)mc2 が背景にある議論です。二人が異なる理論的考察によって類似の関係を得たものです。ハーゼンエールの考察は黒体のなかの輻射エネルギーの変化の仕方に関するものです。

このあたりの議論を現代の知識をもって読むのか,私どもをその時代と場所に投げだして考えるかによって価値が違うかもしれません。ニュートン力学の運動エネルギーは0.5mv2に帰結するのですが,輻射とは光のエネルギーですから,アインシュタインの光量子にまで関係する複雑な問題です。

E=amc2 (ただしaは1あるいはそれに近い係数) に関して,1905年前後の研究者は,輻射に伴う慣性質量(inertial mass)という発想で考察されてきました。ハーゼンエールが1904年の論文で導いたのは次のような結論です。

閉じた容器が輻射で満たされていて,その容器が速度v で運動しているとき,輻射のエネルギーは若干大きくなるのだが,運動エネルギーに換算したときの質量の見かけ上の増加は速度に無関係に

  • ⊿ m=(8/3) E/c2

である。

ただし,第2回でも記したように,Max Abrahamの指摘によって係数に計算違いがあって正しくは

  • ⊿ m=(4/3) E/c2

です。

ここで重要なことが,ハーゼンエールは質量が⊿ m だけ減るときに発生するエネルギーEE=(3/4)mc2 であるとは言っていないことです。

この論文が書かれた1904年には,アインシュタインの光量子説は出ていません。ではこの1909年にハーゼンエールは,それを認めていたかどうか筆者にはわかりません(どなたかハーゼンエールの1910年の論文を調べていただけるでしょうか?)。

ザルツブルグでの3人の討論(アインシュタイン,ハーゼンエール,プランク)ですが,当時はテープレコーダがありませんでしたから,この応答の記録があったとすれば速記だったでしょう。会話の応答を簡潔な文書にするときには,正確になるのかどうか疑問です。

司会のプランクがかなりの見識をもってまとめたのか,あるいは彼もまあまあこのあたりで両者を立てて議論を終わりにしたとも考えられます。

もう一つ補足すると,ハーゼンエールは「放射と量子」をテーマとした1911年に開かれた最初のソルベー会議と13年の第2回会議に招待されています。この議事録を見れば,この3人がE=mc2 の問題についてふたたびどんな議論をしたかはある程度わかるはずです。

Wikipediaで「Solvay Conference」を検索して出てくる写真の後列の中央に写る背の高い人物こそ,ハーゼンエールです。彼は第1次世界大戦で志願して1915年に戦死したことは第2回にも書いたとおりです。ハーゼンエールの最初の学生だったシュレディンガーが,ソルベー会議に招待されたのは1927年の第5回です。

ここで繰り返して重要なことは,ハーゼンエールが,輻射エネルギーは等価の質量を持つことを古典論のプロセスで導いていたことです。ですから,E=amc2 の関係が相対性理論特有のものというのでなかったのです。

ところが,相対性理論によってアインシュタインが手品のように手短かな論理によって導いたことは,新しいパラダイムの誕生だったといえます。ハーゼンエールが導いたように閉じた空間での複雑な論理ではなく,アインシュタインが前提としたのは,対象は剛体,時計の概念(時間の相対性),光の速度が観測者の速度には依存しない,という3つでした。

その結果,係数a は3/4ではなく1でした。しかし,第10回にも述べたように,アインシュタインは数式(方程式)の形ではなく,文章で表したことに意味があると思います。そしてアインシュタインはこの意味をさらに深く考えようとしたのではあるまいか,そう思えてなりません。彼は質量の減少は,必ず放射(輻射)になるとは言い切ろうとはしてなかったと思います。

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