新春特別企画

量子コンピュータと関連技術の2019年を占う

あけましておめでとうございます。

昨年は、量子コンピュータに関するニュースを目にする機会が多い年だった様に思います。直近の10月にD-Wave Systemsが米国やカナダにおいて個人での無料利用が可能な「D-wave Leap」を開始し、それを遡ること5月には富士通が量子現象に着想を得た、組合せ最適化問題を高速に解く「デジタルアニーラ クラウドサービス」を提供開始し、9月にはNEDOが実施する「組合せ最適化処理に向けた革新的アニーリングマシンの研究開発」の成果を使用した「Annealing Cloud Web」が無料公開されるなど、量子コンピュータや関連技術の利用拡大に向けた動きが活発化したように思います。

稲葉陽子氏
稲葉陽子氏

そのような状況を踏まえて、NTTデータにおいて量子コンピュータの活用に向けた研究開発を行なっている稲葉陽子、矢実貴志、立川将、香月諒大の4名が、量子コンピュータの活用面における動向についてお伝えします。

量子コンピュータが注目されている背景

一口に量子コンピュータと言っても、⁠量子ゲート方式」「量子アニーリング方式」の2種類に大別されます。古くから研究されてきたのは「量子ゲート方式」で、現在一般的に利用されているノイマン型と呼ばれるコンピュータ(以下、古典コンピュータと呼ぶ)で計算できる問題は、理論的には全て「量子ゲート方式」でも計算が可能と言われています。ただし、現時点で実現できている量子ビットの数は最大でも70程度であり、実用化はまだ遠いと考えられます。

一方で、⁠量子アニーリング方式」と呼ばれる方式は、カナダのD-Wave Systemsが2011年に商用化に成功したことで注目を集め、Google、ロッキード・マーチン、NASAなどの先進的な企業・組織が相次いで検証に着手したことで知られています。日本でもリクルートコミュニケーションズ、豊田通商、デンソーなどがD-Wave Systemsの量子コンピュータを用いて実業務に基づいた問題の検証に取り組んでおり、⁠量子ゲート方式」に比べて商用利用に向けた動きは進んでいるといえます。

また、古典コンピュータの処理方式をベースにしながら、⁠量子アニーリング方式」と同じようにイジングモデルと呼ばれる数理モデルを効率的に解くことができる、アニーリングマシンの開発も進められています。このアニーリングマシンは、従来の半導体によるデジタル回路の技術を応用することで、イジングモデルの求解の高速化を実現しており、前述の通り「デジタルアニーラ クラウドサービス」の開始や「Annealing Cloud Web」の公開により、古典コンピュータ利用と量子コンピュータ利用に代わる第三の選択肢として注目を集めています。

量子アニーリング方式の特徴

ここからは「量子アニーリング方式」の量子コンピュータにフォーカスしてお話したいと思います(以下の文書において「量子コンピュータ」と記述したものは、明示的に指定しない限り「量子アニーリング方式」の量子コンピュータを指します⁠⁠。前述したイジングモデルを解くことは、組合せ最適化問題と呼ばれる問題の一種を解くことに相当します。この組合せ最適化問題には古典コンピュータでは大規模な問題の最適解を高速に求めることが難しいとされている問題が存在します。代表的な例としてよく紹介される巡回セールスマン問題以外にも、ナップサック問題、最小頂点被覆問題など応用上重要な問題がいくつか知られています。そのため、量子コンピュータが組合せ最適化問題を高速に解ける可能性を示したことは大きな特徴と言えます。

なお、この高速性についてさまざまな検証結果が出されていますが、この結果を見る際には注意が必要です。古典コンピュータで全探索を行なって求解した処理時間と量子コンピュータで求解した処理時間を比較して、量子コンピュータの圧倒的な高速性が示されている場合がしばしばあります。これらの数値自体は事実だと思いますが、実務上の問題においても改善効果が得られるか否かについては慎重に考える必要があります。いくつかの実務上の問題に対しては、古典コンピュータでも十分な高速性を持つ特化型のアルゴリズムがあり、それらと比較して量子コンピュータの方が何億倍も速いということは稀です。場合によって同等、もしくは、量子コンピュータの方が速さで劣る可能性も十分にあります。

ただし、高速な特化型アルゴリズムを開発できるような問題に対して量子コンピュータの導入を検討する価値がないかというと、そんなことはありません。既に高速なアルゴリズムが導入されている場合は別ですが、多くの実務上の問題においては、新規に特化型アルゴリズムの開発を行なう場合、何かしらの作りこみが必要となり、非常に多くの手間と時間がかかります。一方で、量子コンピュータを用いると比較的少ない労力でかなりの高速性を手に入れることができることがあり、アルゴリズムの開発期間に対する得られる効果という意味では、量子コンピュータに軍配が上がる可能性が十分にあります。

立川将氏
立川将氏

また、最適化問題だけでなく、機械学習分野の「サンプリング」における活用にも注目が集まっています。現在の量子コンピュータは製造技術上の問題などから、必ずしも厳密な最適解が得られるわけではありません。問題にもよりますが、同じ問題を複数回解いても、最適な解だけでなく、それ以外の解もいくつか出力するような現象が起きることがあります。この特徴は、一見すると、量子コンピュータの短所にも見えます。しかし、このばらつきのあるデータセットが、機械学習の問題設定によっては非常に有用になる場合があり、従来のデータセットの取得方法を、量子コンピュータによる処理に置き換えることで、機械学習における処理を高速化できる可能性があると考えられています。

どんな取組が行われているか

現在、活発に応用が検討されている分野として、金融分野があります。たとえば、最適化と親和性の高い問題として、ポートフォリオの最適化が挙げられ、1QBitが量子コンピュータを用いた計算方法の提案を行っています。

また、金融分野以外では、物流や交通分野における適用検証が活発に行なわれています。先述した巡回セールスマン問題は、交通の最適ルート導出に活用でき、たとえば、フォルクスワーゲンは北京におけるタクシーの位置情報を用いた渋滞緩和手法の提案とその効果試算を、デンソー・豊田通商はタイのタクシーとトラックの位置情報を用いた実証実験をそれぞれ行っています。

また、デンソーと東北大学は工場内の10台の無人搬送車(Automated Guided Vehicle :AGV)のルーティングにD-Wave Systemsのマシンを用いることで、工場内での渋滞を抑制し従来のシステムを用いた際よりも稼動率を15%改善したという共同研究の結果を公表していています。この取組では、量子コンピュータは無数にあるAGVの経路の中からいくつかの解を抽出しますが、それらの中から最終的な選択肢を決定する処理は古典コンピュータを用いているようです。

香月諒大氏
香月諒大氏

D-Wave Systemsが商用化に成功した2011年当初は、まだまだ机上検討やさまざまな仮定を置いた上での学術的な検証が主でしたが、年々、実務に近い問題を取り扱う事例が増えてきています。それに伴い、現状の量子コンピュータを如何に上手く使うか、古典コンピュータとどのように連携するかが、成功のカギになっているといえます。

量子コンピュータや関連サービスを使う上での留意点

現実の問題を、量子コンピュータや関連サービスによって解決しようとするときに、留意すべき点がいくつかあります。まず検証に着手する前に、前述した「量子コンピュータの出力にはばらつきがあること」と、⁠古典コンピュータとアルゴリズムで十分に速く良い解を求められる可能性あること」の、2点を意識する必要があります。たとえば、確実に最適解を出力しなくてはならないような要求には基本的には応えられません。また、古典コンピュータを用いた求解方法でも、要件を満たすことができる可能性は十分にあります。このような業務要件を考慮し、量子コンピュータ活用による優位性を見出せるかを、事前にしっかりと確認する必要があります。

D-Wave Systemsや富士通などがクラウドサービスを展開していますが、これらのサービスを利用する場合には、当然、クラウド上のサーバと手元のクライアントマシン間での通信が発生します。そのため、1回のレスポンスにかかる時間は、各社の製品が最適化問題を解く時間などクラウド内で発生する時間と、通信時間の合計値になります。同じ問題を解く場合はオプションで解く回数を指定するなどして、1回のレスポンスで複数の求解結果を取得することもできますが、異なる問題を大量に解く必要がある場合には、通信時間も含めた時間を処理時間として見積もる必要があります。

組合せ最適化問題を解くということは、たくさんの組合せの候補の中から最もよいものを探索することに相当します。この組合せの候補の中には、絶対に解にはなりえないような組合せも含まれています。古典コンピュータを用いて、組合せ最適化問題を解く場合には、このような組合せは事前に解の候補から除いておくような処理を行なうことがよくあります。たとえば、巡回セールスマン問題を解く場合を考えると、ある都市を2回訪問してしまうルートや、特定の都市を訪問しないようなルートは、問題の前提を逸脱した解となっているため、解の候補から外しても問題ありません。しかしながら、現行の量子コンピュータや関連サービスでは、特定の解候補を除外するような機能は備わっていません。では、どのように対処するのかと言うと、前述のような絶対に解にはなりえないような組合せは、解として採択されにくくなるように、特殊な設定を事前に入れておくということを行ないます。巡回セールスマン問題ではさまざまな組合せの中から、ルートの総距離が最も短くなる候補を探してきますが、先ほどの絶対に解にはなりえないような組合せが解の候補として選ばれた場合、ルートの総距離が実際の値よりも大きく悪化してしまうような仕組みをルートの距離計算式に入れておくのです。このような特殊な設定を事前に入れておけば、探索する際に除外すべき解が候補として挙がってきたとしても、採択される可能性は非常に小さくなります。

また、各社の量子コンピュータ製品や関連サービスの特性を考慮した問題設計を行なうことも重要です。特に、量子ビット数などの規模にばかり注意が向きがちですが、それ以外にも、数値表現の精度、問題投入における自由度など、さまざまな製品仕様を総合的に勘案して、その製品を用いるべきなのかを検討する必要があります。

矢実貴志氏
矢実貴志氏

NTTデータでは、最適化技術をベースとして、多様な問題を量子コンピュータで解ける形に落とし込むメソドロジーの整備や各社の量子コンピュータ製品や関連サービスの検証などを進めています。

最近の技術・製品動向 ―2019年を占う

まず、ハードウェア動向に関して言うとは、当然ながら量子コンピュータや関連サービスを提供しているベンダはさらなる規模の拡大を目指して開発を進めていくはずです。たとえば、富士通は昨年の12月21日に、第2世代のサービスを提供開始し、1024ビットから8192ビットまでビット数を拡大しています。Royal Bank of Scotlandのグループ銀行であるNational Westminster Bankは、富士通の「デジタルアニーラ」を用いて、金融ポートフォリオ最適化問題を既存のコンピュータの約300倍のスピードでより正確に計算することが可能になったというプレスリリースを発表しています。このプレスリリースの中で、前述の8,192ビットへの拡大に対して「将来的に完成が見込まれる量子コンピューティングへの橋渡しとして最適な技術と考えられます。」と記載されていることからも、量子コンピュータの規模が今後拡大することを想定して、技術検証を先行して進めていく姿勢がうかがえます。

フォルクスワーゲンは前述の交通渋滞解消に向けた取り組み以外にも、化学分野における研究結果を公開しており、水素分子と水素化リチウム分子の基底状態エネルギーを求める計算をD-Wave Systemsのマシンを用いて実施したとしています。このような、新規分野への適用検討については、昨年は各社のクラウドサービスが公開されたことからも、ユーザ数の増加とともにさらに加速することが予想されます。

また、これまでは解きたい問題をイジングモデルという形式に利用者が変換して、量子コンピュータや関連サービスを用いて答えを算出していましたが、段々と共通的な前処理を効率化するツールが公表されています。たとえば、量子コンピュータに投入するまでの数式変形の一部を自動化するツールとして、昨年9月にOSS「pyQUBO」をリクルートコミュニケーションズが発表しています。また、実問題への適用には古典コンピュータと量子コンピュータを連携させることが重要になってくることを想定して、量子コンピュータの量子ビット数では不足するような組合せ最適化問題に対し、古典コンピュータに簡単な部分だけを予め前処理してもらうハイブリッドな手法が重要となってきます。このような処理を実現するツールとして、D-Wave Systemsからqbsolvが公開されています。

また、東北大学は「量子アニーリング研究開発コンソーシアム(仮⁠⁠」を2019年4月に発足すること、D-Wave Systemsの量子アニーリングマシンを2019年度に設置する予定であることを発表しました。ハードウェアやミドルウェア/ツール類の充実と、コンソーシアムへのユーザ企業参画により、実業務への検証事例が一気に増加することが予想されます。

まとめにかえて

100年後の技術と言われていた量子コンピュータですが、2011年以降、加速度的な盛り上がりを見せており、昨年は実業務に即した検証結果が数多く出てきました。まだまだ、用途開拓中の技術ではありますが、だからこそクラウドサービスも充実してきたこのタイミングで、まずは触ってみるのがよいのではないかと思います。

よい1年になりますように!

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