CONBUの無線LAN構築術―カンファレンスネットワークの作り方

第2章 カンファレンス向け高密度無線LANの作り方―成功のカギは電波特性を活かすこと

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APをたくさん設置すれば良いというものではない

APをたくさん設置して電波状況が悪化しないようにすれば良い,確かにそのとおりです。しかし次に,同じチャネルを使っているAP同士が干渉するという問題が出てきます。結局,⁠チャネル×空間」を共有している限り,干渉してしまうのです。

先ほどから述べている「時間と空間の共有」という考え方については,まだ直感的にピンときていないのではないでしょうか。次節にて電波の特性を整理しながら,もう少し詳しく解説していきます。

Column 身近な無線LANの電波を見てみよう

端末で無線LANの接続先を選択するときに,近くにあるAPのSSIDと電波強度のアイコンが一覧表示されますが,もう少し詳しく見る方法があります。

Mac OS Xではairportコマンドで周囲の無線LANをスキャンできます。ターミナルで次のように入力すると,図Aのように表示されます。

$ /System/Library/PrivateFrameworks/Apple80211.framework/Versions/Current/Resources/airport -s

図A airportコマンドの実行結果

図A airportコマンドの実行結果

スキャン結果を可視化してくれるユーティリティもあります図B,C⁠。

図B WifiAnalyzer(Android)

図B WifiAnalyzer(Android)

図C MetaGeek inSSIDer(Windows,Mac OS X)

図C MetaGeek inSSIDer(Windows,Mac OS X)

これらは,周波数(チャネル)ごとに受信された電波の強度を表示しています。ここからわかるのはAPの存在です。つまり,たくさんのSSIDが検出されているからといって,そのチャネルが混雑しているとは限りません。強力なAPが複数存在していても,利用率が低い場合にはほとんど問題になりません。逆にAPが1つだけでも,多数のクライアントが存在していたり,常時大量のトラヒックが流れていたりするようなケースでは,干渉源として問題になり得ると言えます。

混雑状況を正確に把握するには,専用のハードウェアを持った測定器が必要になりますので,あまり手軽ではありません。しかし,多くのAPが存在しているチャネルは,多くのトラヒックが流れている可能性も高いと言えるでしょう。

そもそも電波って何

電波は目に見えませんし,耳にも聞こえません。光よりも周波数の低い電磁波であり,広い意味では光の仲間です図6⁠。人間の可聴域から超音波に近いような非常に低い周波数の電波まで広く利用されていますが,電磁波と音の弾性波は別のものですので,人間が直接聞くことはできません。

図6 電磁波の周波数帯域(電磁スペクトル:Electromagnetic spectrum)

図6 電磁波の周波数帯域(電磁スペクトル:Electromagnetic spectrum)

電波は周波数によって特性が変わります。周波数の高低どちらかが高性能である,ということはなく,それぞれに特徴があります図7⁠。光に近い高い周波数では光と似たような伝搬特性となり,逆に低い周波数では,ものを貫通したり,地面を這ったり,電離層反射など複雑な伝搬をします。

図7 周波数と性質

図7 周波数と性質

無線LANで利用されている周波数帯は比較的高いため,どちらかと言えば光に近い伝搬特性であると言えます。光と同様に,反射,屈折,回折することもあります。

電波特有の性質としては,導体や水分をほぼ貫通しない,石やコンクリートも貫通しにくい,ガラスなどは貫通する,導体が近くに存在すると相互作用を起こしてしまう,などがあります。人体は水分をかなり含んでいるため,誰もいないホールと満席のホールとでは状況がかなり変わることがあります。カンファレンスネットワークにおいては,無線LANの状況は本番になってみないとわからないことがしばしばあります。

Column フレネルゾーン

無線LANの電波はコンクリートの壁や金属のドアを貫通できないことを説明しました。でも,壁にガラス窓があれば窓から貫通できますね。窓が小さかったら,どうでしょう? すごく小さい窓だったら? 針穴くらいだったら? APと端末同士が可視でありさえすれば通信できるのでしょうか?

実際には電波は線状に進むのではなく,あるサイズの回転楕円形に広がって伝搬します。これをフレネルゾーンと呼び,この範囲に障害物があれば電波が届きにくくなります。

オフィスビルなどの無線LAN密集地帯では,金属羽根のブラインドを下げることで外からのノイズを減らせることがあります。ブラインドの羽根を開けても,ノイズは減ったままです。ブラインドの隙間くらいでは,無線LANの電波はなかなか通れません。

光に見立てて考えてみる

無線LANの周波数は比較的高いため,伝搬特性は光に似てきます。とはいえ,およそ光であると言えるほど似ているわけではありません。これは見えない電波をイメージするための喩(たと)えです。

APからの電波は裸電球だとします。電波は四方八方へ,球状に発射されていきます。無線LANで言えば,完全無指向性のアンテナです図8⁠。

図8 完全無指向性のアンテナは,裸電球のようなもの

図8 完全無指向性のアンテナは,裸電球のようなもの

電波の効率を考えると,カサがあったほうが良いでしょう。利用したい方向へ反射させて強めることができます。不要な方向へ発射している電波は,ほかの無線の干渉源になりますから,やはりカサで遮ると良いでしょう。無線LANで言えば,このカサは指向性を持ったアンテナです図9⁠。天井に取り付けるタイプのAPに内蔵されたアンテナでは,このような特性を持っているものが多くみられます。

図9 指向性のアンテナはカサ付きの電球のようなもの

図9 指向性のアンテナはカサ付きの電球のようなもの

使用したい場所が決まっているのなら,スポットにするのが一番です。電波を非常に強くできますし,干渉も大幅に改善できます。無線LANで言えば,非常に強い指向性を持った八木アンテナまたはパラボラアンテナです図10⁠。ビル間接続や,非常に高密度かつ小さなセル分割が要求されるスタジアムなどで利用されます。無線LANではあまり一般的なアンテナではありません。

図10 パラボラアンテナはスポットライトのようなもの

図10 パラボラアンテナはスポットライトのようなもの

アンテナを床などの低いところに設置してしまうと物陰ができ,通信が不安定な個所が多く発生します図11⁠。

図11 床に照明を置く

図11 床に照明を置く

やはり,シーリングライトのように天井にAPを設置するのが理想的です図12⁠。

図12 天井にシーリングライトを設置する

図12 天井にシーリングライトを設置する

電球のワット数が送信電力だとすれば,電球の周りにあるカサやスポット装置はアンテナです。カサやアンテナ自体には,電球自体を明るくする効果はありません。できることは,四方八方に散らばってしまうパワーを一定の方向へまとめることだけです。狭い範囲へまとめるほど,結果として強力な電波になり,受信感度も高くなります。

複数の光源が混ざってしまう

図13のように,同じ色の照明が複数ある場合を考えてみます。これは困りました。それぞれ違う色であれば良かったのですが,同じ色では区別できなくなります。無線LANでも,1つのチャネルに複数のAPがあると干渉が起きます。光や電波が届かないほど遠いところへ行ってしまえば,または周波数(チャネルまたは光の色)が違えば,この干渉は起きません。電磁波の周波数と,それが到達できる空間の大きさが,端末を収容できる空間の単位(セル)となります。

図13 広い場所の天井に複数のライトを設置する

図13 広い場所の天井に複数のライトを設置する

「時間と空間の共有」とは

このセル内を何らかの電波が常時送信されている状態を利用率(デューティー比)100%とし,実運用では,これが100%に達することのないようにします。

  • ① チャネル×空間あたりの時間は,図14のイメージのようにチャネルに存在する全端末で共有されている

    図14 チャネル×空間あたりの時間(デューティー比)は全端末で共有する

    図14 チャネル×空間あたりの時間(デューティー比)は全端末で共有する

  • ② 何らかの電波が送信されている時間(デューティー比)図15のように100%に近づくにつれ衝突などでエラーが増えてくる

    図15 デューティー比が高くなってきた場合

    図15 デューティー比が高くなってきた場合

  • 図16のように通信状況の悪化のためデータレートを下げる端末が増えてきて,利用効 率が急激に悪化

    図16 特定端末の通信状況悪化でデューティー比が極限まで高まった場合

    図16 特定端末の通信状況悪化でデューティー比が極限まで高まった場合

  • ④ 通信状態が悪化するとエラーのため再送が起こり,さらにデューティー比が悪化する→破滅!

つまり,1つのチャネルを共有している限り,同じところにAPをいくら増設しても改善されません。ボトルネックは伝送媒体である空間そのものであるためです。高密度な無線LANではこの「チャネル×空間」をいかに分割していくかが重要になります。

Column 電波の強さと距離

「電界強度は距離の2乗に反比例する」と耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。無線APの出力を10mWから20mWにしても2倍遠くまで届くわけではないのです。なんだか面倒ですね。なぜ2乗なのでしょうか。

電波を四方八方へ球状に送信する点状の送信アンテナを想定してみますと,ある受信地点での電力は,送信アンテナから受信地点の距離をを半径rとした球面上のある一部の面積となります。球の表面積を4πr2とすると,送信アンテナの電力Pと,ある受信地点の電力密度PDは,P/(4πr^2)となり,距離の2乗に反比例することがわかります図D⁠。

図D 電波の強さと距離の関係

図D 電波の強さと距離の関係

電波の送信出力を高めることは通信品質を上げる1つの手段ですが,干渉源を減らすことも同じくらい効果のある手段です。不要な方向へ飛び過ぎている電波は,ほかの無線設備のノイズとなります。

状況が許されるのであれば,指向性のあるアンテナを使うのが,もっとも効果のある手段です。指向性は受信されてくる干渉源をカットするのにも効くのですから。

著者プロフィール

熊谷暁(くまがいあきら)

一般の家庭にインターネットが到達していないころから玩具としての無線とインターネットを触っていたら,ITバブルが到来して急に世界が変わり,玩具ではなくなってしまった。Web, 広告撮影業を経て,イベントWi-Fiネットワークを多数構築。趣味は地理情報システムや70年代の音楽。