IPv6対応への道しるべ

第1回サーバの安定運用を目指すなら、今はまだIPv6を“つけちゃいけない”─Beacon NC 國武功一氏に聞く

こんにちは。⁠IPv6対応への道しるべ」という連載を開始しました。

IPv4アドレス枯渇がついに現実のものとなり、IPv6への注目度が上昇しつつありますが、いままでのIPv6の記事は、通信キャリアやISP視点でのものが多かった印象があります。本連載は、これまで少なかった「中小企業や一般ユーザ視点から見たIPv6ってどうなの?」をテーマとしつつ、IPv6対応を積極的に取り組む事業者にインタビューを行います。

第1回は、Beacon NCの國武功一氏にお話を伺いました。

國武功一氏
國武功一氏

Beacon NCでは、データセンター/ホスティング事業開始当初からIPv6を考慮したネットワークを設計しつつ、顧客がIPv6を利用できるサービスを提供し続けています。また、國武氏自身もIPv4枯渇タスクフォースでデータセンター事業者等のIPv4アドレス枯渇やIPv6への対応に関してレクチャーを行う等、IPv6推進に積極的に関わっておられます。

サーバ側は最後の最後までIPv4アドレスを無くすことができない

――御社でのIPv6への取り組みに関して教えてください

弊社は、もともとデータセンターまわりのコンサルティングを行っていたのですが、2007年に自らデータセンター事業に参入しました。IPv6は、データセンターを作る当初から設計に組み込み、フルネイティブのIPv6環境を常に用意してあります。開始当初は別途申し込むオプションという形だったのですが、現在は正式サービスとして希望されるお客様にご利用いただけるようになりました。

弊社では、IPv6だけではなく仮想化にも力を入れています。開発者であるお客様にVMの作成やマネージメントを押し付けるのではなく、弊社ですべてマネージメントするサービスや、データベースなどの仮想マシンに適さない部分を物理マシンで運用しつつ仮想マシンで行った方が効率の良い部分を仮想マシンで行うハイブリッドホスティングサービスもあります。

その他、ハウジングをご利用のお客様向けに繁忙期だけ仮想マシンを貸し出すサービスもあります。たとえば、ECサイトであれば夏や冬のセール時期だけとか、引っ越しの時期だけにトラフィックが集中するような場合もあります。弊社ハイブリッドホスティングで、そのようなニーズを満たせるようにしてあります。

――IPv4アドレスが枯渇したことで、IPv6に関する顧客からの問い合わせは増えましたか?

いやー。増えてないですね。尖った感じのウェブ開発会社さんにお声掛けをしたこともありますが、⁠いやぁ、まだいいかなぁ」とおっしゃってました。本格的に採用されているかたもいらっしゃいますが、IPv6を使ってみたいというお客様は本当に少ないですね。

試しに使ってみたいという話はいくつかあります。テスト用に使いたいという感じです。IPv6の動向が気になるお客様です。どちらかというと、本番環境に入れるというよりは、実験的に使ってみたいというスタンスです。

――ホスティングサービス利用者はいつごろからIPv6対応をすべきでしょうか?

サーバ側の視点から見ると、サーバ側はあまりに早くIPv6対応をするのは良くないのかなと思い始めています。サーバの安定運用を目指すのであれば、いまはまだIPv6をつけちゃいけないという気はちょっとしています。

「鶏と卵」という話は、ずっと言われていますが、一般ユーザが増えないと難しいです。なんだかんだいっても、IPv4アドレス枯渇問題で救いやすいのはユーザ側なんですよね。NATなどがあるので。

一方で、サーバ側は最後の最後までIPv4アドレスを無くすことができません。どうしてもIPv4のみのお客様は残ってしまいます。たとえばIPv4空間をIPv6空間と1対1にマッピングできれば良いというのもあるのかも知れませんが、IPv6空間の方が圧倒的に大きいのでそれはできません。そうなると、サーバ側は最後になってしまうのかなとも思います。

そういう意味では、安定性を求めるのであれば、IPv4のみで運用するというのが現時点での現実解なのかなという気はします。

――サーバ側は一番最後といいつつ、一番最初に苦労しそうですよね?

そうですね(笑⁠⁠。

ALG(Application Level Gateway⁠⁠、Webでいえばバーチャルホストなどもありますが、データセンターの立場としては個々のお客様ごとにIPv4アドレスというものが必要になってきてしまうので、いろいろ限界があります。データセンター側がプロトコル変換的なものを入れても、なかなか難しいと思います。

対応をするとすれば、お客様の環境に何もせずにProxy的なものを入れてIPv6対応を行うという形でしょうか。

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――いつまでIPv4アドレスの新規提供をできるんですか?

普通にIPv4アドレスを取っているのであれば1年ですよね。JPNICへ申請するのが「1年分」という決まりですし…。ただ、解約分の再利用などがあるので一概に1年とは言い切れません。さらに、過去に行っていたサービスの整理などで、もうちょっとはいけるかなぁと。ただ、まあ、先は見えていると言えます。

ここから半年、1年の動向として、多くのユーザ環境でIPv6が設定可能になります。それを含めて他社というか業界全体の動向がどうなるかですね。ユーザ側のIPv6対応が進んでくれないと、データセンターとしては困りそうです。

多くのISPさんがデータセンター事業も行われているので、ISPさんがIPv6の普及を後押しすると予測しています。さらに、ISPさんはユーザに提供しているIPv4アドレスの利用効率を高めて、自身が行っているデータセンター事業側にまわすのではないかとも思います。逆にいうと、ISP事業を行っていないデータセンターは今後苦しいかも知れません。

IPv4アドレスという視点だけで見れば、既存データセンターであれば弊社は現状でなんとかまわしていけそうなのですが、次のデータセンターを作るぞという決断がなかなか難しいです。

やってもリスク、やらなくてもリスク

――IPv4アドレス枯渇はサーバ側にとって大きな問題であり、IPv6普及が重要であるということですが、かといって既存のサーバがIPv6対応するのは控えた方がよいということなんですよね?

残念ながら、サービスの安定稼働を考えると、現時点では「はい」とお答えすることになります。既存のサーバを持っている事業者さんは、既にIPv4アドレスを保持しています。さらに、既存ユーザのほとんどがIPv4を利用し続けているので、IPv4対応が見捨てられることは当分考えられません。

今は、あまりにインターネットが商用化されているために、その状況でリアルにダウンタイムをなくすことに全力をそそいでおられる方々は、なかなか踏み込み辛いところでしょうね。エンドユーザからのIPv4からの到達性を確保していればとりあえず大丈夫です、という現状があるなかで、果たしてそのリスクを冒してIPv6にいけるかと。そういう意味では、お客様に使っていただく前に自分たちで使い倒して経験を積んでおくという意味合いもあるのかも知れません。

やることのリスクがわからないと、お客様としても使えないと思うんですよね。結局、IPv6化ってチャレンジのリスクなんです。しかも、そのチャレンジのリスクをお客様にも背負わせないといけないというのが業の深いところで。

たとえば、今はメールが届くのは当たり前だと思われています。実際にはインターネット上でのメールは確実に届くものではないので幻想でしかないのですが、メールが届かないという事態が発生すると問題になってしまいます。メールサーバがIPv6化したことによってメールが届かない障害が発生する可能性を考えただけでも難しさはあります。

とはいえ、IPv6はすでにインターネットの一部です。フォールバックという意味では密接に絡んでいますし、将来的な備えも考慮に入れると、完全には無視できません。なので、IPv6はやってもリスク、やらなくてもリスクなんです。

ということで、リスクをコントロールすることが必要になるのですが、リスクのコントロールをするには内容をよく知る必要があります。リスクを調べた上で、緊急に対応すべきだと判断する人もいるでしょうし、IPv6が広く普及するまで様子を見るという判断をする人もいるでしょう。業種業態によって対応は大きく異なります。

それをちゃんと調べるというのが今、最も求められています。

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――データセンター/ホスティング事業者は、どのようにIPv6に取り組むのが良いと思いますか?

データセンター業界的には、たぶんIPv6やってる暇がないんですよね。

まず、クラウドに対抗できていないホスティング事業者は今は大変な思いをしているはずですし、今後どのようにクラウドに対処していくのか考えなければいけない時期に来ているでしょう。各社がクラウドに対応していきつつ激しい競争をしている激動期にあって、サービス販売のメリットになりにくく導入コストが発生するIPv6対応に注力するのが難しいといえます。

とはいえ、まずは自分自身で使ってみることではないでしょうか。自分が使ったこともない技術をお客様に勧められるわけもないですし。

ただ、自身のサービスとして取り込むには、最新技術とIPv6対応の問題もあります。新しい技術ってIPv6対応が後手後手だったりします。たとえば仮想化関連でいうと、仮想スイッチまわりの開発が最近は一生懸命行われていますが、IPv6非対応だったりします。また、IPv6のみでサーバを構築した際に、期待した挙動にならないケースもあります。

IPv6対応をうたってると、そのあたりに採用できなくなってしまうんですよね。IPv6を捨てれば仮想化系の最新技術を採用できるけど、そうじゃなければできないと。そこらへんのサービスメニューの整合性がとれなくなってきています。

――そこまでしてIPv6に対応して、これまでのメリットとは何でしょうか?

(笑)うーん。なんでしょうね。

小さいISPながらも、そこに取り組んでいたというネームバリューという意味ではあったのかも知れません。

あと、お客様から、いざIPv6をやりたいと言われたときに、⁠いやぁ、どうなんでしょう」とか答えたら、お客様が困ってしまうじゃないですか。そういう意味では、やはり、エンジニアってワーストケースに備えないといけないと思うんです。IPv6がワーストケースかっていう話もあるとは思いますが。

そういう意味で、IPv6が来るかどうかわからない時期から含めて、やらざるを得なかったと言えます。正直、やらなくて済むのであればやりたくなかったというのが正直なところですが、でもやらないといけないんですよね。

最後に

第1回からいきなり「IPv6対応を急ぐ必要はない」という内容になってしまっていますが、私も多くの一般的な事業者にとっては、現時点でIPv6対応を急ぐことによる危険性は存在すると考えています。

ただし、ほとんどのユーザや事業者がIPv4のみのインターネットを利用し続けると、IPv4アドレス枯渇によってインターネット上における寡占化が加速すると推測しているので、全体としてはIPv6対応が進んだ方がベターであると思います。

インターネットインフラがどのように変化して行くのか、非常に興味がある今日この頃です。今後、こういった感じの現場での葛藤的な話をいろいろとインタビューできればと考えています。

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