アクセシビリティを組織で向上させる──社内外の認知・効果測定から、新規開発への組み込みまで

第8回自社を超えたコラボレーションでアクセシビリティは社会へとつながる

本連載は『Webアプリケーションアクセシビリティ─⁠─今日から始める現場からの改善』を補うものです。紙幅の都合で同書に収められなかった原稿を再構成しました。同書の第7章「アクセシビリティの組織導入」の続編にあたります。同書第7章は、会社内でたった一人でアクセシビリティの取り組みを始めてから、正式なチームを立ち上げるまでのノウハウを紹介しました。本連載はそこからさらに取り組みを広げていくためのノウハウをまとめます。

1ヶ月にわたってお届けしてきた短期集中連載、今回の第8回で最終回です。機会がありましたら、ぜひ第1回目からあらためてお読みいただければと思います。ご自身や会社の状況の変化によって、きっと新たな発見があるはずです。

アクセシビリティの取り組みは、自社だけに閉じず他社とコラボレーションしたり公開したりすることで、より進捗します。まとまった形になるまで待たず、少し取り組みを進めたらどこかで話す、社外の誰かを誘ってみる、といったように取り組みのプロセスの中に社外とのつながりを織り込みましょう。

社外公開したりコラボしたりすると捗るのはなぜか?

社外で話したり、社外の誰かを誘ったりするのには、勇気が必要です。その分の作業も発生します。それでも実施したほうがよいのは、正のフィードバックループが得られるからです。

アウトプットするところに情報が集まる

この記事の読者であるあなたは、アクセシビリティに取り組むにあたり、情報が欲しい状況と思います。

しかし、本連載も含めて、書籍やブログ記事などから得られる情報には限りがあります。⁠あなたの今の状況に合わせた話」はないからです。発信側がある程度具体的な読者のイメージを思い描いていても、あなたの今の状況に完全にマッチしているわけではありません。

自身の今の状況に合った情報を得る方法はひとつです。それは、今の状況を発信することです。

どうやって取り組みをはじめたか。どういった組織構造で、自分はどういった立場で動いているか。何を始めていて、どこで悩んでいるか。それが立派なコンテンツです。発信することで、すでに取り組んだ人たちから「近い状況のとき、自分の場合はこんなふうに進めた」といったフィードバックを得られます。参考になるリソースも教えてもらえるでしょう。

アウトプットによって仲間ができる

アウトプットを定期的に行っていると、反応してくれる人がいたり、同じようなテーマで話している人が目に入るようになったりします。

そうした人たちは、こちらがイベントをホストしたときに登壇してくれます。やりとりの中で、ゆるやかなつながりとなって、社外におけるアクセシビリティコミュニティとなります。

同じように取り組みを進めている人にとっては、社外に仲間がいるのはたいへん心強いものです。

社内で意識を持つ人が少数なうちは、活動が継続できるのか不安になるときもあるはずです。同じフェーズにいる人や、少し先のフェーズにいる人と情報交換ができることは、モチベーション維持につながり、取り組みの加速にも役立ちます。

アウトプットすることで後続の人が増える

アクセシビリティは、まだ「進んでいる会社が取り組んでいるもの」という印象が強いようです。

日本ではまだ認知が進んでおらず、経営課題としても取り上げられづらく、取り組みが本格化している会社も多くはありません。そのため、アクセシビリティ向上施策はボトムアップからのスタートになりがちです。

だからこそ、あなたが発信する「実践知」は、それがどんなに初期のものであっても、かけがえのないコンテンツです。

同書第7章のはじめは「情報を共有して仲間を探す」でした。そこで用いられる「情報」は、あなたより先に取り組みを始めた誰かが残してきた足跡そのものです。それがあるからこそ、取り組んでみようという人が出現したのです。

同書の著者陣もまた、国内や海外の事例に学び、試行錯誤を繰り返した結果、今に至ります。先人のアウトプットがあったからこそ、同書を出版できました。

後続の人が増えるとあなたの打ち手も増える

後続の人が増えれば増えるほど、あなたの打ち手も増えていきます。

取り組む人が増えてくれば、あまり興味を持っていない人でも「アクセシビリティ」の文字を目にする機会が増えます。あなたが関係を構築したい人がいるとして、あなたが言っていることを直接聞くルートだけでなく、ほかの経路からもアクセシビリティの文字を目にすることは、大きな態度変容を及ぼします。

さらに、競合他社や近い業界の会社が取り組みを始めれば、業界のムーブメントの火種になります。⁠いきなり大きな投資は難しくとも、少なくとも始めておくべきテーマなのかもしれない⁠⁠。そう考える人も増え、アサインや投資の意思決定も勝ち取りやすくなります。

開発者やデザイナーどうしでコラボレーションする

ここからは、実際に同書の著者陣や知人らが行ってきた社外へのアプローチ例を紹介します。自身の活動方針と合うものがあれば、ぜひ試してください。

公開の輪読会やサロンを企画する

同書の7.3節「社内コミュニティを立ち上げる」で紹介した輪読会を、いっそ公開でやってしまおうというアプローチです。アクセシビリティに関連した以下のような書籍について、社外の人も含めて輪読会を実施してみましょう。

輪読会はコンテンツの準備がいらないため、比較的取り組みやすく、参加者も集めやすいでしょう。⁠いつか読まないと……」と思っている人は意外に多いものです。イベントにすることで読み始めのきっかけが作れます。定期的に実施すれば少しずつ読み進めることができます。

「わからないから読んでみたい」という前提で実施すれば、ホストが有識者である必要もありません。

同書で紹介しているサロンも、同様に社外の人を募集してみるのがよいでしょう。事例としてはアクセシブランチがあります。ランチがてらアクセシビリティの話をするという立て付けであれば、かしこまらずに続けられます。本連載執筆時点(2023年2月)では、多くのセミナーやイベントがオンラインで開催されています。時間だけ決めて集客すれば物理的な移動を伴わずに開催でき、開催も参加もハードルはより低くなっています。

こうしたイベントの呼びかけは、まずTwitterで行い、A11YJ Slackでも告知するとよいでしょう。日本語でアクセシビリティについて情報交換できる公開Slackワークスペースであり、アクセシビリティに興味がある人たちを集める場としては最適です。なお、同様の集まりとしてはDiscordにもウェブアクセシビリティのコミュニティがあります。

イベントで登壇する

UIデザインやフロントエンドに関するLT大会が各所で開催されています。こうしたイベントに発表者枠で飛び込んでみましょう。

いきなり有用な話をしようとすると腰が重くなるため、まずは「活動をはじめている」ということをシンプルに共有するLTから始めましょう。エントリーしたらTwitterや先述のアクセシビリティコミュニティで告知すると、興味を持つ人を集めやすくなります。

比較的規模が大きいカンファレンスでは、CfPCall for Proposalという公募枠があります。LTで感覚がつかめたらチャレンジしましょう。最近のカンファレンスでは、アクセシビリティの話をある程度混ぜるのがトレンドです。採択される可能性はあるはずです。

イベントをホストする

イベントに慣れてきたら、開催側に回るのもひとつの手です。

テーマをきちんと決めようとすると時間がかかるので、まずはLT大会を開いてみるのがお勧めです。最近の事例としてはアクセシビリティTips LT会があります。

開催のための資格などは一切ありませんし、オンラインでも開催できるため、開催ハードルは限りなく低くなっています。オンラインイベントのコツやTipsは、Webで検索すればたくさんヒットします。

一点、注意があるとすれば、オンラインイベントでは参加者どうしの交流が起きにくいことです。イベント終了後に懇親会を設けたり、発表者にのちほどコンタクトを取ったりして、意識的に関係性を作っていきましょう。

ブログ記事を通じてコラボレーションする

自社に技術ブログやデザイナーブログがあれば、アクセシビリティの記事を書くのもカジュアルな発信として有効です。

記事で取り組みを伝えていく中で他社の事例や記事に触れれば、それをフックにしてSNSなどで交流を始めるのもよいでしょう。

技術ブログ界隈では、12月になるとAdventarに登録し、アドベントカレンダーとして25日間連載するのが恒例行事として定着しています。毎年アクセシビリティ Advent Calendarが企画されたり、また「20XX年、⁠社名)のアクセシビリティを振り返る」というまとめ記事を書くのが何社かの間で実施されたりしています図1⁠。こうした波に乗るのもひとつの手です。

図1 アクセシビリティ Advent Calendar 2022
図1 スクリーンショット:Adventarの「アクセシビリティ Advent Calendar 2022」。2013年から続く、過去のカレンダーへのリンクと、2022年のカレンダーへの参加者の一部が見える。

海外の大規模イベントに共同参加し、報告会を行う

海外の大規模イベント、たとえばCSUN Assistive Technology Conferenceや、GAADGlobal Accessibility Awareness Day⁠、Inclusive Design 24などに何社か共同で参加し、その結果をレポートする会を開催するアプローチもあります。海外の情報への橋渡しをすることも大きな貢献です。

これまでも何社かが行っていましたが、海外渡航する必要があるため、ハードルは高かったです。しかし、近年はコロナ禍によりオンライン開催となったため、気軽に海外カンファレンスに参加できます。

さらに、こうしたカンファレンスは、動画に字幕が付いていたり、書き起こしテキストが別途用意されていたりとアクセシブルです。翻訳ツールを使い、内容を理解することも難しくありません。

Accessibility Conferences and Eventsによれば、ほかにもいくつかのイベントが毎年開催されています。興味があるものを選んで共同参加を募り、報告イベントを企画してみてはいかがでしょうか。

公開リソースにissueを立てる。Pull Requestを出す

W3CWorld Wide Web Consortiumの翻訳文書や検証ツールなど、公開されているリソースがあります。Issueを立てたり、改善のPull Requestを出してみるのもよいでしょう。

国内では、以下のものがあります。

同書の著者陣もこれらのプロジェクトに参加しています。これらはボランティアであったり、コミュニティ活動として数人で運用されていたりするものがほとんどです。誤字脱字の修正やスタイルの改善といった小規模なものでも、コミットがあれば励みになります。運営者やほかのコミッターと交流するきっかけ作りにもなります。

社内で使用しているリソースを公開する

社内向けに作っている資料やガイドライン、ツールがあれば思い切って公開しましょう。

実践で使っているドキュメントは現場の課題を解決するためのものなので、他社で取り組んでいる誰かの参考になります。

大規模なもの、まとまったものを公開しようとするのではなく、アルファ版の段階で公開してしまうのがお勧めです。GitHubやGoogleドキュメントなど、コミュニケーションできるプラットフォームを選ぶと、前述のような改善活動にまつわるやりとりが起きるかもしれません。公開したら、イベントなどと同様にTwitterや先述のアクセシビリティコミュニティなどで共有しましょう。

これをきっかけとしてブログ記事を書いたり、告知イベントを開いてみるのもお勧めです。freeeアクセシビリティー・ガイドラインでは、更新情報を開発者ブログに書いたり、ユーザーを集めて座談会を開いたりしています。

同人誌を出す。雑誌に寄稿する

近年では電子書籍の出版は、非常にハードルが低くなっています。これまで調べたり試したりしたことをごく薄い書籍としてまとめることも、発信のひとつの形として定着してきました。

たとえば、著者陣の知人の@yamanokuは、技術書典という技術書同人誌販売イベントに向けてこれからはじめるWebアクセシビリティという電子書籍を出版しました図2⁠。

図2 これからはじめるWebアクセシビリティ
図2 書影:これからはじめるWebアクセシビリティ。写実的かつモノトーンの犬のイラストが目を引く。

同じアクセシビリティというテーマでも、著者が変われば視点も変わるため、あなたが出した書籍のほうがフィットする人も出てくるはずです。また商業出版より内容もコンパクトに、価格も抑えめにできる(無料にもできる)ので、とりあえずサクッと読みたいという人に手にとってもらいやすくできます。

ブログ記事以上、商業誌以下のボリューム感として、第三の選択肢になる可能性を秘めています。

コンテンツが企画できそうなら、Webメディアや雑誌への寄稿を出版社に打診するのもアリです。たとえば同書の出版や本連載を行っている技術評論社は企画の持ち込みを受け付けています。

あなたが普段情報収集として読んでいるメディアも、世の中の流れに敏感であれば、アクセシビリティの枠を設けたいと考えていても不思議ではありません。ぜひ企画の持ち込みにもチャレンジしてみましょう。

アクセシビリティを必要とするユーザーとコラボレーションする

アクセシビリティを必要とするユーザーの中には、自身の利用状況や、世の中のアクセシビリティの現状を知ってもらいたい気持ちで活動している人も多いです。

そうした人たちとコラボレーションすることは重要です。支援技術を利用する人々にアクセシビリティの取り組みを知ってもらうには、同じ立場の人に評価してもらい、語ってもらうことが最も有効だと感じます。

ユーザーインタビューの様子をブログ記事にする

支援技術ユーザーにインタビューやユーザビリティテストに協力してもらうとき、その内容をブログ記事にしてよいかを確認し、可能であれば記事化していきましょう。事例としては以下のものが参考になります。

図3 Ubieによる、全盲の視覚障害者4名によるテストの実施
図3 スクリーンショット:Ubieのnote記事。「全盲の視覚障害者4名によるテストの実施」という見出しとともに、テスト時のオンライン会議の様子のスクリーンショットが掲載され、「改修を進めて一定程度まで利用可能になったと考えられたため、実際にスクリーンリーダーを日々利用している方にテストしてもらうことにしました。ガイドラインや専門家の知見はあくまで一般論であり、特定のサービスにおいて、アクセシビリティを必要とする当事者にとって使い物になるのかは、実際に使ってみる形でしか検証できないからです。」と記載されている。

ユーザーにどういうニーズがあるのか、触ってもらったうえで現時点でのアクセシビリティがどの程度なのかを語ってもらうことは大きなインパクトがあります(詳しくは同書の7.7節「アクセシビリティを必要とする人に会う」をご覧ください⁠⁠。公開することで、さらなるメリットが3つの点で生まれます。

1つ目は、試してくれるユーザーを増やせる可能性です。

アクセシビリティを必要とするユーザーが試した結果は、同じ立場の人にとって強い説得力を持ちます。潜在的なユーザーに「もしかしたら自分でも使えるかもしれない」と感じてもらい、試してもらえる可能性が生まれます。

2つ目は、社内の仲間を増やせる可能性です。

社外にこうした記事が公開され、SNSなどで拡散されると、同僚が記事を知るケースが出てきます。社内で共有されたサマリを見るよりも、こうした知り方のほうが強いインパクトを残すことが多いようです。必要なところに必要なものを届けようとする様子は、より力強いメッセージだと感じるからでしょう。アクセシビリティに取り組むメンバーが限定的なときにこそ、実施したいアプローチです。

3つ目は、アクセシビリティに取り組みはじめたばかりの人たちにとっても重要な意味を持つからです。

同書の7.7節「アクセシビリティを必要とする人に会う」のとおり、多くの人が「ガイドラインベースの改善ではアクセシブルになったか実感が持てない。しかし、ユーザーに会うのは二の足を踏んでしまう」という狭間で悩んでいます。

ユーザーに話を聞いていることが他社事例として記事になっていれば、それをもとにした会話からユーザーへのコンタクトを試みようという話が持ち上がります。他社記事を参考資料として、調査予算の捻出をかけ合ったりといったアクションをあと押しします。

ユーザーによる公開テストイベントを企画する

自社プロダクトのユーザビリティテストやインタビューを、はじめから公開イベントとして実施してしまう手もあります。事例としてはアクセシビリティやるぞ!夏祭り2 ~俺たちにテストさせろスペシャル~⁠※レポート記事)や、東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイトをスクリーン・リーダーで使ってみる会などがあります。社内にも社外にもインパクトがあります。

アクセシビリティの情報は、断片的であったり想像での補足が必要だったりします。たとえば以下のような観点は、それぞれ一般論としては知っていたり、自分でチェックした結果は持っているかもしれません。しかし、どこか具体的なイメージが持ちにくいことが多いものです。

  • 支援技術を使うユーザーはどんな人なのか
  • ユーザーは普段どんな形で支援技術を使うのか
  • 支援技術を使って自社のプロダクトにアクセスするとどうなるのか
  • 起きている問題の中で何が致命的で、何はそこまで問題ないのか

たとえば、障害当事者がWebサイトを利用するデモ動画もあります。ユーザーを理解するための資料としては有用ですが、テスト対象が自社サービスでないので、今起きている事実ではないと感じがちです。

実在のユーザーと実在のプロダクトが結び付いた公開テストは、これらの問題を一度に解決します。

「今この瞬間に支援技術ユーザーが自社プロダクトを訪れていたら、このテストの結果と同じような状況が起きている」

この事実は非常にリアリティがあります。アクセシビリティ改善を目指す人たちにとっての最高の資料であり、取り組みを進める強力な説得材料です。開催側としても、公開でチェックすることで課題が白日のもとになり、改善を約束する流れが作れることもメリットです。

筆者の経験上、社会から障害をなくしたいと考えて活動している人であれば、出演をOKしてくれる可能性は十分あります。

さらに、こういった公開テストを実施したいと社内にかけ合った場合、ほとんどOKになります。社内の大多数の人がアクセシビリティに詳しくないため、センシティブな反応にはならないからです。そもそも公開サイトに支援技術でアクセスするだけですから、機密情報を公開するわけでもありません。

改善施策によってテストが行えそうな箇所が生まれたら、積極的に開催を検討しましょう。

支援技術ユーザーが集まる会に出る

ユーザー側のコミュニティに参加し、意見交換をすることは非常に重要です。開発者の立場や製品提供側の立場では見えてこない、解決すべき本質的な課題が見えるからです。

筆者は数回、⁠サイトワールド」という視覚障害者向けの展示イベントに参加しています。そこで行われたNVDA相談会というスクリーンリーダーユーザーを対象にしたイベントで話させてもらったこともあります)図4⁠。スクリーンリーダーの日本語化や普及を行っている方々と、B2B向けクラウドソフトを提供しているクラウドサイン、ChatWork、サイボウズ、freeeの面々がともに出演し、視覚障害当事者の就労環境の現状や、各クラウドソフトの対応状況などを意見交換するというセッションでした。この経験は大きなものでした。

図4 NVDA相談会
図4 写真:NVDA相談会の様子。freee伊原、弁護士ドットコム太田氏、サイボウズ小林氏、ChatWork守谷氏が、それぞれの会社のプロダクトのアクセシビリティの取り組みについて、視覚障害当事者に向けて紹介している。

これまで自分は、自分が属するコミュニティ、つまり開発側という立場や、所属企業のメディアを通じた形で情報を発信していました。しかしそれでは、自分が届けたいところ、つまり「アクセシビリティを必要としている人」にまで取り組みを伝えるのは難しいと感じていました。

Webを通じて誰もが情報にアクセスできても、その情報があることに気付かなければアクセスは起こりません。いま思えば当たり前のことですが、自分の活動を潜在ユーザーに届けるには、自身がそのコミュニティに飛び込まなければならないのでした。

そして、対話を行うことで「支援技術はみんなある程度使いこなせるはず」という自分の思い込みにも気付きました。

たとえば、全盲の視覚障害者がWebベースの業務アプリケーションを使いこなすには、ある程度高度なスクリーンリーダーの使いこなしが必要です。当然トレーニングが必要になので、その訓練の価値があるとユーザーが思えるようでなければなりません。

ある1社の業務アプリケーションがアクセシブルになるだけでは、そのトレーニングを行ってでも使いこなしたいとまでは思えないでしょう。しかし、業務に必要なさまざまなアプリケーションがアクセシブルになっていて、それらを使いこなせれば就労できるとなれば、話は変わってきます。

このことから、職場環境全体をカバーできるパッケージになっている必要性を感じたのです。

さらに、こうしたパッケージをもとに就労を可能にするには、PCや支援技術の使い方を教える人、障害者採用に関わる人、就労環境を整える人、そしてユーザーになり得る人たちといった関係者の認識や取り組みのアップデートも必要です。

筆者の経験のひとつの例でしたが、ユーザーとともに考えること、インクルーシブな製品開発の必要性を痛感した出来事でした。アクセシビリティを必要とする人たちのコミュニティを通じて、ぜひ対話を試みてください。詳しくは同書の7.7節「アクセシビリティを必要とする人に会う」をご覧ください。

広報やマーケティング活動でコラボレーションする

アクセシビリティの取り組みを多くの人に、届いてほしい人に伝えるには、1社だけよりタッグを組むほうが効果があります。

複数社が連名で発信していれば、業界や市場における新たな潮流、ムーブメントであると受け手に感じさせるからです。

広報どうしでの情報交換会を企画する

アクセシビリティは、広範囲なトピックにまたがる話題です。技術的なところに端を発し、DEI(ダイバーシティ:多様性、エクイティ:公平性、インクルージョン:包括性)の考え方や、その前提となるサステナビリティ(持続可能性)の姿勢に通じ、企業のミッション・ビジョン・バリューに帰結します。

そのため、アクセシビリティの取り組みを広報する際は、どこに向かって発信するか、どのようなメッセージにするか、表現で気を付けるべきところは何か、といった点を各社で試行錯誤しています。

どのように発信するべきか悩むようであれば、企業の広報担当どうしでの情報交換をお勧めします。筆者が知る限り、各社ともアクセシビリティ広報のナレッジ共有には協力的です。悩んで発信が滞るぐらいなら、すでに発信している会社に聞いてしまうのが早いでしょう。

つながりを作っておくメリットは他にもあります。メディアから取材申し込みが来る際、自社単独でなく、同じように取り組んでいる会社を取材して記事化したいという申し出がよくあります。そのときにうまく連携できるかが、露出できる面を取れるかに関わります。

他社と共同で調査レポートを出す

他社とコラボレーションした結果を記事化すれば、広報主導でムーブメントの火種を生めます。企画や開発が伴わずとも、共同調査や研究として発表する方向もあるでしょう。

調査レポートを出すのもひとつの手段です。

freee・サイバーエージェント・サイボウズ、Webアクセシビリティに関する調査結果を公開という記事では、アクセシビリティの取り組みを強めている3社の広報が連携し、アンケートの計画・集計・分析を行い、結果を発信しました図5⁠。

図5 3社共同での調査結果公開
図5 同記事のカバー画像。「Webアクセシビリティに関する調査結果を公開」というタイトルとともに、サイバーエージェント、サイボウズ、freeeのロゴが掲載されている。

近い事例として、メルカリとピクシーダストテクノロジーズ、Eコマースにおけるインクルーシブデザインの共同研究に着手という記事もあります。

共同で発信すると、1社が発信するよりも注目を受けます。各社の知名度を束ねたことでリーチしやすくなるのに加えて、客観的な材料提供はメディアとしては切り口として使いやすいという長期的な効果もあるからです。別の記事を作るときに調査結果を引用する。その中で調査を実施した会社にコメントを求める。そうした種まきとしての役割を期待できます。

他社と共同で実際の業務を行う

より積極的な取り組みとしては、実際の業務として協同プロジェクトを立ち上げ、その結果を発信していくことも、今後の市場を作っていく意味で大きな価値をもちます。

たとえば、アクセシビリティに取り組むSaaSSoftware as a Service提供会社とデザイン会社がコラボレーションした事例として、アクセシビリティ向上の取り組みは誰もが使えるサービス開発の基本という記事があります。freeeが「プロジェクト管理freee」という新規プロダクトを開発する際に、内部でのチェックだけでなく、アクセシビリティに注力するデザイン会社であるコンセントから、客観的な視点でチェックと改善案を提示してもらったものです。

プロジェクト管理freeeは、デザイン会社や開発会社での工数管理をテーマにしたプロダクトです。そして、コンセントのオウンドメディア「ひらくデザイン」の読者層は、まさにデザイン会社や開発会社、またそうした会社に発注したいサービス提供会社などがターゲットでした図6⁠。

図6 freee × CONCENT
図6 freee、コンセント双方の会社ロゴとインタビュー参加メンバーの顔写真。freee: 篁玄太、熊倉洋介、中根雅文、水野詩穂 CONCENT:堀口真人

freee側としてはプロダクト自体の宣伝になり、コンセント側としては、Webアプリケーションのアクセシビリティ改善が手がけることを事例を通して紹介でき、サービスメニューの幅広さを知ってもらう機会になりました。このように、アクセシビリティというテーマを通して互いにメリットがある協業を考えることもできるのです。

本連載の第5回でも述べたように、アクセシビリティを定着させるには、1社だけが抜きん出るのではなく、面として盛り上がる必要があります。

そのためには、自社サービス提供側と制作側で需要と供給が生まれていったり、特定業界でナレッジを共有しあった結果としてパッケージ商品が出現したりといった、相乗効果を生む動きが突破口になる。筆者はそう予感しています。

追い求めよう

本連載では、同書第7章「アクセシビリティの組織導入」の続編として、著者陣の組織的な取り組みにおける現在地までを紹介しました。

目指すべきゴールは「企業活動の前提としてアクセシビリティが根付き、プロダクトやサービス、情報発信もアクセシブルであることが当たり前」という状態です。そのための道しるべとして本連載が役立てば幸いです。

そして、これが現在地であるということは、ここから先は、著者陣にとっても未知の領域であるということです。

著者陣は最終的に「所属企業がアクセシビリティに投資し、その企業どうしが協同して新サービスを生み出し、市場が創出される」という状態を目指しています。私たちはその未来を、ぜひ読者のみなさんとともに追い求めたいのです。

アクセシブルな社会を実現するための歩みは、これからも続いていきます。その道程をともに歩める日を期待しつつ、筆を置くこととします。お読みいただきありがとうございました。

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