MCPが切り拓く⁠AIエージェント開発の標準

『MCP入門――生成AIアプリ本格開発』執筆の舞台裏

生成AIがコードを書く時代。私たちは何を学び、どこへ向かうべきか。――AIが創造のパートナーとなるこの転換期に、開発者として、あるいは学ぶ者として、どのように未来を設計すべきか。その問いから、この本は始まりました。

ソフトウェア開発にChatGPTは使えるのかでAIとの協働を探り、生成AIアプリ開発大全でアプリ開発の全体像を描いた。そして本書MCP入門――生成AIアプリ本格開発で、著者のAI三部作は完結します。3冊を通して私が追い続けたのは、⁠AIと人間がどう共に創るか」というテーマでした。AIが開発者の役割を奪うのか、それとも拡張するのか――その問いとの格闘が続いたのです。

DifyからMCPへ――価値の再定義

最初は、Difyのような既存のAIプラットフォームとMCP(Model Context Protocol)の関連性を中心に書こうと考えていました。ノーコード・ローコードツールの文脈で、MCPがどう活用できるかを解説する、そんな技術書を想定していたのです。特に、初心者や非エンジニアでもMCPを利用し、AI連携の恩恵を受けられるようなシナリオを描こうとしていました。

しかし、執筆を進めるうちに、MCPの本質的な価値が見えてきました。MCPは単なるツール連携の仕組みではありません。その背後には、技術よりもむしろ「設計思想」としての深い哲学があります。現場のリソース――データベース、API、ファイルシステム、IoTデバイス――をAIに統合できる。つまり、MCPを理解し、その設計思想をもって使いこなすことこそが本質であり、⁠AIのUSB-C」とも言うべき革新的なプロトコルなのです。

この発見は、MCPは学ぶほどシンプルで、誰でもAIと協働できる設計思想だと気づかせました。単なる技術紹介では不十分です。MCPを使って実際に何かを作り、得られた肌感覚や現場で使える知見を読者に伝えたい――そう思うようになったのです。

エージェント開発の壁を超えて――DDD×TDDという解

9章まで書き終えた時点で、読者にお伝えしたかったことは一区切りしました。しかし「これだけではなにか足らない」と感じました。そこで、MCPを活用したエージェント開発の章を追加。エージェントの設計思想を理解してこそ、MCPの真価が発揮できると確信したからです。読者自身が再現し、自分のプロジェクトに応用できるような実践的な視点を意識しました。

Claude Codeを使って実装を進めましたが、思いのほか苦戦しました。AIとの協働開発は高速でも、設計が曖昧だとすぐに行き詰まるのです。コードは生成されても、それが意図した動作をするか、保守性は確保されているか――根本的な課題に直面しました。

そこで初心に立ち返り、プランモードでDDD(ドメイン駆動設計)で仕様を固め、TDD(テスト駆動開発)で一つずつ実装する方法に切り替えました。ドメインを明確に定義し、テストを先に書き、それをパスするコードを実装する――この今となっては古典的手法がAI時代にこそ威力を発揮したのです。

結果、11個のコンポーネントが協調動作する本格的なMCPエージェントアーキテクチャが完成。MCP視点でAIエージェントを構築する視点でMCPホストを設計することで、MCPが本当にAIの手になると実感できたのです。この実践で得たノウハウは、サポートページで共有する予定です。

LLM性能競争の裏で起きている静かな革命

「AIによってプログラミングは死んだ」と言われることがあります。しかし、それは誤解です。AIとの共創を通じて、読者もその共創の一員になれるという意識をもって、MCPによってプログラミングは新しい領域へと拡大しているのです。

多くの技術者がLLMの性能競争に目を奪われています。GPT-4、Claude、Gemini――どれが最も賢いかという議論に終始しがちです。しかし本当に重要なのは性能だけではありません。ローカルLLMでもエージェントは機能します。LLMの日常の仕事は「ある程度のまとめる力」⁠選択判断」⁠タスク分割能力」があれば十分で、不足する部分はMCPが補います。

定型的なデータ処理や複数システム連携、レポート自動生成――そうした日常的な課題の多くは、AIエージェントとMCPの連携で解決できます。もちろん、全てがMCPで完結するわけではありませんが、開発スタイルを根本から変える力があります。

Web3やIoTとの連携、マルチエージェントシステムの構築など、本書で触れられなかった応用例など今後、読者からの要望に応じてサポートページで公開予定です。

初心者から熟練者まで、⁠守・破・離」というステップを通じて、一人でも多くのエンジニアがMCPの基本を知り、自由に使えるようになること。それが著者としての願いです。

プロフィール

小野哲(おのさとし)

『ChatGPTはソフトウェア開発に使えるのか?』⁠生成AIアプリ開発大全――Difyの探求と実践活用』⁠MCP入門 ―⁠―生成AIアプリ本格開発』を執筆。

𝕏: @tetu_ono

小野哲(おのさとし)

無駄に長い開発歴40年のどこにでもいる普通の老プログラマー。子育て卒業後,零細企業の社内プログラマーとしてフリー契約し禄を食む。セルフビルドした2畳の小屋で2年ほど森の生活をしていたが,H.D.ソロー超えを果たしたので現在は市中で静かに暮す。好きなものはNetflix。

Twitter: @tetu_ono