新春特別企画

2021年のWebアクセシビリティ

あけましておめでとうございます。株式会社ミツエーリンクスの中村直樹です。昨年に引き続き、2021年のWebアクセシビリティの短期的な予測をしてみます。

Web Content Accessibility Guidelines(WCAG)2.2

いよいよ今年はWCAG 2.2がW3C Recommendation(勧告)になる年となります。WCAGを策定しているAccessibility Guidelines Working Group(AG WG)による昨年9月時点でのProject Planの情報によると、勧告までのマイルストーンは次のようになります。

ステータス目標
Candidate Recommendation(勧告候補)2021年2月
Proposed Recommendation(勧告案)2021年4月
Recommendation(勧告)2021年6月

執筆時点では、昨年8月11日付けのWorking Draft(作業草案)が最新の文書となります。WCAG 2.1から9つの新しい達成基準(Success Criteria; SC)が追加されており、具体的には下記に記載しているとおりです。

レベルA
レベルAA
レベルAAA

WCAG 2.1では全部で17の達成基準がWCAG 2.0から追加されたことと比較すると、WCAG 2.2は数の上で比較的小規模なアップデートと言えます。なお、達成基準の数はこれ以上増えないことがW3C Blogの記事で明言されています。ただし、勧告となるまでにレベルの調整等はあるかもしれません。

なお、WCAG 2.2で新規に追加される達成基準とは別に、WCAG 2.1でレベルAAであるSC 2.4.7 Focus VisibleがWCAG 2.2ではレベルAに変更される見込みです。

デジュールスタンダードとしてのWCAG

2008年にW3C勧告となったWCAG 2.0は、2012年にISO/IEC 40500としてそのままISOとして発行されました。これを受けて我が国ではJIS X 8341-3:2016が国際一致規格として発行されたという経緯があります。

JISは原則として5年ごとに見直しが行われることになっています。ですので、2016年に改正が行われたJIS X 8341-3は、2021年がちょうど見直しの年に当たります。一方でJISの原則として、ISOと同一の規格があればそれに一致させるというものがあります。これはつまり、ISOが改正されればJISも改正されることになります。

ISOに関する動向については、AG WGの2020年4月14日の議事録で一度言及されています。この議事録によると、WCAG 2.2をISO化する可能性があることが読み取れます。WCAG 2.2が勧告になった後に、ISO化への動きが活発になると予測されます。WCAGに関してISO化の鍵を握っているのが事実上W3Cであることを鑑みると、JISの改正はW3Cの動向次第ということになります。

仮にWCAG 2.2がISOになるとしてどの程度の時間がかかるのかについては、WCAG 2.0がISO/IEC 40500となったときというのがある程度参考になると思われます。WCAG 2.0がISO/IEC 40500になった2012年10月のプレスリリースでは、WCAG 2.0を2011年10月にISO(正確にはISO/IEC JTC 1)に提出したことが記されています。なお、2010年11月にPAS Submitter(ある種のファストトラック制度の資格)に承認されており、この制度を利用したことも記されています。結局のところ、ISOのプロセスとしては1年は掛かったことになります。これらを踏まえますと、仮に今年の6月にWCAG 2.2が勧告になったとして、今年中にISOがWCAG 2.2となっているというスケジュールは可能性としてかなり低いと言えるでしょう。

ところで、欧州の動向についても触れたいと思います。我が国はJISがISOと一致させるという原則を堅持している一方で、欧州連合(EU)はWCAG 2.1を採用していることで知られていますW3C Blogの該当記事も参照⁠⁠。これは端的に言ってしまえば、EUがW3C勧告をそのまま仕様・参照できる仕組みが整えられていることによりますEU Multi Stakeholders Platform for ICT (MSP)も参照⁠⁠。

言い換えると、ISO/IEC 40500が更新されるよりも早く、EUがWCAG 2.1に代わってWCAG 2.2を採用する可能性があることになります。ISOの動向とは別にEUの動向についても抑えておく必要はあるでしょう。

W3C Accessibility Guidelines(WCAG)3.0

長らくW3Cで、WCAG 2シリーズ(以下、単にWCAG 2)の次世代のガイドラインとして開発が続けられてきたSilverと呼ばれるガイドラインについて、W3C Accessibility Guidelines(WCAG)3.0という名称で今年の早い時期にFirst Public Working Draft(初回公開作業草案)が公開される見込みです。省略形は同じWCAGですが、Web ContentからW3Cに変更されているのが興味深いところではあります。前出のProject Planによれば、2023年11月に勧告とする予定とありますが、勧告に至るまでにより多くの時間がかかると予想されます。

執筆時点では、WCAG 3.0はEditor’s Draftが存在するのみであり、仕様策定のステージとして初期の段階にあります。したがって、ここでは内容についてごく簡単に触れるに留めます。主な注目点としては次のようになります。

  • WCAG 3.0はWCAG 2の後続であるが、WCAG 2を廃止するものではない
  • WCAG 3.0の最低レベルは、WCAG 2のレベルAAと似通ったものになる
  • 文章として難解だったWCAG 2と異なり、相当平易な文章になっている
  • コントラスト比として、APCAと呼ばれる考え方が導入される見込み
    • Chrome Canaryで実験的機能として既に実装されている関連ツイート

繰り返しになりますが、WCAG 3.0は初期段階にあります。策定が今後進んでいく中で、内容が大きく変化する可能性があることに十分留意する必要がありますが、中期的なWebアクセシビリティの動向としてWCAG 3.0の策定状況を見守りたいところです。

WAI-ARIA 1.2

Candidate Recommendation(勧告候補)として昨年内に更新されると思われていたWAI-ARIA 1.2ですが、W3C内の手続き上の問題もあり、執筆時点では更新されるに至っていません。それでも、今年の比較的早い段階で公開されるのではないかと予想しています。

WAI-ARIA関連の実装の動きとしては、ARIA annotationsと呼ばれる、注釈に関するものについて実装がされています(参考:Chrome Platform Status⁠。実際にどのようなものであるかについては、codepenのコード例を参照するのが早いでしょう。

リモート会議とアクセシビリティ

ご承知のとおり、COVID-19により生活や仕事のあり方が大きく様変わりしました。例えば会議にしても、出席者が一同に会議室に集まるのではなく、リモートで行うことが多くなったことかと思います。W3CではAccessibility of Remote Meetingsとして、リモート会議の環境についてWCAGが適用可能であることを謳う一方で、新しいガイダンスや技術のサポートが必要なギャップについて調査を行っています。

リモート会議の環境のアクセシビリティについて具体的には、会議のクライアントソフトウェア、会議の参加者に共有ないし表示される文書やプレゼンテーション資料、そして会議中のライブの音声や映像通信といったものが挙げられています。

個人的に会議のクライアントソフトウェアのアクセシビリティの対応度合いについて気になったこともあり、著名なサービスについて簡単に調べてみました。すると、米国で用いられているVPATと呼ばれるフォーマットでまとめられていることがわかりました。米国では情報アクセシビリティに対応している機器やサービスの調達を連邦政府に義務付けています。VPATは、各企業は自社のサービス等がアクセシビリティ基準にどのように対応しているか自己申告をする仕組みです。今回調べたサービスとVPATのページは次のとおりです。なおZoomに関しては、一部例外はあるものの、アクセシビリティのページでWCAG 2.1に準拠していることを明確に表明していることが印象的でした。

米国の制度ではVPATが存在する一方で、我が国では、日本版VPATについての議論がようやく始まったところです(参考:令和元年度 当事者参加型技術開発の仕組み及びICT機器・サービスの情報アクセシビリティの確保に関する調査研究 報告書⁠。VPATはハードウェアやソフトウェアも包括するものではありますが、我が国でのVPATがWebアクセシビリティに与える影響というところも見逃せないものであると筆者は考えています。前述のJIS改正とあわせて、我が国の制度としてどのように他国の制度とバランスの取れた体制を整えていくのかを見据える1年になりそうです。

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