ネットだから気をつけたい! 著作権の基礎知識

第8回 口約束は災いのもと~著作権トラブルから身を守るための「契約」

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甲社は,会社創立100周年を記念して一大キャンペーンを行うことになり,それに合わせて新しいキャラクターを広告代理店乙社に発注して制作することになりました。甲社は,このキャラクターを自社製品と組み合わせて大々的に活用しようと考えていたため,乙社との業務委託契約の中に「著作権の帰属」という条項を設け,⁠本契約に基づき乙が納品した成果物(キャラクター)の著作権(著作権法第27条及び第28条に規定された権利を含む)は甲に帰属する」と規定しました。

甲社では,このキャラクターを広告に掲載するだけでなく,グッズ化して子会社に販売させるなどしていましたが,ある日,⁠乙社からキャラクター制作の再委託を受けた」と主張するデザイン会社丙社から,⁠このキャラクターの著作権は,未だ丙社にある。また乙社からは,⁠甲社がキャラクターを広告の中で使う』ということは聞いていたが,キャラクターグッズを製作して販売するなどということは聞いていない」として,グッズ販売をやめるよう求めるクレームが入りました。

乙社に確認したところ,乙社は丙社との間でキャラクターの著作権の譲渡に関する契約を結んでいないことが判明しました。

広告物の制作業務を委託する契約やプログラムの開発契約等では,⁠著作権が○○に帰属する」という言い回しが良く用いられますが,このような条項は,⁠創作者からユーザーに対して著作権を譲渡することを目的としたもの」と解釈することができますから,その効果は,⁠著作権を譲渡する」という条項と同様です。

もっとも,ここで気をつけなければいけないのは,直接の契約相手とこのような取り決めを行っていても,実際に創作行為を行った者(著作者)が他にいる場合には,著作者との間で直接的または間接的に適切な取り決めを行っていなければ,著作権を取得することはできない,ということです。

上記(3)の事例では,乙社と著作者である丙社との間に,著作権譲渡に関する取り決めが存在しないため,甲社-乙社間の契約だけで甲社が著作権を取得した,とは言い難いところです。そして,このような場合には,丙社が未だ著作権者としての地位にあると考えられますから,丙社も制作当時から想定していた広告での利用についてはともかく,それを超えて甲社が自由にキャラクターを利用し,グッズ等に用いるのは,⁠改めて契約等で著作権の処理を行わない限り)難しいのではないかと思います。

広告業界は,著作物をめぐる権利関係を"口約束"によって処理するのが一般的で,きちんとした契約書を取り交わすという慣行に乏しい,と言われていた時代もありました。最近ではさすがに,意識的に書面による処理が図られるようになってきていますが,それでも,下請け,孫請け,ひ孫請け・と重層的な発注過程を辿ることが多いことに加え,上記(2)で挙げたような問題や,著作者人格権の問題(本連載第5回参照)もあって,⁠完全に著作権を処理できた」と安心できるようなケースは決して多くはないのが実情です。

発注者としては,このようなリスクは何としても避けたいところですが,直接の業務委託先から先の下請け,孫請け・といった複雑な契約関係全てに発注者が介在するのは現実には困難です。

そこで,このような場合に備えて,直接の契約相手方に,⁠著作権を譲渡する権限がある」ことを保証させることにより,万が一,著作者との間でトラブルが生じた場合でもダメージを最小限にとどめることができるよう努めることになります。

著作者法には,⁠著作権の移転」については,登録しなければ第三者に対抗することができない,という規定があります(第77条1項)⁠もし,この規定に基づいて,著作物の創作者から発注者(ユーザー)に至るまでの著作権の移転(譲渡)経緯をすべて登録していれば,上記(3)のような問題が起きることもないでしょう。しかし,現実には,著作権の移転登録制度は,その性質(あくまで「第三者に対抗するため」の要件に過ぎず,移転・譲渡の効力自体は登録しなくても認められる)や,手続面の煩雑さ(登録料が高額であり,申請手続きの手間もかかる)もあって,ほとんど活用されていないのが実情です(昨年巷を賑わせた著名アーティストの著作権詐欺をめぐる報道の中でも,そのような実態があることが強調されていました)⁠

「契約」をトラブルのもとにしないために

冒頭でご説明したように,著作権に関する「契約」には,権利関係を明確化しトラブルを未然に防ぐ,という機能があります。

しかし,その一方で,契約の存在そのものや内容が明らかでなかったり,契約書上の規定が不十分だったりすると,⁠契約」本来の機能を果たせないばかりか,かえって契約の解釈をめぐってトラブルを生じさせる恐れがある,ということは,以上見てきたところからもお分かりいただけると思います。

たとえ契約書が存在しない(あるいは契約書の内容が不十分である)場合であっても,いざ訴訟になれば,契約当時の状況や交渉経緯等から,裁判所が契約当事者の合理的意思を推測して妥当な落としどころを探っていくことになるのですが,⁠契約当事者の合理的意思」がいかなるものであったかを立証するのは,権利者・ユーザーのいずれにとっても決して容易な作業ではありません。特に,元々は他人が持っていた著作権を「使わせてもらう」⁠⁠譲渡してもらう」という立場にあるユーザーの場合,契約書等の明確な証拠による裏付けがないと,自己に有利な結論を導くのは相当厳しい作業となります。

こういったことを踏まえると,後になって予期しないトラブルに巻き込まれないようにするためには,⁠早い段階から権利の帰属,利用ないし譲渡の条件等を明確にし,必要な記載条件を網羅した契約書面を作成してきちんと整理しておく」のが望ましいのは言うまでもありません。

もちろん現実には,著作物をどのような形で利用するか(利用させるか)⁠というニーズが状況によって刻々と変化することも多いですから,早期に条件を具体化して,自らの手足を縛るのは避けたい,という思いが優先する場合もあるでしょう。

早期に問題を整理して事後のリスクを最小化するか,それとも事後のリスクも覚悟の上で選択の幅を広く確保しておくか・。そのいずれを選択するかは,権利者・ユーザー双方の戦略的判断によって決まるべきものであって,どちらかが絶対的に正しい選択肢となるわけではありません。

重要なのは,⁠これから自分たちがやろうとしていることに関して,いずれの道を選択するのが合理的なのか」ということをしっかり認識して,"予期しない損害"を防ぐことにあるのであって,それこそが,著作権法務に携わる専門家にとっての最大の腕の見せ所だとも言えます(同じようにトラブルに巻き込まれても,それが予期されたものだったかどうかによって,当事者が受けるダメージは大きく異なります)⁠

この世に「権利」が存在する限り,それをめぐるトラブルが止むことはないのでしょうが,新しい年を迎えたばかりの今,一実務担当者に過ぎない私としても,適正な契約慣行の普及によって,著作権にかかわる人々にとっての"真に不幸な紛争"が少しでも減るように・と願ってやみません。

著者プロフィール

企業法務戦士F-JEY(きぎょうほうむせんし・えふじぇい)

199×年,都内某企業入社。以来,法務部署で禄を食む日々を送る。ここ数年はもっぱら知的財産絡みの仕事に従事。最近,周りから「そろそろ飽きただろう」と言われることも多いが,技術もビジネススキームも日々進化するこの世界,当分お腹いっぱいにはなりそうもない。

2005年以降,ブログ「企業法務戦士の雑感」をささやかに更新中。