Webクリエイティブ職の学び場研究

第3回クックパッド技術部部長 井原正博氏に訊く(前編)「強い個」採用することへのこだわり

僕の仕事は「優秀なエンジニアを採用すること」

いまや月間4.9億PV、1,400万人のユーザを擁するレシピコミュニティーサイト『クックパッド⁠⁠。同サービスを運営するクックパッド株式会社は、日本有数のテクノロジー・カンパニーとしても知られています。今回は、同社で技術部部長を務める井原正博さんを訪ね、お話を伺いました。

クックパッド技術部長の井原正博氏
クックパッド技術部長の井原正博氏

現在社員数は100名弱、そのうち35名ほどのエンジニアが在籍しています。その技術部門の部長を務める井原さんの役割は、

  • (クックパッドでいうところの)優秀なエンジニアを採用すること
  • 優秀であるはずのエンジニアがきちんと成果を出している状態にすること

の2点であると言います。

井原さんが「どういうものを作ろう」とか「ああいうことをやろう」といった指示を出すことはほぼないそう。そうしたことはスタッフ個々が当然自分の仕事としてやっている環境のようです。それも、井原さんが担うところの「優秀なエンジニアの採用」あってこそ。

この採用へのこだわりに言及せずして、クックパッドの中を語ることは難しそうです。また、同社のこだわりをWebクリエイティブ職の市場ニーズの一例として考察してみるのも興味深い。ということで、前編はクックパッドの採用へのこだわりを掘り下げながら、私なりの考察を共有できればと思います。

「強い輪」を作るより、「強い個」を集めること

強い組織を作るために、クックパッドはとことん人材採用にこだわります。井原さんの設定目標は採用人数だったりするので、涙をのんでお断りをすることもあるそう。それでも決して妥協しない背景には、こんな考え方があります。

井原さん「元ラグビー日本代表監督の平尾誠二さんの本にもあるんですけど、⁠強い組織には強い個が必要⁠⁠。勝っているチームというのは、チームワークを大事にしているっていうより、そもそも強い個が集まってできている。強い個が集まった集団っていうのは、基本的にはうまくいくって思っているんですね」

なるほど、それで強い個を採用することを大事にしていると。強い個が集まった集団を作るには、⁠強い個を集める」のと「強い個を育てる」という2つのアプローチがあると思いますが、クックパッドではまず採用段階で「強い個を集める」ことに並々ならぬこだわりをもっているようです。

これは、強い個を集めるだけの求心力をその組織が持っていてこそ有効なアプローチですが、ユニット単位など少数のメンバーを構成する際にも使えそうな考え方ですね。人数を増やそうとすればするほど難易度も高くなりますが、クックパッドではそこのさじ加減をゆるめていないようです。そうすることで、一人入社するごと自然に強い個が刺激しあい、さらなる強い個、強い組織形成がなされる極上空間を作っているのです。

高度な技術を、あくまで道具として使いこなす

では、クックパッドでいうところの優秀なエンジニアとは、具体的にどんな人物なのか。まず、同社の求める基本的なエンジニア像を伺っていきましょう。

井原さん「僕らは研究開発しているわけではないので、技術だけでは足りない。今日何作ったらいいかわからない、何食べたらいいかわからない。だけど、料理を作らなきゃいけないって人たちが確実にいて、そういう世の中の具体的な問題を見つけて、それを解決することが、僕たちベンチャーがやるべきことだと思うんですよ」

高度な技術を有し、それをあくまで道具として使いこなせる人。自分の力を何のために使うのかを考えたときに、社会を少しでもいいものにするために使いたいと思う人が基本、とのことでした。

自分の力を、何のために使いたいのか

自分の仕事を「デザイナー」「エンジニア」といった職種名だけで捉えていると、⁠自分の力を、何のために使いたいのか」という志向までなかなか考えが及びません。しかし、この先どんな仕事をしていくか、どんな組織に属すかを具体化していくとき、⁠自分の力を、何のために使いたいのか」に対する答えは頼りがいある指標となります。皆さんの胸のうちには今、どんな答えがありますか。

一方の組織作りにおいては、2つのやり方が見出せるかもしれません。1つはクックパッドのように1つの志向を共有できる仲間を集めた組織。もう1つはさまざまな志向の人をあえてまぜこぜにした組織。この辺りは組織の考え方や規模によっても変わるものかと思いますが、いかがでしょうか。

求めるのは、「一人で問題を発見し、解決できる人」

さて、クックパッドのエンジニア像はこれだけに留まらず。ものづくりの最初から最後まで、一貫して一人でできることも重視しています。

井原さん「問題を発見して、それをどうしたら解決できるかを考えて、具体的には何を作るべきか考え、プロトタイプを作り、試しにリリースして、効果を検証して、良くないところを見つけて、直して、最終的にゴールまで持っていくってところまで、1人でできる人が欲しい」

ないものねだりのようにも思えつつ、しかし決していないわけでもないような……。とりあえず、採用するの、ものすごい難しい、ですよね?

井原さん「難しいですね。逆に、純粋なプログラミングっていう意味では優れているし、ディレクターみたいな人が一緒にいて、こういうの作ってって指示を出せば、ちゃっちゃか作っていけるだろうなぁって人はいっぱいいます。そういう優秀な人はいっぱいいるんですけど、クックパッドでは今のところそんなに採っていないですね」

と、そこの一線にこだわりを見せます。実際、クックパッドでは入社後、これだけの仕事領域を担ってものづくりに携わると言います。エンジニアが社内にユーザを招きインタビューすることもあれば、近くのスーパーに出向いて主婦の方に質問したり、ビラ巻きをすることもあるそう。そうした活動の中で自ら問題を発見し、ものづくりを始動するサイクルがまわっているんですね。エンジニアの皆さんも問題を解決したいので、手段にはこだわらない人が多いとのこと。

職種は、職務範囲を限定するものではない

さまざまな領域が専門高度化して分業が進むWeb業界、年を追うごとにいろんな職種名も出てきますが、職種分化とあわせて盲目的に職務内容を分業していないかと、考えさせられるお話でした。職種とは、その人の専門性の中核を外に表現するものであって、必ずしもその人の職務範囲をここまでと限定するものではないはず。

クックパッドのように最初から最後まで一人でやるスタイルは、自社でサービスを手がけている組織だからこそ取れる面もありますが、⁠メンバーが自分の担当業務以外に無関心でいざこざが多発している」⁠もっと自分でユーザの問題をつかんで改善を図りたい」など分業化の弊害を実感しているなら、業態問わず一人が持つ職務範囲を広げてみるのも一法ではないでしょうか。

また、自分のキャリアについて考えてみる際も、ものづくりの全工程に携わって問題解決にあたりたいのか、高度化する専門分野を狭く深く掘り下げたいのかという観点で自分の好みを探ってみると、自分にフィットする仕事のあり方、職場環境がより明確になりそうですね。

今いる35人より絶対的に優れたものをもっている人

そして、まだまだありました。これまでがクックパッドの求める⁠基本的なエンジニア像⁠だとすれば、次の2点はクックパッドの求める⁠優秀なエンジニア像⁠と言えるでしょうか。

井原さん「この能力は、今いる35人より絶対的に優れているってものを持っている人。なんでもいいんですけど、たとえばJavaScriptがめちゃくちゃ書けますとか。今いる人の中にも日本でトップみたいな人がいて、もう入ってきた瞬間に誰から見ても、その人がそこの分野では1位なんですね。これは技術に限りません。たとえば、8時間とか決められた時間の中で実現できることを見つけて、サービスをきっちり作り上げられますっていうのも、すごい能力ですよね」

自分がどこでバリューを発揮できるのかを自覚する

そして、この⁠自分が誰よりも長けている能力⁠を本人が自覚していることも大事だと言います。

井原さん「自分が本当に何をやりたいかとか、自分が一番どこでバリューを発揮できるのかをきちんと意識していることは、すごく大事だと思います。やりたいこと、かつ得意なことは、やっていて楽しいというか、しんどくないですよね。

得意なことって自分ではあんまりわからなくて、本人は⁠普通にやってるだけっすよ⁠って感じるんだけど、周りからみると⁠どうやったらあんなことができるんだろう⁠って思う。そういうのが本当に得意なことだと思うんですよね。そこをきちんと自覚していてほしいなって思います」

自分が「普通にやってるだけっすよ」ってことを意識化するのは難しい。でも、他の人と組んで仕事をしていると、自分は他の人よりこういうところが得意、こういうことで貢献できるという感覚を得やすいのではないでしょうか。⁠自分の得意なこと」をきちんと意識しておくことで、さらに伸ばすことができるし、必要なときに存分にその能力を発揮することもできる。一人前としてプロジェクトに参加する上では、この意識も必要になってくることですね。

「やりたいこと」「得意なこと」「やるべきこと」の3つが重なるところ

クックパッドでは、個人が「やりたいこと」⁠得意なこと」⁠やるべきこと」の3つが重なるところだけをやろうという考え方を徹底しています。⁠3つのうち、どれかをやる」のではなく、⁠3つが重なるところだけをやる」です。

3サークル
3サークル

クックパッドの場合、そもそも個人の描く「やりたいこと」⁠得意なこと」の円が大きく、また放っておいても自分で拡張させていく個人が集まっているという前提がありますが、いずれにしてもこうしたフレームワークを使って個人や組織のやることを議論し、導き出していくのは学びたいポイントですね。

3つのサークル単体でアイディアを出していくことは簡単でも、限られた時間に実際何をやるのかは優先順位をつけて特定する必要がある。それができないと、結局何にも結実せずに時間ばかり流れてしまいます。⁠3つが重なるところだけをやる」というのは、有用な考え方ではないでしょうか。

組織が保守的になるなんて、ありえない

さて、一通りクックパッドのこだわりポイントを伺いながら考察してきましたが、これだけの条件を満たす人を集めたら、そりゃおのずと強い組織にもなりましょうという気がしてきます。井原さんも、⁠あとは好きにやって、やりたいことやろうぜ」という感じだと言いますが、実際社内にはどんな空間が広がっているのでしょうか。

1,400万人ものユーザを抱えるサービスを運営していくとなると、既存のサービス・技術に縛られて組織が保守的になっていくことも想定されますが、クックパッドにそうした心配は不要のようです。

井原さん「確実に技術は陳腐化していくので、その時代時代に合わせて今あるテクノロジーを使ってモディファイしていくことだけ考えても、そのまま留まっているっていうのはありえないですね。今ある一番良いものを使っていくっていうのは、自分たちの力ですよね。たかだか100人弱くらいの企業が、どうやって高い生産性を出していくのかっていうと、それって確実にテクノロジーの力だと思うんですよ。だからそれをいかにきちんと理解して本質的に使えるかで、すごく生産性は変わると思う。なので、自分たちの力の源はテクノロジーですっていうのは、そもそもの前提にあって、組織が保守的になるなんていうのは、ありえないですね」

本質を見抜き、常に進化し続ける個の結集

確かに、クックパッドは他社に導入実績がないからといった理由で新しい技術の採用を手控えることもなく、常に進化し続けています。

井原さん「いっぱいあるものの中から、本物を見つける、筋が良さそうな技術を見つけて適用していくっていうのは、センスなのか経験なのか、うまい組織だと思います。常にテクノロジーの本質を理解してこようとしてきましたし、何かが出てきたときに、それが変えるものとか、それがあることによって変わるものって何なんだろうっていうのを、みんなすごく本質的に考えているんですよ、上っ面ではなくて」

「勉強なんて、放っておいても勝手にする」と井原さん。各々が今ある一番いいものを見抜き、取り入れ、常に変化していくことを当たり前のこととする空間で、あれやこれやの調整ごとをすっ飛ばして本質的な議論を行い、ものづくりに邁進している様子が目に浮かびます。

後編では、この「強い個」がより力を発揮していくために、どのように「優秀であるはずのエンジニアがきちんと成果を出している状態」を生み出しているのかに迫ります。お楽しみに。

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