デジタルブランドマネジメント

第58回 テレビCMが効かない時代にマスブランドがすべきこと

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ネットワークバリューと熱狂的体験

断片化市場では,大衆に向けて一つのメッセージを投げかけるマスマーケティングは通用しません。しかし,マスブランドが小さなニッチマーケットを狙っても,十分な投資対利益は見込めません。また,細かいニーズに合わせて様々な商品バリエーションやブランドエクステンションを展開しても,数とともに成功率は減少し,マーケティング組織は疲弊します。マスブランドを担当するマーケターは,現代の断片化市場にどのようにアプローチすべきなのでしょうか。

ニューヨークタイムズ・ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェルは,2000年の著書『ティッピング・ポイント』の中で,社会的流行は少数の特殊能力を持った人物によって起こされると述べています。これらの人物は,権威ある立場から情報を発信するメイブン(通人⁠⁠,広いオーディエンスに情報を広めるコネクター(媒介者⁠⁠,そして情報に懐疑的な相手を説得するセールスマンに分類されます。現在はソーシャルメディアの特性上,優れたコンテンツを配信するメイブンと,広いリーチを持つコネクターの境界線はなくなっています。中にはもちろんセールスマンの特性を持ち合わせた人もいるでしょう。このような人物は,企業が従来ターゲティングにおいて重視してきたライフタイムバリューとは異なる価値である「ネットワークバリュー」を持っています。

マスブランドが現代の市場を攻略するためには,このようなネットワークバリューの高い消費者の発信力と伝達力を無視することはできません。市場はもはや直接的に語りかける「オーディエンス」ではなく,情報を流通させるための「ネットワーク」へと変化しているのです。しかし,インフルエンサーに謝礼を払い,アンバサダーとして商品を紹介してもらっても,その情報はインフルエンサーの周りにしかリーチしません。オーディエンスのオーディエンスへとリーチするためには,彼らの熱狂的な支持を獲得しなければならないのです。これはマスマーケティングでは不可能ですが,共通の興味によってつながっている小さなセグメントであれば,感動的な体験を提供することは可能です。

情報を伝播させる3つのポイント

断片化市場でヒットを生むためには,マーケターはネットワークバリューの高い層を見つけ出し,熱狂できる体験を提供します。しかし,それだけでは情報は広がらず,小さなニッチマーケットの中に収まってしまいます。情報を広く伝播させるためにはポイントが3つあります。

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私たちは自分自身ではなく,周りが興味を持つ情報を共有する傾向があります。熱狂的なファンが発信した情報が,二次的,三次的に共有されていくためには,少数がではなく,できるだけ多くの人が興味を持つ情報でなければなりません。さらに,情報の共有に少しでも自己表現の機会が含まれていれば,共有される確立は劇的に高まります。また,その自己表現が本人にとってプラスに働けば,情報共有の動機付けを行うことができるのです。

アフリカ全土を熱狂させたABSOLUT VODKA

VML NATIVEのジェイソン・ゼノプロス氏は私が心から尊敬するクリエイターの一人です。彼の手によって展開されるマーケティング施策は最新のテクノロジーを駆使し,消費者の心に響くだけでなく,必ずクライアントに大きな収益成長をもたらします。ペルノ・リカールが保有する世界的なウォッカブランドのABSOLUTは,様々な人種や文化の違いによって,日本よりもはるかに断片化が進んでいるアフリカ市場での「共感」の獲得に悩んでいました。ジェイソンはまずネットワークバリューの高いセグメントとして「アフリカ音楽のファン」を選び,MTVとのコラボレーションを通じて当時最も人気の高い5人のアーティストを起用し,音楽好きに響くコンテンツの配信やキャンペーンの展開を開始します。そしてAfrica is Absolut – #BeAbsolutという,アフリカ人としてのアイデンティティを刺激するキャンペーンをアフリカ全土で展開し,消費者に自分がいかにAbsolut(絶対的)であるかという自己表現を求めます。その結果,ソーシャルメディアから爆発的な反響を生み,Absolut Vodkaの社会的流行を巻き起こすのです。

もはや時代遅れのマーケティングは通用しません。企業が広告で直接的に消費者に語りかけ,ブランドを創る時代は既に終わっているのです。ブランドは消費者が自らの手で創りあげるものであり,企業はその手助けをするしかないのです。マスブランドが今必要としているのは,テレビ広告の広いリーチなどではなく,ブランドを広めてくれる熱狂的な伝道師たちなのではないでしょうか。

著者プロフィール

荻野英希(おぎのひでき)

デジタルマーケティングエージェンシー,FICC inc. 代表取締役社長。
デジタルがブランドをどのように強化し,その役割はブランド毎にどう異なるのか? デジタルブランドマネジメントの仕組みを検証する。

URLhttp://www.ficc.jp/