キーパーソンが見るWeb業界

第3回プロモーションにおけるWeb(前編)

第3回目は、今号の特集でも取り上げている「プロモーション」をテーマに、株式会社電通 螺澤裕次郎(かいざわゆうじろう)氏をゲストにお迎えしてお話しいただきました。

広告業界の遷移とプロモーション手法の変化、そしてWebにおけるデザインの位置付けとWeb制作者の意識にまで話がふくらみました。

螺澤裕次郎(KAIZAWA Yujiro)
株式会社電通 コミュニケーション・デザイン・センター アート・ディレクター

1971年生まれ。2006年より現職。インタラクティブ領域を軸としたコミュニケーションデザイン業務のプランニングおよびアートディレクションを担当。カンヌ国際広告賞をはじめとした受賞、入賞暦を持つ。共著に『Webキャンペーンのしかけ方。⁠⁠。

森田 雄(MORITA Yuu)
⁠株)ビジネス・アーキテクツ取締役、Quality Improvement Director

東芝EMI、マイクロソフトなどを経て、ビジネス・アーキテクツの設立に参画、2005年より取締役。XHTMLやCSSなどのフロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。日本ウェブ協会副理事長。CG-ARTS協会委員。アックゼロヨン実行委員会委員長。文部科学省ホームページリニューアルアドバイザー委員。広告電通賞審議会選考委員。著書(共著)『Webデザイン -コミュニケーションデザインの実践-』など。

阿部淳也(Abe Junya)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター

自動車メーカにて電装部品のユーザインターフェース設計を8年間手がけた後、IT事業部異動。約4年間Webデザイン、Flashオーサリングなどを手がけるとともに、営業支援システムや化学物質管理システムなどのテクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmo Interactive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサ、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にワンパクとして独立。

長谷川敦士(HASEGAWA Atsushi, Ph.D)
⁠株)コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年に株式会社コンセントを設立。インフォメーションアーキテクトとして大規模サイトの設計やプロデュースに携わるかたわら、人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事を務めるなど、IA(情報アーキテクチャ)研究や啓蒙活動を牽引している。

プロモーションメディアとしてのWeb

現在、さまざまな企業がプロモーションメディアとしてWebを活用するようになっています。Web単独で展開するものもあれば、最近は、Web以外のTVや新聞といったマスメディア、交通広告など、他のメディアと組み合わせた、いわゆる⁠クロスメディア⁠の展開もよく見かけるようになりました。

このように広告の表現や手法が多様化する中で、現在のWebの価値と位置付けについて改めて見直すべく、今回の座談会では、

をテーマに、電通でさまざまなプロモーションや宣伝プロジェクトの経験を持つ螺澤氏と、キーパーソン3人が熱く語りました。

今回、汐留にある電通会議室にて座談会を実施いたしました。
今回、汐留にある電通会議室にて座談会を実施いたしました。

Webプロモーションの遷移

――まずはじめに、螺澤氏の自己紹介とともに同氏の経験を振り返りながら、広告表現の遷移についてお話しいただきました。

螺澤:自分がWeb業界で仕事を始めたのは2000年からです。広告代理店に入ったのは2001年からですね。Web業界の前には紙媒体メインのグラフィックデザイナーをやっていました。新卒で社会人になった当初は、まだインターネット黎明期で⁠Webデザイン⁠という仕事が成立するとは自分は考えていなかった時代でした。

グラフィックデザイナーを5年ほど経験した後、Web専門の会社でWebデザイナーになったのですが、それだけではWebの仕事しかできないと判断して、広告代理店に移ることにしました。

広告代理店に入ったころは、まだ実験的な領域としてWebが扱われていたり、販促メディアとしてWebを考える組織編制を経験したりしました。そんな時期を経て、約5年をかけて徐々にWebを生活者との関係性やブランドを認知させる場所として活用するコミュニケーションプランニングという考え方が、Web施策を作っていくうえで理解されてきた印象です。

手を動かす、動かさない

――Webプロモーションという考え方が認知され始め、企業がWeb媒体をどう用いるか、という考え方が変化してきたことで、実際の業務はどのように変わっていったのでしょうか。広告代理店、Web制作・デザイン、それぞれの立場でのコメントをいただきました。

螺澤:現在、自分はコミュニケーション・デザイン・センターのインタラクティブ・ソリューション室というところでアートディレクター(AD)をやっています。

森田:IC局のADって、実際に手を動かしてデザインをしたりするんですか?

螺澤:自分の場合はここ数年、意識的に手を動かすことをやめるようにしてます。理由の1つは、1日は24時間しかないので、自分で完結するのではなく、人の力をきちんと借りて作業をしたほうが、結果的には良い仕事になると気付いたからです。

それから、仕事は1人ではできないですし、複数のメンバーでやれば自分の予想の範囲とは異なるもの、ときには(100点満点で)50点のクオリティのものしか上がってこないこともあれば、100点を超えるクオリティのものも出てきます。この予測できないおもしろさが、今の仕事の醍醐味なのかな、と。だから、チームメンバーでコミュニケーションを取ることに重きを置いて、自分はディレクションに専念しようとしているのが現状です。

森田:徹底してディレクションに専念できるのは良い環境ですね。 Web制作ではADというロールで立ち回る人間が、実際にはデザイナー(D)の業務も兼務することがありますし。

長谷川:実質的にAD+Dということは多いですね。

螺澤:もちろん、自分で手を動かしたほうが効率的にも品質的にも良いと思うときもあるのですが、自分ひとりで仕事を完結してしまうと、自分が考えられなかったもっといい方法があったんじゃないか?と考えてしまったりします。なので、今の自分に与えられた役割を意識すると、ディレクションのほうに軸足を置くことが多いです。

それから、時間を有効に使うという意味では、仕事の整理、効率的な仕事の仕方というのを考えるようになっていますね。

阿部:わかります。たいてい僕たちのようにプロデューサやディレクターのようなポジションになってくると、昼間には会議が多く入りますよね。そうすると必然的に自分の仕事をしようとすると夜になってしまう。結果として、たとえばメールの対応は深夜過ぎ……、という状況も普通にありえるわけです。

そうなると、結果として手を動かす仕事よりも、人に仕事を任せる、つまりディレクションのような仕事が必然的に増える環境でもあるわけですよね。

情報収集の仕方

――ディレクションに専念することが増える状況の中、一方で、指示を出す、仕事を任せるためにはさまざまな能力やスキルが求められます。その1つが情報収集能力でしょう。

森田:時間的制約が大きくなり、ディレクションに専念する状況が増えてきているとは言っても、自分で必ずしなければいけないことってありますよね。たとえば、情報収集とか。

僕はニュースってきちんと知っておかなければいけないと思っているのですが、新聞を読む時間がない。かといって、ニュースサイトを見ると自分でピックアップしてしまい偏りが出てしまう。そこで利用しているのがHDDレコーダですね。非同期ではありますが、ニュースを客観的にキャッチアップできます。

阿部:僕も意識的にテレビを見るようにしていますね。世の中のはやり廃りを反映しているメディアの1つですから。それから、CMなんかはそれだけ見てもおもしろいと思いますし。CMスキップ機能のあるレコーダではなく、CMだけを録画できるレコーダが欲しいくらいです(笑⁠⁠。

森田:これはベースメントファクトリープロダクションの北村さんの話ですが、彼は1週間のドラマを録画してすべて観ているそうです。その理由が「TVドラマは、時代の感覚や時代背景、世相を反映していて、ちょっとした部分からさまざまなエッセンスが読み取れるから」だそうです。たとえば、景気が良いときは富裕層をターゲットにした内容だったり、経済活動が沈滞しているときは同情を促す内容が受けたり、といったことです。

螺澤:たしかにTVから得られる情報の重要性はわかります。4年前かな、ちょうどアテネオリンピックが始まる前に、当時私が持っていたTVが壊れてしまって、2004~2005年の間、TVを見ることがほとんどなくなった時期があったんです。そのときわかったのが、社会的に大きなニュースはTVを見ていなくても自然に自分に入ってくる。でも、バラエティ番組とかで人気になっているタレント情報はとたんに疎くなりました。

ところが、ここ最近の3年くらいの間にそれが大きく変わりましたよね。そう、YouTubeの登場です。今だったら、ちょっと気になる番組やCMなど、細かなものまでYouTubeで探し出すことができます。

時代に見るプロモーションの変化

――YouTubeをはじめ、動画共有サイトの登場は情報収集に関して大きなインパクトを与えました。では、プロモーションの観点から見た場合、どうなのでしょうか?

阿部:ようやく本題なのですが(笑⁠⁠、こうした時代の移り変わりにおけるメディアや情報収集手法の変化に伴って、プロモーションってどのように変わってきているのでしょうか。また、作り手の意識はどうあるべきだと思いますか? 一般的に僕たちWeb制作をする人間はWebの専任って見られがちですが、本当なら他のメディアを含めてトータルで考えていく必要があるわけです。また、TV CMを制作している方には、逆にWebについてもっと知っていただき、連携する必要があったりするわけですよね?

螺澤:2003年くらいまでのWebは、いわゆる「below the line⁠⁠、つまりチラシと同じような販促メディアとして見られていたんですよね。ところが、最近であれば、ユニクロのUNIQLOCKなんかはとてもおもしろい例だと思うのですが、Webが単なる販促メディアではなく、ブランドを知る入り口であったり、ブランドイメージを作りあげたりするファーストメディアとして認知されてきています。

つまり、きちんと考えてきちんと実践すればブランドコミュニケーションを担ううえでの要所となるメディアとして認められてきていると思うんです。そして、世の中全体も気付き始めている。2008年の今になって、ようやくという感はありますね。

ただ、自分自身Webに軸足を置いてはいますが、ブランドを作ったり、メッセージを出すときにWebだけでやれば良いとは思っていません。良いものがあればどんどん取り入れるべきですし、企業はそうしていくべきだと思います。

代理店というポジション

――Webがブランド構築メディアやコミュニケーションツールとして認知されてきている今、Web制作の流れはどのようになっているのでしょうか。そして、そのときの広告代理店の位置付けはどこにあるのでしょうか。Webの可能性から、今度は制作者視点で話が展開していきました。

螺澤:実際、Web媒体の有効な使い方というのは、多くのクライアントに認知されてきていると思います。自分たちが仕事がやりやすくなる一方で、広告代理店という立場で危機感を感じることがあるんです。それは、Webを含めたトータルコミュニケーションを作ることになった場合、広告代理店のレイヤーが必要なのかどうかということです。

クライアントが直接優秀なクリエイターやクリエイティブエージェンシーに声をかけて、すべての媒体の施策設計を任せ、ブランドコミュニケーションを作るほうが、今の世の中のスピード感にあっているのでは?とクライアントが考え出すのではという懸念です。

森田:日本の広告代理店の形態は問題ないというか、日本のマーケットでブランド構築やプロモーション制作を考える場合、広告代理店がメディアを押さえているという特殊性があると思います。海外ではメディアとクリエイティブのエージェンシーが分かれていますが、日本では広告代理店が両方のエージェンシーとしての役割を担っています。

一方で、僕たちを含めたWeb制作・デザインを行う企業はメディアを押さえられていませんから、広告代理店の機能は必要だと思います。ただ、その特殊性があるからこそだと思いますが、Web制作会社はある種の末端プロダクションとして扱われてしまう傾向にありますね。たとえば制作費が使われる順番として、Webが最後に来るといったようなことです。

螺澤:最近は少しずつ変わってきていると思いますよ。ただ、森田さんがおっしゃるとおり、たとえば1,000円という予算があったとして、CMを作るのに500円、ポスターに300円、……となっていって、最後に販促に10円、Webに10円で良いよね、という状況が多いのも事実です。

本当ならば、1,000円あったとしてこれだけメディアに使いましょう、ではなくて、1,000円をどう使えば最も効果的かを考えることが最初にあることが理想的ではあります。

長谷川:最近では、メディアを伴わず、アカウントエグゼクティブ(AE)機能に特化した独立系の広告会社もあらわれてきています。この場合、メディアにこだわらない、TV、ラジオ、ネット広告、Webサイト、販促物などを効果的に使ったプラニングが可能となります。

とはいえ、やはりTV広告を主体とする広告については大手広告代理店扱いになることが多いわけですが。

阿部:でも、実際にそういった変化が生まれてきていると思います。1990年代後半~2000年にかけて僕らが最初にWebに携わったころに比べて、僕らのプロダクションとしての立ち位置は変わってきていると感じています。たとえば、プロダクションでもWeb制作プロダクションというWebオンリーのスタンスではなく、インタラクティブプロダクションや、クリエイティブエージェンシー的な、他のメディアとの連携を視野に入れた立ち位置を担おうとしてる方々が出てきていますから。

長谷川:ひとことにWebプロジェクトと言っても、大きく2つの異なったプロジェクト形態があります。Webを用いたプロモーション型のプロジェクトと、コーポレートサイト、サービスサイトなどのサイト自体が何らかのソリューションとなっているタイプのプロジェクトです。

Webを用いたプロモーション、マスメディア連動のWebの使い方はまっとうに進化していると思います。Web黎明期にはWeb制作会社にいたようなWebについての専門性が高い人々が、広告代理店や企業側にも在籍しているようになっており、横断的にメディアを見る人が増えてきています。これによってマーケット自体は大きくなっている実感があります。いろいろな白書でマス広告の費用がWebに流れてきている、ということが言われていますが、これはまっとうな変化だと感じられます。全体費用で考えるべき話であるので。

これに対して、コーポレートサイトプロジェクトやサービスサイトのリニューアルプロジェクトなどはWeb固有のプロジェクトといえます。これらは長期的に考えていく必要があることもあり、傾向として企業がパートナーとなるデザイン会社と二人三脚でプロジェクトを実施していくケースが増えています。この場合は、WebとはいってもプロモーションとWeb自体でのコミュニケーションの両方の役割が考えられます。

森田:おそらく、現在はまだWebのプロダクションが真の意味でメディアプランニングできる状況が少ないのだと思います。たとえばbAが「できます」といっても、クライアントからすると、 bAは良くも悪くもWebデザインファームなのでしょうしね。ただ、そうはいっても自分たちはものづくりに専念する、つまり、デザインファームでありたいというのも事実です。そういう観点からいえば、プロモーションの仕事は広告代理店経由のほうがやりやすいのかなと思っています。

先ほどのAEの話にもなりますが、クライアントからプロモーションの依頼を受ける場合、極端な話、そのクライアント専属の営業担当が必要になるはずです。とくにゼロからプロモーションを作るのであれば、実は本当にベタな仕事が多いわけで、そこに割けるリソースが求められ、かつ個別の案件それぞれは短期で終わってしまうことが多いですね。こういうのは、ちょっと自分たちのような形態の会社にはつらいのかなという感触です。こういったケースでは広告代理店に入ってもらえたほうがやりやすい。

一方でコーポレートサイトのような、長期的な展開を必要とするプロジェクトであればWebのデザインを専業とする企業が直接クライアントとやりとりして進めていったほうがいいですね。

長谷川:コーポレートサイトなどのプロジェクトでは、プロジェクトのリーダーが、スケジュールから設計、デザイン、ブランディングやマーケティングの相談も受け、またコーディングといった細かいタスクの工数までも把握しています。こういった人がクライアントとの折衝に入らないとプロジェクトが進みません。AE兼プロジェクトリーダーという形だと思います。この場合、間に広告代理店が入るより、直接クライアントとプロジェクトリーダーがやりとりをするほうが、業務的にも費用的にも効率が良いです。

螺澤:そうですね。

森田:僕自身も、たいていの案件ではプロジェクトリーダーを担当していて、長谷川くんのいうようなAE兼プロジェクトリーダーという役割が多いですね。

長谷川:コーポレートコミュニケーションに関して、Web制作は「これを作ってくれ」というような決まった形ではなく、業務が不定型であり、また制作量もプロジェクト開始時には定まっていないことが多く、相談を受けながら作業が発生していきます。プロジェクトとしても要件定義、設計、制作、と大きく3フェーズに分かれ、本来的には各フェーズが終わらないと次フェーズの費用は算出できません。プロジェクト開始時に「これだけの金額が必要です」というような見積を持って行くのも現実的ではありません。

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(後編に続く、2008年8月上旬公開予定)

(最新のWeb Site Expert #19では前編・後編を読むことができます)

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