キーパーソンが見るWeb業界

第18回 “拡張”する意義

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法人格のAR,日本ならではのAR

森田:ちなみに,こういった組織,チームの関係性を可視化できる・拡張できるARってないんでしょうか。

川田:まさに今僕たちが考えていることの1つです。法人格って,いわば法に於ける人格なわけです。だから,⁠法人として見える)視覚情報を視覚情報にしてもしょうがなくて,たとえば,法律の視点から観た情報を視覚化する,法人格の感情を見えるようにするものといったアイデアはありました。実現には至りませんでしたが。

ここで,たとえば,社員の中にバス釣りが好きな人,登山が好きな人が集まっているのであれば,その観点から企業内の特性の尺度を視覚化するというアプローチがあります。それを専門性に当てはめれば,法人格の視覚化につながるわけです。

そもそも,ARは視覚だけではなくて,人間の五感,すべてを扱えるものでもあり,さらにそれ以上の,自分の体だけではできない,いくら修練しても身に付かないものを実現する手段だと思っています。ですから,最終的には,眼に見えないもの,耳で聞こえないもの,そこに価値を見出していかないと,真のARが生まれてこないのです。

ただ,視覚的な価値で言うと,すでにドイツのARメーカ「metaio」や,フランスの「TOTAL IMMERSION」のようなビッグネームが存在しています。なので,日本のARを考えるのであれば,たとえば落語であったり歌舞伎であったり,日本文化からの拡張に進むべきだと考えます。いずれも,古くからある文化であり,ARの概念に則っていますから。

森田:あと,日本のARと言うと,セカイカメラを思い浮かべます。セカイカメラが出たときに,僕なんかは,たとえば,いろは坂で「◎◎参上!」とか「夜露死苦」みたいなタグが増えるかと思ったんですけどね。実際はそこまで流行りませんでした。なぜでしょう?

川田:一番の理由は,ノイジーなタグが増えてしまったことでしょうか。それでも,⁠ARという概念を普及させたという意味で)役割を果たしたと思います。これは現実世界にも言えることで,人間が求めている部分だけを切り抜いたときに,そこにフォーカスした情報だけが見ることができる価値もあると思います。拡張現実に対して,⁠縮小現実」あるいは凝縮現実というような表現です。

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人間のバグがARの種

川田:少し戻って,今お話しした落語や歌舞伎というのは,そういったノイズを含めた,いわば人間の視覚のバグ,聴覚のバグを利用していると言えます。たとえば,扇子を箸に,口から出す擬音がそばを啜る音になぞらえるのですが,そこの表現こそ,見ている人にとっては現実的な拡張になります。

とくに生物の視覚,人間の視覚というのはバグが非常に多くて,ARはもちろん,3Dにしても錯視にしても,バグの多いものに依存しているわけです。人間が足りていない部分を,何かの方法で拡大すれば,あたかも超人のように見せられたり,まさに拡張現実となるのです。

長谷川:元々私は認知科学という人の脳や認識のしくみの研究をしていましたが,こういった人間の錯覚や知覚はまさに今,注目されている分野です。こういった実際に起こる知覚のバグは,頭で考えていても出てこなくて,触った感触などの五感から入ってくる情報・感覚をもとに考えていかなければなりません。理論が追いついていないところもありますが,ある意味行為自体に考え方が埋め込まれてるという意味で,日本的であるとも言えます。

これに対して西洋的なアプローチは,まずコンセプト(概念)ありきから始まるので,すでに見えているもの,わかっているものの延長しか狙えない,というジレンマがあると思います。

日本の場合,たとえば落語なんかはその最たるものだと思いますが,言語化されたコンセプト以上のものが結果として表れてくるという側面があります。

クライアントワークとしてのAR

阿部:その,概念から入ってきがちというのは同感です。とくにクライアントワークになると,相手は概念から入ってきがちですね。そこをアイデアからアプローチしていく1つの方法としてARというのは活用できそうですね。一方で,クライアント自体が「ARってこんなものでしょ?」という,クライアントが考えるAR像ができあがっている場合ってどうします?

川田:その場合は,クライアントのチャネルに合わせます。なるべく話を合わせながら,実現するための余白は広げておきたいので。結局,ARっていうのは手段であって,課題解決に対してどのように表現するかはAR以外の手法も取り込めます。AR三兄弟は,厳密にはARの専門家ではなくて,ユニークなアイデアをどうやってAR技術や他の技術を使って拡張させるかを見せることが本望だと自覚しています。

森田:これまでのAR三兄弟のARを観ていてTwitterやFacebookと違うと感じる点は,⁠表現のルールを)変えられるのが強みだと思っています。言い換えるなら,既存メディアに囚われているキャンペーンとメディア拡張型キャンペーンとの違いでしょうか。

しかも,AR三兄弟は,単なる思いつきで出てきた存在ではなく,⁠今だ!ここだ!」というのが,緻密に計算されて登場してきた印象です。

川田:ありがとうございます。それから,ARって,まだまだやり方がたくさんあるので,アイデアがつきないっていうところに魅力を感じています。新しい便利なモノサシを手に入れた感覚に近いです。

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これからの拡張

川田:それから,ARの限界値がまだまだわからない,という点では,まさに,先ほどの身体性の話につながります。ARも身体性とともに考えてもらいたくて,画面の中や機械の中だけで考えてもらいたくはないです。電気だけの世界には限界がありますが,身体性で捉えることによって予想のつかない結果が生まれます。ですから,これからどんどんアンプラグドの世界にも広げていきたいですね。

少し話が逸れるかもしれませんが,⁠思い出し笑い」というのは不思議な機能で,何かを思い出したときがトリガになり,笑顔につながります。その「何か」が何なのか,というのはほんとうに難しいのですが,それを共通化させるアプローチというのはARに通じていると考えています。他にも,梅干を考えるとみんなほっぺたが痛くなる,というような感覚的な事象もあります。

これを広告につなげていけたら,ARの幅も広がるのではないでしょうか。

阿部:改めてARは視覚(可視化させること)だけではないと思いました。また,既成概念から入るものでもありませんね。

川田:実はすでに味覚を取り入れたARに取り組んでいる方はいらっしゃいます。マーカー模様に焼かれたクッキーをカメラに認識させて,専用の装置を使うことで,模様ごとに違ったクッキーのフレーバー(匂い)をユーザに送ることで,プレーンなクッキーがそれぞれの味に変わる(と思わせる)ARです。

この考え方の延長線で,たとえば臭気センサーを使ってクックパッドをリンクさせると,食のARを実現できるかもしれません。他にも,ビールの決めの細やかさを図るセンサーがあるので,それを使ったARも面白そうです。

長谷川:そういうのはほんとうに面白いですね。先ほどのお話にもあった,法人格のARに関して,視覚なり何かの感覚で法人を表現することができて,みんなが同じような感覚を持つことができれば,今度は同じように持った感覚の先にある,予想のつかない何かが,また面白い世界へと広げてくれます。

川田:わかります。極端な例で言えば,もしみんなが超能力者になったら,みんなが何かを失うわけです。その何かを考えて次を考えるのはとても大切です。

最後に,僕が取り組んだ新しい事例の1つに,アーティストグループのユニコーンの最新アルバム『Z』があります。このプロジェクトで,僕たちはPV制作に関わらせていただいて,1曲1曲にARによる仕掛けを取り入れました。ポイントとしては,一切マーカーを使わず,たとえばCDの盤面であったり,自分がデジタライズされたりと,今あるものを使って拡張しています。また,単なる視覚だけではなく,聴覚による楽曲拡張を行っている点もポイントです。

こういったコラボレーションというのは,数年前では考えられませんでしたが,ARに取り組み,また周囲がARを認知してくれることによって幅が広がってきています。まさに境界を超え,拡張した世界に踏み出すことができているのです。

今後もWebでやってきたことを現実に持ってきたり,今までにはなかったものを,何かを使って広げていきたいですね。


今やWebはもちろん,交通広告やTVなどさまざまなメディアに進出しているAR三兄弟の長男,川田氏。最後に述べているように,これからWebから現実へ,また,現実からWebへという動きはますます増えていくと思います。今回の座談会を聞いて,改めて,既存のWebサイト/Webサービスのデザインで身に付けたスキルを使うことで,新しい価値を生み出せる世界が始まっていると認識しました。読者の皆さんもぜひとも新しい価値の創出に,Webを活用してみてください。

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著者プロフィール

馮富久(ふぉんとみひさ)

株式会社技術評論社クロスメディア事業室室長。

1975年生まれ。横浜市出身。1999年4月株式会社技術評論社に入社。入社後から『Software Design』編集部に配属され,2004年1月に編集長へ就任。同2004年9月に『Web Site Expert』を立ち上げ,同誌編集長に就任,現在に至る。その後,2008年9月に設立したクロスメディア事業部(現クロスメディア事業室)に配属。現在,社外活動として電子書籍を考える出版社の会の代表幹事やWebSig 24/7のモデレーター,TechLIONプロデューサーなども務める。過去にIPAオープンソースデータベースワーキンググループ委員やアックゼロヨン・アワード他各賞審査員などの経験を持つ。

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