Webデザイン業界の三位一体モデル

第5回 クルーソー 相川知輝(前編) 自分の居場所を決めた,成功体験

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自分の居場所を決めた,成功体験

新野:

2000年くらいに,Webが面白くなりそうだということがきっかけで業界に入られた訳ですが,SEOとかリスティング広告とか,分析とかから入ってきて,今ではサイトの企画やコンサルティングをやっているというのは,僕とは随分違うルートですね。

僕の場合は,2000年当時,⁠Flashの新しいバージョンが出てこんな面白いサイトが作れた!」とか,⁠海外のサイトで,めちゃめちゃCoolなインターフェースがあった」とか当時はまず表現の面白さに惹かれてやってきてここまでたどり着いた感じなんですよ。

相川:

ああ,それは新野さんがクリエイティブ系の人で,僕はどちらかというと技術だったり,マーケティング発想だったり,という違いなのでしょうね。

ぼくは,そういうサイトは全然見てなかったんですよ。企業のサイトとかもあんまり興味なかったですね。むしろ,新しいサービスに興味があって。

例えばICQが出てきたぞとか,エミュレーターをどうする,とか,P2Pってなんだ,みたいな。比較的新しいものはなんでも試していて,個人でリスティング広告を出したりして楽しんでいました。

新野:

面白がるところが,全然違ってますね。自分には無い側面なので。

相川:

そういう経緯があり,また元々集客業務が多かったので,キャンペーンのプランニングを行う時も面白いサイトを作って人を呼ぼうっていうところがスタート地点になるのではなくて,限られた広告予算のなかで1クリックの単価をいかに押さえて効率化できるかという所に先に頭が行っちゃいますね。きっと出身の違いでしょうね。

新野:

といいつつも,相川さんの普段のお話を伺っていると,メディアのことだけでなくて,ちゃんとクリエイティブな部分にも興味をもってますよね。意識されて,そうしているんですか?

相川:

やっぱり,憧れる対象になるような人が近くにいると,影響を受けるからでしょうね。

前の会社では,メディアの立場の尊敬できる人がいた一方で,クリエイティブな凄い人もいて,どちらもそばで仕事を見ていて,凄いなあって。

どっちもやってみると面白いですよ。でも得意なのは最適化の方ですけどね。

新野:

僕も,広告賞をとれるようなクリエイティブ的にすごいことをやるだけでなくて,たとえ地味でも,その広告のおかげでアクセスが増えて認知が上がったとか,商品が売れたっていうような結果がちゃんとついてくるようなことも大事にしたいって思いはずっとあって。

少し前に担当したIllumeっていう化粧品ブランドで,特に斬新なことをしている訳ではないけど,その商品ターゲットのことを丁寧に考えて作ったサイトがあるんです。

それがアクセス数はもちろん,売り上げへの影響もじわじわと上がってきてて,そういうのって凄く嬉しいんですよね。

相川:

結果が見えるってすごく嬉しいし,成功体験って大事ですよね。

自分が,この業界で続けてやって行こう!と想いを決めるきっかけになった成功体験があるんです。

ある高級料理店のサイトのコンサルティングを担当して,オンラインからの予約を増やしたいっていうオーダーだったんです。提供したのは,SEO,リスティング,アクセス解析,ユーザビリティ調査,若干のサイト修正を行って1年で予約を3倍に増やしたんです。毎月レポートを出すのが凄く大変でしたけど,楽しかったですね。

新野:

広告業界も,代理店への支払いを成果報酬にしたらどうだっていう意見もありますよね。

成果報酬制度が広く導入されるようになってきたら,SEOとかリスティングとか,すぐに効果に現れるようなことがもっと脚光を浴びて,みんなそっちばかりを一生懸命やるんじゃないかな。

相川:

メディアと,クリエイティブの関係って難しいですよね。成果報酬が導入されたとしても,結局メディアの効率化は一面でしかなくって,やっぱりクリエイティブの差が結果をわけると思います。それに,メディアバイイングの機能だけに特化していくと,海外のメディアバイイングエージェンシーがいい例だと思うのですが,バイイングサイドばかりみていると,やがては単なる価格競争の世界になっていって立ち行かなくなってしまうので,クリエイティブの重要性というのはかわらないと思っています。

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著者プロフィール

新野文健(あらのふみたけ)

1999年よりWeb業界に身をおき,2004年 NEC ecotonoha(エコトノハ)でアジアで初のカンヌ国際広告祭サイバー部門グランプリを獲得。2007年ハーマンミラー 「Get Real キャンペーン」バナーで,東京インタラクティブアドアワード Gold等,他受賞多数。2005年6月よりビーコンコミュニケーションズにてシニアプロデューサーとして,世界的メガブランドの日本サイト本格立ち上げに尽力。