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【実践編】第2回 実世界指向インターフェース

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人のコンテクストをとる

前田:

もとのコンテクストを邪魔しないで,強調部分を返すという感覚。歌舞伎の例がすごくわかりやすかったのですが,歌舞伎は時間軸上でシナリオが書かれていますよね。不確定な現実空間の中でそれを実現するにはどんなやり方があり得ると思いますか?

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暦本:

実は歌舞伎のあれも芝居がリアルタイムなので単純にテープを流しているだけではうまくいかなくて,昔は技師の人が⁠このタイミングでコレを出す⁠⁠,というのをやっていたらしいです,今はデジタルみたいですが。この⁠今出す⁠というのがコンテクサーで。なので,リアルワールドで⁠今出す⁠というのをコンピュータができるようになれば,可能だと思います。

しかし,それにはまだ課題がありまして。まず,人のコンテクストは⁠この人はいま渋谷に行きたいのか?⁠ということを予想するのでも結構大変なので,いろいろ研究しています。たとえば,PlaceEngine注3のようにロケーションを取れるというのは1つのベースの技術だと思うので,そのライフログ化を行ったり。その人の普段のパターンをどんどん蓄積することで,行動が結構予測できるんじゃないかと。忙しいのかそうでないのか,特殊なことをしているのか普段なのかとか,この人が普段何をやっているかという過去の記録。この過去の記録があると,同じ場所にいて同じ方向に向かって歩いている人でも,目的が違うというのがわかる。なのでコンテクストセンシングというのは,実はライフログと非常に不可分だと思います。

前田:

メールのアクセスログとは違って,あらゆるものが対象になるということですよね。それは,標準化されたりアプリケーションと連動されたりしやすいように,どういうふうに格納されていると取り出しやすいかイメージされたことあります?

暦本:

1つはログとして単純に取れるというのに価値があるんじゃないかと。たとえば写真に全部場所が付くようになるとか。もっと集合的にすると,これがその人のライフパターンを示すものになる。そして,この人がどこにこのぐらいに着くのがどのくらいの確率なのかということがわかるようになる。この情報が,個人のプライベートなスペースに格納されていて,Googleのような一般的なデータベースの検索エンジンとうまく合わさると,たとえば情報検索をするにしても,その人にとって個人化された結果を返すことができるんじゃないかな,ということを今研究しています。

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標準化というのはまだわからないです。というのは,その人のことをよく知れば知るほど,その情報は外に出して良いのかということも含めて,いろいろな問題を巻き込んでしまう。今でも,GoogleIDを持っていると,自分の検索キーワードがすべてGoogleに知られている,何に興味を持っているのかがキーワードの遷移を見ているとわかってしまう。それも強力なライフログでしょうが,それをどう扱うかというのは難しい問題ですね。その領域にコンピュータは入ってきていると思いますね。

注3)
ソニーコンピュータサイエンス研究所が開発したワイヤレスLANの電波情報を用いて現在位置を推定する技術。

プライバシーをどう扱うか

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前田:

昨年参加した情報航海大プロジェクトの絡みで,プライバシー・プリザーブド・マイニングという技術を知る機会がありました。要は個人情報の取得レベルを段階的に分けていて,自分はこれぐらいだったら個人情報を出しても良いという,ライフログに暗号をかけるだけでなく,個人が特定出来ない情報として加工して,分析/流通させるためのしくみです。まだこれは確立した技術ではないんですが。技術としておもしろいなと。

サービスを出す側としては,データがあったほうが推奨情報の精度が上がるから良いと思うんですが,もしそれができたとして,どんなメリットがあったら,自分の心の内というかさらけ出しても良いのかと考え出したとたんに,思考停止してしまうというか,やはり怖いというか。

暦本:

ええ,つい最近もAmazonのほしい物リスト騒動注4がありましたし。プライバシーをどう扱うかというのは,ユビキタスコンピューティングの大きな課題なんです。たとえば,実空間の距離でプライバシー情報が減衰する,あるいは時空間で減衰するような,リアルワールドの情報の減衰量が電子的に応用できないかということを考えています。アイデアはあると思うんですが。電子的なものの怖さというのは,わからないうちに公開されていることですよね。

注4)
自分にプレゼントして欲しい商品を登録・公開できる機能。名前やメールアドレスで検索をかけると,その人の欲しいものリスト(本名で登録している場合は本名も)を見ることができる。デフォルトで公開に設定されているため,ユーザが意図しない個人情報が漏れているということで騒ぎになった。

実空間のインタラクション

前田:

そうですよね。空間ってそういう問題を解決していて,たとえば壁があるからこの話は4人しか聞いてないだろう,という担保があるじゃないですか。

暦本:

これが仮にマイクだったらこの話題はよしてくれ,ということもありますしね。

前田:

この前,武山先生の学生さんのプレゼンの中で,今この会場にいる人だけでどこに飲みにいくかということを携帯で集計できたらおもしろいね,という話が出たときに,ハッと思ったんです,距離じゃないんですよね。この壁の内側にいる人だけで多数決をしようというのを,もしセンシングでやるとしたらどうできるだろう,とイメージが膨らんで。たとえば電車の中でも左隣に座っているのは友人だけど,右隣の人は赤の他人。そういうのをどうセンシングしたら良いだろう,とか,思ったんです。そういう空間を距離で見るのではなくて。

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暦本:

もう少し論理的な単位で見る。それはおもしろいですね。以前参加した学会で⁠スポットミー⁠という携帯端末が渡されて,それは学会に参加した人同士が出会えるデバイスなんです。登録するとバッヂみたいなものを渡してくれて,そこにレジストレーションしているのは自分の名前や所属。その情報を電波で近傍に発射するんですね。で,ピッと開けると近くにいる人のリストが出てくる。

これ,会場内で使ってもおもしろかったんですが,終わってからバスを待っているときも出たりする(笑⁠⁠。あ,この人もこのバス乗るんだ!とか。そのへんが実空間的なインタラクションで。

ハレとケの可視化

前田:

ライフログもこれから開拓される分野でしょうが,その先に心のログもあるんじゃないかと思います。近くにいるけど,話しかけられたくないとか。センシングの先が,空間だけじゃなくてもうちょっと心理的なものも含まれてくるんじゃないかと。そこを可視化した事例はありますか?

暦本:

その人の普段の生活をどんどん蓄積して,ある特定の日と差分を取ると,その日がどれくらい普段かというのがわかりますね。自分のライフログの中で,この日は普通,この日は特別…というようなメリハリがわかる。

前田:

ハレ(非日常)とケ(日常)の可視化みたいな。

暦本:

そうです。仮に自分が毎日写真を撮っていたとしたら,ハレの日の写真だけをまとめてみようということができるわけです。それがなぜハレなのかは,写真自体をいくら分析してもわからない。これはその先の記録を拡張する,この人がハレの日は何があるのか,とかが分析できますよね。それも1つの可能性かなと。それがあると,さっき言ったコンテクストがリアルワールドを阻害しないようなインターフェースの1つの手がかりになっていくんじゃないかと思います。

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著者プロフィール

前田邦宏(まえだくにひろ)

株式会社関心空間 代表取締役。1967年兵庫県宝塚生まれ。1990年より公共機関や企業向けデジタルコンテンツの企画制作ディレクションに従事。1998年ユニークアイディ設立(現:株式会社関心空間)。2001年クチコミ情報コミュニティサイト「関心空間」を発表。同年に関心空間エンジンを利用したASP事業を,また2005年よりメディア事業を開始。

受賞歴:
2002年10月「関心空間」にてグッドデザイン賞新領域デザイン部門入賞。
2005年9月日本広告主協会WebクリエーションアウォードWeb人賞受賞。

暦本純一(れきもとじゅんいち)

東京大学大学院情報学環教授。86'年 東京工業大学理学部情報科学科修士過程修了。日本電気,アルバータ大学を経て,94'年より株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所に勤務。99'年よりソニーコンピュータサイエンス研究所 インタラクションラボラトリー室長。2007年より現職(兼 ソニーコンピュータサイエンス研究所)。PlaceEngine事業を核とするベンチャー企業 クウジット株式会社の共同創設者でもある。理学博士。ヒューマンコンピュータインタラクション全般,とくに実世界指向インタフェース,拡張現実感,情報視覚化等に興味を持つ。ACM, 情報処理学会,日本ソフトウェア科学会各会員。98'年MMCA マルチメディアグランプリ技術賞,2003年日本文化デザイン賞,2005年 iF Communication Design Award, 2007年 ACM SIGCHI Academy,2008年日経BP技術賞などを受賞。