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【実践編】第4回 関心から感動へ

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ContextとAffectを理解する

前田:

Things That Thinkについての短い説明をメディアラボのWebサイトで読んだときに,⁠u nderstanding of context and affect」という言葉が気になりました。このContext(文脈)とAffect(情動)を理解することをプログラミングするうえで,どのようなアプローチをとっているのかが気になったのですが。

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石井:

Contextは非常にオープンな概念ですから,ソフトウエア的に,またセンシング的にどのようにやるかというアプローチはたくさんあるでしょう。今どこにいるのかという位置情報もそうでしょう。また声のトーンにしても,100名ほどの講堂でのレクチャーであればもっとフォーマルになると思いますし,小さな部屋でのディスカッションではもっとピンポンのようなやり取りになるでしょう。この対談のような形では,それらよりはパーソナルな会話ですが,今日初めてお会いするわけですし,この2人の距離もありますので,ある程度はフォーマルな形になります。

そういった調子をシグナルプロセッサからピックアップするとか,オプティカルプロセッサからさまざまな空間配置だとか,服装やここに名刺がおいてあるということなどをピックアップするということを通して,この状況からコンピュータがコンテクスト情報を活かして推測できることはたくさんあります。それらを使えば,たとえば撮影のときの照明をこの雰囲気に合わせてオートマチックにコントロールするなど,さまざまなことができそうです。

一方で,より凝ったことを推測していくためには,心の状態(Emotional State)が重要になってきます。広告を例にすると,送り出したメッセージがどのように受け手に影響を与えているか,そもそも受け手は注意をメッセージに向けていてくれているのか,そのメッセージを覚えていてくれているか,次に同じメッセージを違うメディアから発信した際にも同じものとして結びつけてくれるか,そういった受け手の内的な興味や感情の理解なしには先に進めないとも思っています。つまり,どこにいる,とか,今何時か,という単純なことだけではなくなってくるわけです。

そのために,心の状態をうまくピックアップしていくことで,何かの操作をしたときにシステムがどのような結果を返すべきかというようなことについても,より深いフィードバックが可能になるのではないかと考えています。

前田:

その点はとても興味のあるアプローチだと思っていますし,私自身,現在Webが先に進もうとするときに,場所とかモノとか人間関係のようなセマンティックなものをどのように捉えるかについて様々なアプローチをしています。

Webの世界は,ゆるやかに構造化された世界として発展してきたと思いますが,今の発言にあった文脈の理解のためには,これまで扱ってきたデータよりも何倍も膨大な,状況記述のためのメタデータが必要になってしまうと思っています。

石井先生は,たとえばオントロジーのような形でそのように膨大なデータを構造化することなく,このような状況を把握されようとしているのでしょうか。

石井:

基本的にコンピュータという環境で処理するには,記号表現,数値表現に落とし込む必要があります。

完全にアナログの世界の中だけでループを閉じてしまう方法もあるでしょう。しかし,デジタルとして行う以上,メタデータでも生データでも,必ずなんらかの形でデータを変換してコンピュータが処理できるようにする必要があります。

Webに使用するかどうかということは必ずしも本質ではなく,コンピュータがアクセスできるサーバにデータがありさえすれば,膨大なメモリと高速な計算性能を用意することで,あとは低レベルのデータを抽象化する方法を探すことになると思います。たとえば,私がある動作をしたときにこの動作をどう捉えるか考えてみましょう。私はペンを取ろうとしている,それは何かを書きたいから,それは今の会話での良いアイデアを書きとめ,あとで反芻したいから,まとめてインデックス化したいから,というようにあらゆる低レベルの動作は上位の目的構造の中で行われています。しかし,どのような意図で私がこれを行ったかということ自体は非常に曖昧です。

Webに話を戻すと,ページにアクセスしたという行動履歴がどこかのリポジトリに保存されるとして,低レベルなそういった行動データからどのように上位の「意図」をとりだすか,そこの見極めが大事になってきます。

したがって,非常に状況限定的な,汎用性は高くない形のシステムになっていくのではと思います。

コミュニケーションビジネスの在り方

前田:

この連載の中では,見えない関係性,言語化できない文脈をどのように可視化するか,ということも共通して出てくる話題なのですが,石井先生の研究でもそのようなテーマでの研究はありますか?たとえば,記述しにくい感覚や感触を可視化して,コンピュータにもう一度フィードバックするというようなことになるでしょうか。

石井:

今の質問には2つの解釈があると思います。1つは,たとえば米ソ間の緊張感を想像してください。核の先制攻撃に対する恐怖感が世界を支配していた頃,この恐怖はインビジブルでありインタンジブルで,それをわかりやすく可視化したいということでしょうか。もう1つは,そういった概念すらない,なんとなく頭に浮かぶような,捉えられないもやもやしたアイデアを可視化したいということでしょうか。

前田:

後者のほうですね。英語で言えば,⁠tacit(暗黙)⁠という言葉に近いと思います。

石井:

すると次は,それをコンピュータが理解できる形にするのか,人間が読める形にするのかというアプローチを考える必要があると思います。どう表現したいのか,ということです。コンピュータに理解できるような処理を考えるだけでも,テキスト形式にするだけなのか,データとして抽象化・構造化した形にするのか,など,これもアプローチがさまざまにあります。

そもそも,この抽象化や構造化に対して具体的なアルゴリズムやプロトコルがない場合には,検索性という意味はあるかもしれませんが,無理にコンピュータが理解できる形にしても意味がないように感じます。写真のように生データの状態で保存し,弱いタグをつけてクラスタリングするという程度でしょう。

結局,情報はストレージにたまっていくけれども,何を行うためのものかというアルゴリズムやプロトコルがないと,⁠情報⁠⁠知識⁠になっていかないと思います。それだけでは,ワインのように自然発酵してはいかないですよね。

前田:

私自身はソーシャルメディアやCGMを専門にやってきていたのですが,多くの人が客観的に理解できる事実と個人的な体験のちょうど間の,今までは間主観的とか集合主観だとか呼ばれてきたようなデータがコンピュータで処理できるような形式になったとき,⁠この部分のデータは間主観的なデータだ」と言えそうになることが多くありました。

つまり,コンピュータが処理可能な形にすることで,今までは親しい人とだけ共有できた「あのさぁ,あれあれ」⁠あぁ,あれね」とパッとつながるようなことを実現できないかなと考えているのです。こういう共感を,夫婦の間だけではなく,もっといろいろな人との間に広げて行きたいな,と。

石井:

なるほど。別の例で考えてみましょう。シュールレアリズムに傾倒していて,世の中のある出来事に対して「これはシュールだ」と表現する人がいたとします。ある画家の絵をさして「シュールだ」と分類するのではなく,メタな形容として特徴を抽出し,パタン認識をした上で「シュールだ」と表現できるようになるには,それなりの体験が必要になると思います。これは,単純なキーワードマッチングのようなものではなく,もっと深い「あうん」の呼吸というか,スポーツのプレーにおける「間合い」のようなものと言えるでしょう。

先ほど出たtacitという言葉が指す内容であっても,記号表現にしたとたんに陳腐な百科事典的な解説になってしまうものもあるし,好みのレストランの傾向のように,アグリゲーションを行ってタグをつけていけば,なんとなくその人の好みを記述するとか分類できるようなものもあります。先ほどの繰り返しになりますが,どこまで何をやるのかが本当に重要です。

コンピュータ屋さんはコンピュータでやれることしかしませんし,コンピュータでやれることがすべてだと言いたいと思います。しかし,コンピュータでは処理できない,けれども人間には理解できるという例はたくさんあるわけです。

私は宮沢賢治の詩集を活字で読んでいました。そして,日本を離れるときに花巻の宮沢賢治記念館に行ってみたのです。そこで出会ったのは,肉筆原稿が持つパワー,そこから想起されるそこに存在したであろう身体,作品が創られた痕跡を示す色のあせた青いインク,黄ばんだ紙。それらによる感動は,もちろん人間にしか理解できない情動です。そういった感動というのは,今のASCIIやEUCのようなフォーマットや,スクリーン上には存在しない情報です。だからコンピュータやWebではそれは絶対太刀打ちできない。

しかし,それはデジタルだから太刀打ちできないということではなく,そういうものを表現するためのビジョンや美学を持った人がデザインしていないからだと考えています。

前田:

私は音楽をやっていましたが,サンプリングの技術の向上でピアノの音にどんなに近づいていったとしても,より生ピアノのよさが逆に際立ってしまう,そういう感覚でしょうか。たとえば,湿気を帯びた空気の中でピアノを弾いた時に指に返ってくる,少し重い雰囲気,のようなものですが。

石井:

そのような情報は最終的に振動に還元できますが,もっとエモーショナルな側面ですね。

ツール・ド・フランスで何度も勝っているLance Armstrongという選手がいます。彼は一流の選手であると同時に,ガンを克服したというエピソードもあります。彼の勝利についてどこから感動を得たかといえば,そういうストーリーです。

ピアニストであれば,汗をかいて必至で演奏しているというような,そういうもっと違う側面で感動が生まれているように思います。誰と行ったのか,隣の人と何を共有できたのか,何がずれていたのか,そしてコンサート会場を出た時に感じた冷気。そういうあらゆるものがあるから感動できる気がします。

そういうエモーショナルな状況は,サンプリングとは違う次元ですよね。歴史,記憶の積み重ねから感動するものかもしれません。そこは逆に,蓄積が得意なWebでも,結構いけるのではないかとも思っています。

あらゆる眠っている記憶,感情,それらを起こすためにあらゆるところから信号を送り込むこと。広告会社が送るメッセージが記憶と共振して,私たちの中に眠っているものがむくむくと起きていく,そして,購買意欲とか幸せにつながっていく。たとえばコミュニケーションビジネスとはそういうものだと思います。

だから,一方的に送るメッセージ,受信されるメッセージをサンプリングないしデジタイズするということだけでは,Claude Elwood Shannonの通信理論的な世界としては成立するかもしれませんが,ヒューマンコミュニケーションの世界やコミュニケーションデザインの世界ではすごく低レベルなことでしょう。C++コンパイラを使うのかObjective-Cのコンパイラを使うのか,RFIDがいいのかBlueToothか,というようなそういう次元の話ではないということと似ています。

著者プロフィール

前田邦宏(まえだくにひろ)

株式会社関心空間 代表取締役。1967年兵庫県宝塚生まれ。1990年より公共機関や企業向けデジタルコンテンツの企画制作ディレクションに従事。1998年ユニークアイディ設立(現:株式会社関心空間)。2001年クチコミ情報コミュニティサイト「関心空間」を発表。同年に関心空間エンジンを利用したASP事業を,また2005年よりメディア事業を開始。

受賞歴:
2002年10月「関心空間」にてグッドデザイン賞新領域デザイン部門入賞。
2005年9月日本広告主協会WebクリエーションアウォードWeb人賞受賞。