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【実践編】第4回 関心から感動へ

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メディアラボという環境

前田:

だとすると,私自身にメディアラボへの偏った見方があるかも知れません。メディアラボは,ヒューマンなものを超えるテクノロジーを研究しているものだ,とばかり思っていたのですが。

石井:

メディアラボでも,Marvin Minsky注3は,何十年もAIを研究してきましたが,彼はそういった永遠のテーマにロマンを持って取り組んでいますよね。なんらかの知識,それも表現可能な知識,それらを計算することができるアルゴリズム。そういった夢を実現しようとしている人もここにはいます。

メディアラボはこう考えている,ということではなく,メディアラボの30人くらいの教授はそれぞれみんなバラバラの別の夢を見ていますし,その夢を比較することはできません。

メディアラボという環境がすごく大切にしているのは,そのようないろいろな違う夢を見ている人間が集まっていて,そこから議論が生まれていることです。差異が大切なのです。

金太郎飴のように,研究員全員が同じ夢を見て同じ方向に進むような環境では,イノベーションは起きないですよね。ちょうど,みんなWebだ,2.0だと言っている状況と似ているかもしれません。別の例を挙げるなら,みんなが同じCADツールを使って,同じベジエ曲線,スプライン曲線を描くようになると,なにか味気なくて「やっぱり鉛筆だよな」となってしまう。しかし,それはイノベーションではありません。

前田:

石井先生がアメリカに来て研究されている動機も,やはりそのような部分からですか?

石井:

たぶん,日本も研究には非常にすばらしい環境ですし,リソースも潤沢だと思います。しかし,批評的,建設的な環境かという面で大きな違いがあると思います。

アメリカの独創性を支える風土として⁠オリジナリティ⁠が挙げられます。それは,人と違っていること,違っていることで世の中にインパクトを与えることと言えます。そこに対して非常に執着しますし,同時に先人たちが積み上げてきたクレジットに対しても非常に厳しく明確にしていく必要があります。日本は本当の競争がなかなか生まれにくい文化だと思います。

前田:

以前,日本の新聞でイノベーションとはどう起こし得るものですか,という質問に,石井先生は「異なる視点の間を行き交いする力」といった言い方をされていたように記憶しています。

石井:

そうですね,イノベーションには違った視点からの批評というものはとても重要で,このペンをどのような視点で見るのか,実用性,芸術性,デザイン,そしてサイエンスな視点や特許をとったような技術が背後にあるのか,そしてこれをもつ私にどのようなアイデンティティを付加してくれるのか。

そういったあらゆる視点を高速に切り替えて絨毯爆撃のように徹底的に議論ができることが本質で,そのためには各人が幅広い視野をもち,違った価値観・価値体系を切り替えられなければならないと思います。また,異なる価値体系の間でアイデアをわかりやすく翻訳して伝えることも必要です。

Web,デジタル,シグナルという技術的に主流となっているスレッドもあるわけですが,同時にアナログ,朽ち果てるもの,死んでしまった人の想い出というようなエモーショナルなスレッドも世の中にはあります。そういった部分に気がつくかどうかで,より深いレベルに,哲学的なところへ昇華していけると思います。

日本の場合には,電子工学科とか化学科とかの専門分野に進んでいく中で,価値観が狭められていっていると思います。こちらでは,メジャーとしてのコンピュータサイエンスの裏で彫刻を学ぶというように,違った視点や違う価値観を5つ6つともっていないとやっていけません。

注3)
Marvin Minsky:MIT人工知能研究所の設立者の1人。初期の人工知能研究者。

セレンディピティの提供

前田:

私自身もWeb 2.0といったような日常の仕事に埋没している感じですが,現在希有なクライアントと一緒に,⁠セレンディピティ⁠を追求することを仕事にできています。このセレンディピティは偶発的なものですが,関心空間というソーシャルメディアの構築を通して,さまざまな人にそのようなセレンディピティのある,価値ある情報との出会いを提供してきました。その中で法則性というところまではいかないのですが,なにか共通性のようなものを感じ取っており,そのクライアントさんと追求しているところです。

石井:

「セレンディピティを体験して良かった」と思うような例にはどのようなものがあるのでしょうか?

前田:

私たちは⁠つながり⁠という情報を重視しています。あるコンテンツとあるコンテンツの間の,私だけにしか見えない⁠つながり⁠というメタデータをゲームのように付与できる,そういうシステムが関心空間です。そのつながりを見ていると,客観的なものから間主観的なものなどいろいろあるのですが,⁠つながり⁠には重みがあるのではないかということを感じ始めました。これは日本語でいうと,⁠編集⁠という言葉に近いのかなと思っています。

石井:

松岡正剛さんの言う,編集工学的なものでしょうか。

画像

前田:

そうです。アルス・コンビナトリア(結合術)です。構造化されたコミュニティを構築していく中で,あるルールに則って,あるコンテクストをつくっていくと,普段であれば相対的に見える行動の中に,ある意味で類型的で,集合的な行動をしているような状態が見えてきます。いわゆる集合知(Collective Intelligence)です。

そうしてできた集合知の中でも,ある基準でハイコンテクストといえるつながりと,ローコンテクストといえるつながりを提示すると,ぱっと見ると2つの違いはぼんやりとしかわからないのですが,どちらが高い関係性をもっているかという質問をすると受け手はハイコンテクストなほうを選ぶということを実験で確認しました。現在は,それをもっと細かく観察しているところです。

これがうまく理論化できると,近接領域的でセレンディピティな発見や個別適合化された情報の提示をすることが可能になるのではないかと考えています。ある人にとっては周知の事実と感じているような結果を提示しない,というように,うまく受け手が必要としている情報の周辺部分を提示できるのでは,と思っています。⁠セレンディピティ・オン・デマンド⁠といったところでしょうか。未来の検索技術と推奨技術の中間のようなものですね。

石井:

そのあるコンテンツとあるコンテンツの因果関係は,人間が手で抽出したり付与しているものなのですか? または,あるセマンティックな空間のなかから自動的に抽出しようとしているものですか? ちょうど,AIの人たちが'60年代,'70年代にアブダクションと呼ばれる学習方法に挑戦していたことに似ていますね。この分野は死屍累々とも言えるのですが。

前田:

確かにその通り(笑⁠⁠。個人的に第五世代コンピューテングの話注4やMarvin Minskyの『心の社会注5⁠』を読むと心が惹き付けられつつ,不可能性について考えざるを得ません。ただ,私があの時代と違うと感じているのは,コンピュータで処理可能なデータを多くの人とWebを介してシェアすることができていて,私たちも研究の際に今まで捉えられなかった層の人とコミュニケーションできることだと思います。

たとえば広告会社でも,これまでも一般的なパネラーに対してはお金を払ってコンタクトをとってきたと思いますが,アーリーアダプターのようなお金を払ってもリーチしなかったような人たちと,blogのような彼らの自発的な行為をとおしてコミュニケーションできるようになったことは,10年前,20年前と大きく違う部分だと思います。

石井:

なるほど,コンピュータが抽出するというのではなく,人間が意図を持ってつけたタグに注目するのであれば,ドラマティックに違うでしょうね。自動化された中で辞書を見ているだけだと確かに実現できない部分ですし,AIの頃と同じアプローチです。

しかし,人間がつけたタグ,そしてそのタグの裏にある意味の構造を考えていくのであれば,人間の知的生産とコンピューティングを組み合わせるということですから,おもしろい取り組みになっていくかもしれません。どのように類推・連想のためのライブラリを持ち,豊かにしていくか,それが重要ですね。

注4)
現経済産業省の開発計画プロジェクトにより82'年から10年かけて開発されたコンピュータ。知識情報処理指向が定義されていた点が,それまでの世代プロジェクトとは大きく異なる。
注5)
心の社会Marvin Minsky著,産業図書(1990)

著者プロフィール

前田邦宏(まえだくにひろ)

株式会社関心空間 代表取締役。1967年兵庫県宝塚生まれ。1990年より公共機関や企業向けデジタルコンテンツの企画制作ディレクションに従事。1998年ユニークアイディ設立(現:株式会社関心空間)。2001年クチコミ情報コミュニティサイト「関心空間」を発表。同年に関心空間エンジンを利用したASP事業を,また2005年よりメディア事業を開始。

受賞歴:
2002年10月「関心空間」にてグッドデザイン賞新領域デザイン部門入賞。
2005年9月日本広告主協会WebクリエーションアウォードWeb人賞受賞。