日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第9回中国の通信キャリアがブロックチェーンでの酸素放出量管理を進める理由

2022年11月8日、深圳市福田区のコンベンションセンターで、複数のOSSカンファレンスが集まったInternational Open Source Festival国际开源节の一部として、⁠Hyperledgerブロックチェーン技術サミット」が開催されました。

イベントでは中国移動研究所(中国3大通信キャリアの1つ、チャイナモバイルの技術研究所)からブロックチェーン技術の大規模適用事例について発表されました。

Hyperledger Fabricで作る「デジタル炭素排出量管理ネットワーク」講演
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複数組織での分散/共同管理を可能にするHyperledger Fabric

これまでも連載で触れてきたように、クラウドネイティブの時代が訪れてから、クラウドで分散処理が前提とされる大規模なOSSプロジェクトが増えています。プロジェクトの中にはLinux Foundation、Apache Software Foundationなどに寄贈され、インキュベーションされて正式プロジェクトとなるものも多く、分散型台帳やブロックチェーンの分野でも多くのプロジェクトがOSSとして活動しています。

そうした中で近年注目が集まっているブロックチェーンプロジェクトの1つがHyperledgerです。Hyperledgerは中国発のプロジェクトではなく、2016年にLinux Foundationがホストして設立されたファウンデーションで、エンタープライズ目的のブロックチェーンを開発/普及するために活動しています。今回紹介する中国移動のように、近年は多くの中国企業も参加しています。

Hyperledgerファウンデーションは特定の技術だけをサポートしているわけではなく、⁠エンタープライズグレードのブロックチェーン」という旗印のもとで、多くのツールやフレームワーク、ライブラリなどのプロジェクトが進行しています。

中でも近年、IBMが主体的に関わっているHyperledger Fabricが注目を集めています。Hyperledger Fabricは「コンソーシアム型ブロックチェーン」と呼ばれる仕組みで、複数の組織が集まった「コンソーシアム」で台帳を管理します。それにより、⁠複数の組織がそれぞれ主体となって台帳を作りたいが、単一の管理者を作るのは難しい」という案件や、⁠将来的に台帳を大きくしたり、ほかの台帳と付き合わせることを担保しつつ、かつどの部分も追いかけて検証できるようにしたい」などの要件に向いたデータベースを構築することができます。ブロックチェーンでよく言われる「非中央集権化」が、このコンソーシアム内でおこなわれている形です。

炭素排出権取引の記録や管理をブロックチェーン技術で

中国の3大通信キャリアの1つ、中国移動(チャイナモバイル)は、Hyperledger Fabricを使って炭素排出権取引や排出量管理をおこなうプラットフォームについて発表しました。

中国でも炭素排出量のコントロールは大きな社会課題で、企業ごとにさまざまなノルマや、ノルマ未達成の企業がお金を払って排出権を買うなどのマーケット整備が進んでいます。こうした排出権取引は、排出量の正確な記録と、何に対してお金が払われたかについて、全体が信用できるシステムが必要です。中国移動が提案した「ブロックチェーン技術を使って排出権取引を行う」ことについてのプロジェクトが政府に採用され、平安金融や中化集団など複数の企業と一緒になってラボを設立しました。

炭素排出権取引について、ルール設定は政府や地方自治体、実際に排出するのはさまざまな企業、お金を払うのは銀行とプレイヤーが異なります。また、排出量の計測や排出権取引は炭素検証機関による検証が必要になります。ここで「管理者を分散できる」という分散技術の利点が生きてきます。

国家系、地域のプレイヤー系、行政区系でそれぞれブロックチェーンが構築され、連携されていく概念図
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実際のシステム構築は成功するか?

もともと中国移動の中でブロックチェーン技術を使ったプロジェクトはいくつもおこなわれていましたが、分散型であるぶん、全体への変更やアップデートが難しく、⁠ブロックチェーンプロジェクトそれぞれがサイロになってしまい、仕様としては可能でも、実際に接続するのは難しい」という問題を抱えていました。

Hyperledger Fabricはほかのシステムと組み合わせる、一部を改善するなどがしやすいモジュール型のアーキテクチャなことと、Java、Node.jsなど一般的な開発言語での開発が可能なことで、今回の目的に向いていると、発表者のドン氏は語ります。

最終的には全体でペタバイト級のデータを扱う中で、役割の違う複数の組織が相互信頼できるプラットフォームを構築したい
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プロジェクトの最終目的は、炭素排出量の記録と管理、排出権取引のすべてを管理するプラットフォームを構築することで、内部では複数のブロックチェーンが連結するプラットフォームとなる予定と、システムのイメージが発表されました。

地域ごとに現在の排出量が確認できるシステムのイメージ
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国プロでブロックチェーン技術を進める意義

ブロックチェーン技術は「分散すること」を前提に開発されている技術なので、通常のデータベースと同じように使おうとすると、トランザクションの遅さやシステムの複雑さなど、欠点ばかりが目立ちます。

一方で、管理者が並列で複数立てられる中心がないネットワークが作れるところや、一部の障害が全体に及ばない構造は、中国移動のようなインフラ会社にとっても、新しい形のビジネスを促進したい中国政府にとっても魅力となります。

先日日本のauで起きた大規模通信障害は、加入者DBの不一致が解消されない状態が長く続いたことが原因の1つとされ、エンタープライズレベルのブロックチェーン技術は、そうした障害に対する対策にもなりえます。

炭素排出量の取引のような、大規模だが現在のユーザーへの影響が少ないシステムで大規模なブロックチェーンの実験がおこなわれることや、結果や事例がOSSとしてフィードバックされることの意義は大きいでしょう。

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