YAPC::Asia Tokyo 2015×gihyo.jpコラボ企画 ― YAPC::Asia Tokyo 2015の作り方

第2回設計編

カンファレンスの準備も大枠ではプログラムを書くことと似ています。全体の設計をせずに突き進む事も不可能ではありませんが、やはり全体像の設計を事前にしておかないと要所要所で躓きがちです。

どんなに細部がうまく実装できてもプロジェクト全体としてうまく機能しないことはよくあります。YAPC::Asia Tokyoのようなイベントもまさにそれと同じで、まずそのイベントについての大枠の設計が重要となってきます。

イベント運営をする際にこのような設計が重要になってくるのはひとえにイベント運営とは取捨選択の連続だからです。決断を迫られた際にどちらの方向に判断を倒すかという指針をアドホックに決めていると収拾がつかなくなりがちなのですが、前もって設計をちゃんとやっておけばいざという時に一貫性を持って判断ができるようになります。

What(どんなイベントなのか)

最も重要な事項の一つにそれが何を目的としたイベントなのか、誰のためのものなのかというものがあります。これが決まらないと後々様々な選択を迫られた際に困ったことになります。

YAPC::Asia Tokyoは元々Perlハッカー達のお祭りという形で始まりましたが、回数を重ねて行くうちに比較的多数の参加者達の興味が言語レベルにはあまりない事に私たちは気づき始めていました。⁠多分参加者達が話したい、聞きたいのは『技術に関しての興味深い話』であって『特定の技術のディープな話』ではないな」と考え始めたのです。実際にそうかどうかはわかりませんが、その仮説を元に少しずつ形を変えて行ったのが今のYAPC::Asia Tokyoなのです。

なのでこの問いに対する我々の答えは以下のようなものになります。

  • エンジニアのお祭り
  • 発表内容等は比較的Web寄り
  • 言語等で発表対象を狭める事はしないが、ルーツがあるので少しだけPerlをひいきする
  • エンジニアが話したい事、聞きたい事をまず考える

このコンテンツの方向性はこの後トークの応募を受け付ける時だけに限らず、スポンサーと交渉していく時や各種企画を考えていく時にとても重要になっていきます。

Where(会場・サイズ)

イベント運営に関して全てにこだわってちゃんと作り上げるのならまずは中身をちゃんと企画立案して集客予想を立てて、それから会場を選びたいというのが主催者の夢ですが、現実的にはそうそううまくいきません。

だいたい企画や概要を練りながら同時に会場を探す事になります。そして会場が決まるまでは全てがひっくり返される可能性があるので、本当にイベントが開催できるのかどうか全くわからないのがイベント運営の怖さです。

YAPC::Asia Tokyoの場合は前年に1,400名程度の集客がありましたが、同時に立ち見等で大変な迷惑を来場者にかけていたので、今年は立ち見になってしまった人を可能な限り拾おう! という気持ちがありました。それと同時に900名前後まで縮小したうえで開催するというのも、様々な理由から魅力的なオプションではありました。

大きいイベントにする場合は収容人数を最低でも1,500名以上、できれば2,000人前後という条件で探すことにしました(後述しますが、これはなかなか難しいタスクでした⁠⁠。小さいイベントにする場合はこれまでの経験で900人から1,200人前後の収容人数であれば、ある程度候補地がわかっていました。その情報を元にイベントのキャパシティに関してはとにかく一度候補の会場をあたり、予約が可能かどうかがわかってから決定することにしました。会場に関してはまた後述します。

When(開催時期)

開催時期も最初に決めておかないといけない重要事項です。これがわかっていないと会場選定も進めることができませんし、アナウンスもできません。

残念ながら開催時期は消去法で決まる事がほとんどです。本来開催希望時期は基本的に春か秋なのですが、日本の場合秋は台風時期と重なる事が多いので、できれば春が嬉しいというのが本音です。しかし春に開催となると(前回のYAPC::Asia Tokyoの開催から)準備期間をそれだけ圧縮するか前倒しするかしか選択肢はありません。よって、1年休んで翌年に開催するのでない限り春の開催は除外されます。冬は海外では感謝祭に始まりクリスマス、日本ではさらにお正月と続くためやはりあまりイベントを開催するのには良い時期ではありません。そのため夏か秋が残ります。

そうすると今度は前項の会場選定の段階で「夏から秋にかけて予約が取れるところ」を探し、そして予約を取れたタイミングが自動的に開催時期になります。ちなみにある程度以上の大きさの会場はやはり選択肢が少ないため皆同じように早めの予約をしてきます。それにより1年前に予約を打診しても無理となる可能性がかなり高いのでご注意ください。安全を見るのであれば2年前の予約がお勧めです。

開催時期が決まったらそこから大きいタスクの締め切り時期を逆算していくことができます。今回は開催時期が決まったのが10月下旬でしたので、

時期 タスク
11月 開催を発表
11月 ティザーサイト開設
12月 スポンサー交渉用各種資料作成
1月 スポンサー交渉開始
2月 公式サイトオープン
5月 トーク募集開始
5月 チケット販売開始
6月 トーク募集締め切り
6月 トークスケジュール決定
6月 チケット販売終了
7月 パンフレット、Tシャツ等入稿および発注
8月 開催!

というようなスケジュールが自動的に決定していきました。ここまでわかっていくと次々とこれから起こすべきアクションが見えてきます。

予算! 予算! 予算!

ここまでで「いつ、誰のため、どのようなイベントを行うか」ということが大枠で見えてきました。ここからは純粋な設計ではなく若干実装部分にもかかってくるタスクがいくつか出てきますが、この辺りがちゃんとできていないとより詳細な内容に踏み込んでいけないので、今回の「設計」の記事に含めます。

次に何を考えないといけないかと言うと……みんな大好き予算です。予算が決まらないと今後のほぼ全てのタスクに血を通わせることができません。例えば何人ゲストを呼べるのか、食事は出すのか、同時通訳を入れるのか、デザイン費等にどれだけのコストをかけられるのか、等とにかく予算ありきの決定事項がたくさんあります。その中でも会場にどれだけの費用をつぎ込んでいいのかはイベントそのものを開催できるかどうかが直接関わってくる重要事項です(これについてはこの次のセクションで触れます⁠⁠。

予算はイベントの内容によって大分違いますので一概には言えませんが、YAPC::Asia Tokyoは過去9回の開催の経験により様々な平均値がわかっていますのでその値を使用して大枠の予算が計算できます。なお本記事に書いている値はどれもこれも大雑把な平均値であり、実際には様々な因子により変動します。

では早速計算してみましょう。

YAPC::Asia Tokyoを開催するには参加者1人あたりにつき約1万円のコストがかかる事がわかっていますので2,000人が参加する場合は経費は約2,000万円です。ちなみにこれまでの経験から、予算の半額前後が会場費およびその回りのために使われる事もわかっています。大変ですね!

収入に関してもある程度の概算を行う事が可能です。これまでの経験から参加者1人あたり3,500円の収入が見込めます。これはチケット販売枚数だけでなく、ゲストスピーカー等の招待客も含めた全ての来場者でチケット売上額を割って出した平均値です。ということは2,000人の参加者が集められる場合、チケット収入は700万円です。あれ……経費は2,000万円で収入が700万円だと……1,300万円の赤字ですね。これだとイベント開催自体が無理になってしまいます。なんらかの形で収入を増やすか、経費を大幅に削るしかありません。

経費を削ることはそれほど難しくありません。でもそれは同時に参加者が楽しみにしていたり、あったら便利だと思っている催しをカットしていくことになります。それでは本末転倒ですね。そこで登場するのが協賛スポンサーの皆様です。スポンサーをしてくださる皆様には本当足を向けて寝られません!

スポンサーとして参加していただく形は様々で、単純にお金に換算はできません。どんな形であっても協賛していただくのはありがたいのですが、ここではあくまで予算の予想をたてているのでスポンサー協賛金の額面の話をしますと、これまでの開催ではスポンサー企業1社あたりからの平均収入は30万~40万となっていました。ということは1,300万円の予算不足がある事がすでにわかっているため、約40件~50件のスポンサーが必要となることがわかります。

40件のスポンサーが必要ということは、説明のためにそれだけの会社を訪問する必要があります。単純計算で2ヶ月以上かかる計算となりますので、そのための時間をスケジュールに組み込む必要があることがわかりました。

会場

さて、予算の大枠が見えてきたところでいよいよ会場探しです。なお現実的には予算決定を待ってから行動を起こすのではなく、最初から全て同時並行で動いています。

前項にも書いたようにこれまでの経験から会場関連の予算は全体の約50%です。ということは会場費は約3日間で1,000万円以内に収めるべきなのがわかります。そのうえで以下の条件を満たしている会場を探していくことになります。

  • 東京都近郊で2,000人を同時に収容できる
  • 複数トラックを同時に行うために近くに部屋が複数個ある
  • それぞれの部屋の大きさが適度である
  • 立地がそれほど悪くない

探してみるとすぐわかるのですが、東京近郊で予算とこの条件を満たす会場というのは実に少ないです。今回YAPC::Asia Tokyo 2015のために会場を探してみた時にはコネも使い様々な施設に問い合わせをした結果、2件しか見つけることができませんでした。それ以外のところは会場費をあと500万円積むとか規模を縮小するというような事をしないと、利用することが難しい施設ばかりでした。

さて、この条件に当てはまる2個しかチョイスがないということは……はい、当然他の皆さんもみんなこの施設を使いたがるわけです。コンタクトを取ってみたところ、まっさきに「2015年ですか? 2016年じゃなくて?(意訳⁠⁠」という反応をいただきました。前回までのYAPC::Asia Tokyoのような1,000人規模でも1年前には予約をしないといけなかったのですが、やはりこのサイズになってくると1年中何かしらイベントが入っていてなかなか予約は難しいようでした。そこで駄目元で「とりあえず木曜、金曜、土曜の3日間というスパンでスケジュールが空いたら連絡をください!」とだけ言い付けて後は運を天に任せることになりました。

結果的には皆さまもご存じの通り、奇跡的にスケジュールが空いたという連絡があったため今年の会場は無事ビッグサイトに決まったのです。

まとめ

というわけで今回は、カンファレンスで具体的に何をするのかを決める前に考えないといけない諸々について説明してみました。会場と予算、期間、狙っているオーディエンス辺りの大枠が決まるとだいたい一安心です。ここまで来るとかなり現実的な限界を意識しながら、カンファレンスの内容の企画等に入っていくことができます。

次回は

次回はスポンサー対応を含めた「実装編」に入っていく予定です。

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