概要
「ハレの日,特別な日だけでなく,もっときものを日常に」。
年間着用回数50日→150日。山崎陽子さんがきものに目覚めた5年の日々と工夫を綴ります。
きものはとかく「怖い,苦しい,高価」などネガティブなものと捉えられることもありますが,本書では「気楽に,可愛く,カジュアルに」,新しい楽しみを提案します。
著者は女性誌,生活誌でおもに活躍している山崎陽子さん。長年おしゃれを楽しみ,短期間の5年できものにするするはまり,その着こなしや考え方が,上級者にまで支持されています。
「洋服でのおしゃれは楽しいのに,きものになると途端に選び方も着方も,自分らしい着こなしがまったくできそうになく想像もつかない」と敬遠してしまう人は多いのですが,尻込みする人にもルールに縛られない自由な著者のおしゃれは参考になるはずです。
「一式なんて揃えない」「着ると決めたらいつでもどこにでも着ていく」をモットーとする著者の体験とノウハウを文と写真で読ませます。なるべくラクする,リーズナブルな手入れとケアのアイデアも紹介!
こんな方におすすめ
- 洋服のおしゃれに飽きた人
- きものの着こなしがわからない人
- 維持費がかかると思っている人
- 祖母や親から着物を譲り受けたけど,どうしたらいいか困っている人
- 着ていく場所がないと思いこんでいる人
- 何を買ったらいいのかわからない人
- 呉服屋に行きたくない人
著者から一言
私がきものを着始めたのは5年前,50代半ばのことでした。
それ以前,最後に着たのは高校の運動会で,それも友人の浴衣を借りたのを覚えています。成人式のために母が貯めていた振袖貯金は「私はきものなんて着ないから現金でちょうだい」と,運転免許を取るために使いました。
社会人になってからは,雑誌『オリーブ』や『アンアン』の編集者として仕事をしてきたせいか,洋服の流行には敏感だったし,おしゃれが好きで,それなりにお金も使ってきました。上質な素材,洗練されたデザイン,手の込んだディテール,心地よいシルエットの服のよさも知っているつもりです。
けれど,年齢とともに服に対する情熱が少しずつ薄れてきました。40代がおしまいにさしかかったころでしょうか。要は,いまどきの洋服がどんどん似合わなくなってきたのです。
そんなとき,雑誌『エクラ』で,女優の鈴木保奈美さんのきもののページを担当することになり,季節ごとに何度か撮影とインタビューをさせてもらいました。その道のプロに教わりながら,着物や帯に触れ,原稿を書きました。「江戸小紋って何ですか?」と質問するド素人に,きっとみなさん呆れただろうと,思い返すたびに冷や汗が出ます。それが50代前半のこと。
次第にきもの好きな友人が周囲に増えたのも,年齢的に自然な流れでしょうか。空のコップに水がたまっていくように,きものへの興味や知識が徐々に蓄積されていきました。
そんな2012年の夏,モデルの黒田知永子さんと取材で訪ねた日本橋『竺仙』で素晴らしい浴衣と出合ったのです。社長さんのお話を伺い,その型染めを見せてもらい,連れて帰ろうと決意。綿の浴衣と麻帯を購入し,下着と下駄を揃え,着付けを2回習ってその夏,8回着ました。
次のきっかけは2013年の暮れ。子どもが幼稚園児だったころから続く,母親友だち7人で集まる忘年会が,幹事の発案で「今年のドレスコードはきもの。せっかくだから写真館で記念写真を撮ってもらいましょう」ということになり,背格好が近い友人に一式借りて着付けてもらいました。淡い縞の紬に,白っぽい織り帯,グレーの羽織。そのとき,満更でもないなと思った私は,「自分用にこういうきものを持っておきたい」と考えたのです。
2014年1月末に初めて着物と帯,長襦袢,小物,足袋と草履が揃い,2月にはその呉服屋さんで催されていた着付けのレッスンに3回通いました。
「3月のパリ・オペラ座バレエ団の公演に,自分で着て観に行く」と目標を定め,自宅でも着付けの復習をしました。紬の着物,更紗の帯,コートがわりに大きなストールを羽織って出かけた上野の東京文化会館。その日からきものにどっぷり浸かり,今に至っています。
きものは素晴らしい日本の衣服ですが,ネガティブな言葉も付きまといがち。私もずっとそう思っていたのだから,それは否定しようがありません。
着るのが面倒で着付けが苦しい,習うのにもお金がかかる,走れないし跨げない,手入れが大変だしクリーニング代も高い,そもそも呉服屋さんに入るのが怖い,高いものを売りつけられそう,着ていく場所がない,結局タンスの肥やしになる……。そういう不幸を防ぐためにも,やはり慎重であるべきだとも思います。でも,洋服では叶わない,思いがけないリターンが得られるのもきものなのです。
私はいまだに訪問着を持っていないし,袋帯も結べません。でも,きもの生活を謳歌できています。2014年に50日だった着用回数が,2018年には150日を超えました。王道の晴れ着は少なく,ほとんどがふだん着という細道ですが,そこから見える景色は愛おしい。飽きのこない滋味深さがあり,着るたびに喜びが感じられます。このまま気負わず長く付き合っていけたら,どんなに幸せでしょうか。
ハレの日,特別な日だけでなく,もっときものを日常に。
そんな人が一人でも増えますようにと願いを込めて。