新春特別企画

LibreOffice/Apache OpenOffice ~2011年の総括と新たな選択~

激動の2011年

OpenOffice.orgにとって2011年は、激動の年でした。

これは昨年寄稿させていただいたOpenOffice.orgについての新春特別企画記事と同じ書き出しですが、実のところ一昨年よりも昨年のほうがずっと激動の一年だったと言えます。

なお、昨年の記事を踏まえて、今年のこの記事を読んでいただけるとより理解が深まるはずです。少しばかり振り返っておくと、Oracleは2010年10月13日(OpenOffice.org 10周年の日)Oracle Demonstrates Continued Support for OpenOffice.org⁠参考訳: OracleはOpenOffice.orgのサポート継続を明示します)というプレスリリースを発表しています。これを読んだ筆者はOracleが少なくとも2011年内にOpenOffice.orgを手放すようなことはないだろうと踏んでおり[1]⁠、昨年の特別企画のようなまとめになったのです。

ご注意
本稿で記述している日付はJSTだったりUTCだったりするため、最大で1日程度の差があることをご了承ください(可能な限りUTCに合わせてはいます⁠⁠。また、多数リンクがありますが、中にはご覧になっている時点でリンク切れのものもありますが、こちらもご了承ください。その他、行き交うメールの量が膨大すぎて全部に目を通せないため、見落としているものもあるかもしれません。何かお気づきの点があればコメントいただけますと幸いです。

2011年4月15日まで

さて、昨年の出来事を振り返ってみましょう。

LibreOffice 3.3.0は1月25日に、OpenOffice.org 3.3.0は翌1月26日にリリースされました。OpenOffice.org 3.3.0日本語版は2月2日にリリースされましたが、LibreOfficeは各言語ごとのリリースは行わないため、日本語版はありません。LibreOfficeのWindows版インストーラにはサポートするすべての言語が含まれていますし[2]⁠、それ以外のプラットフォームでは言語パックを個別にインストールします。

LibreOfficeの運営母体であるThe Document Foundation⁠Foundation⁠(財団)と名乗っていますが、今のところ法的な意味での財団にはなっていません。財団設立に必要な50,000ユーロの寄付の受付を2月16日に開始し、25日に8日間で集まったと発表しました。もちろん、寄付は今でも受け付けています。以後具体的には言及しませんが、財団化の進行も含めて組織としての足固めを1年間通して行なっています。

2月23日には不具合を修正したLibreOffice 3.3.1がリリースされ、これを搭載したopenSUSE 11.4が3月10日にリリースされています。確認した範囲では、これが一番最初にLibreOfficeを搭載したLinuxディストリビューションです。NovellはLibreOfficeの開発者を多数雇用しており、面目躍如といったところです。

3月22日には3.3.2がリリースされ、3月24日にはGoogle Summer of Codeに採択されました。3月30日にはプロジェクト発足半年間を総括する『自由とコミュニティの6ヶ月』を発表しました。

3月はLibreOfficeのターンでしたが、4月は良くも悪くも(どちらかといえば「悪くも悪くも⁠⁠)OpenOffice.orgのターンでした。4月5日にはOpenOffice.org 日本語プロジェクトがOpenOffice.org 3.4の翻訳を行わない旨を発表しました。4月12日には(当時は夢にも思わなかったものの)最後のリリースとなるOpenOffice.org 3.4 ベータ1がリリースされました。そして4月15日を迎えたのです。

OpenOffice.orgの終焉とApache OpenOfficeの登場

4月15日、Oracleが衝撃的な発表を行います。OpenOffice.orgを純粋なコミュニティベースのオープンソースプロジェクトにし、商用版OpenOffice.org(Oracle Open Office)の提供を打ち切るという内容です。前者はともかく後者は即座に行われました。Webサイトから情報が速やかに削除され、StarOffice/StarSuiteからOracle Open Officeへのアップデートもダウンロードできなくなりました。

「コミュニティベースのオープンソースのプロジェクト」は具体的にどういうものなのかはその時点では明らかになりませんでしたが[3]⁠、6月1日にApache Software Foundation(ASF)にソースコードを寄贈する旨の発表を行いました。6月13日にはApacheのインキュベータープロジェクトに承認され、正式なプロジェクトに昇格するべくスタートを切りました。インキュベータープロジェクトの具体的な説明は省略しますので、興味がある方はWebサイトをご覧ください。

新たなコミュニティの中心メンバーはIBMの社員で、OpenOffice.orgで活動していたOracleの社員[4]は開始時点に個人(Individual)で数名参加しており、これまでとは全く違うプロジェクトになることを予感させました。

Apache OpenOfficeで行われることはいろいろあります。まず、OracleはASFにソースコードを寄贈したため著作権者がASFになりライセンスをApache License 2.0に変更します。Apacheのすべてのプロジェクトはこのライセンスを採用しています。Oracleに著作権があるソースコードに関してはライセンスと著作権者を書き換えれば済みますが、OpenOffice.orgは多数の外部ライブラリを使用しています。それらのライセンスがApache Licenseと互換性がない場合は使用できないので、そのライブラリを使用する機能を削除する必要があります。同時にライセンスが明示されていないものも洗い出しも行い、IP Clearance(⁠⁠知的財産の点検」とでも訳すのでしょうか)と呼ばれる一連の作業が行われ、ほぼ完了しました。PDFの読み込みができなくなるなど、一部の機能が削除されています。まずは機能を削除してもリリースを優先し、次にこれらの失われた機能を回復する計画になっています。SVGサポートに関してはこの関係で外部ライブラリの使用をやめて新たにコードが書き加えられ、ネイティブで動作するようになりました。これは数少ないOpenOffice.org 3.4 ベータ1からの新機能です。

インフラの移行も行われています。これまでバージョン管理システム(VCS)はMercurialを採用していましたが、これをApacheで採用しているSubversionに移行しました。VCSの機能的には「退行」であり[5]⁠、極めて珍しいことです。WebサイトやメーリングリストなどApacheのインフラ移行も進み、www.openoffice.orgの移行が12月29日に行われました。しかしながらhttp://openoffice.org/projects/など、残作業もあります。

商標やドメインの移管も行われました。⁠OpenOffice.org⁠は、現在ASFの登録商標です。具体的な時期を調べることができませんでしたが、11月中旬頃には移管されたようです。

ブランドの決定も行われ、投票の結果⁠Apache OpenOffice⁠となりました。よって"OpenOffice.org"は、おそらくですがプロダクトやプロジェクトの名称としては使われず、ドメインとして残るだけになります。プロジェクトの現在の正式名称は"Apache OpenOffice (incubating)"のようですが、足並みが揃っていないようにも見えます。

積み残しの課題もたくさんあります。Apacheのプロジェクトは基本的にソースコードのリリースしか行いませんが、Apache OpenOfficeはバイナリの配布も行うことになります。各言語版のリリースをどうするか、これまでのように各言語版ごとにインストーラーを用意するのはマンパワー的に現実的ではないので、言語パックのみの配布になるかと思いますが、今のところ決定されていることはなさそうです。各言語へのローカライズも現時点(2011年12月末)で行えていません。各言語プロジェクトも構築中です。

とにかくたくさんのことが同時に進行しているため状態はかなり混沌としていますが、それでもリリースに向けて前進していることに間違いはなく、12月20日には2012年Q1(1月から3月の間)にリリースを行うと発表しました。

LibreOffice

OpenOffice.org/Apache OpenOfficeがまごついているのを尻目に、LibreOfficeは破竹の快進撃を続けます。2011年内に行なったリリースを表にまとめます。いうまでもありませんが、開発版は含んでいません。あくまでリリース版でこれだけです[6]⁠。

日付バージョン
1月25日3.3.0
2月23日3.3.1
3月22日3.3.2
6月3日3.4.0
6月16日3.3.3
7月1日3.4.1
8月1日3.4.2
8月17日3.3.4
8月31日3.4.3
11月9日3.4.4

LibreOfficeの2011年最大のトピックは、3.4.xのリリースでしょう。3.3.xまではOpenOffice.orgとの機能に大きな差はありませんでしたが(それでもいくつか魅力的な新機能はありますが⁠⁠、3.4.xでは独自性を打ち出しています。メニューやヘルプの日本語訳に関しては筆者も参加しており、人員の関係でヘルプの翻訳は後回しになっているものの、メニューに関しては目に付くところはほぼ全部日本語化されています。そしてOpenOffice.orgから引き継いだ誤訳やわかりにくい訳語の修正、統一なども並行して行なっており、日本語版OpenOffice.orgよりも使いやすいものになっているはずです。

9月28日には1周年を迎え、The Document Foundationの1周年を記念してという発表がありました。10月13日から15日まではパリでカンファレンスが行われ、LibreOfficeの未来について興味深い発表などが行われました。10月29日にはテンプレートと拡張機能を配布するWebサイトが公開されました。12月6日にはJA福岡市がLibreOfficeの導入を開始したと発表しました。日本における初めての大規模なOpenOffice.orgからの移行ではない導入事例です。2012年2月第2週リリース予定のLibreOffice 3.5.0の開発も活発に行われています。3.5.0も魅力的な新機能が多数搭載されているばかりか、Windows版のインストールがより簡単になるなどの特徴があります。

2012年は1年に2回のメジャーバージョンアップ、毎月のマイナーバージョンアップリリースという本来予定したリリーススケジュールにようやく則ることができるようになるばかりか、OpenOffice.orgからの機能取り込みがなくなって「真の」LibreOfficeとなり、今後ますます目が離せません。

LibreOfficeとApache OpenOffice、どちらを選ぶ?

これまでOpenOffice.orgをお使いだった場合、LibreOfficeに移行するのか、Apache OpenOfficeのリリースを待つのか、あるいはOpenOffice.orgを使い続けるのかの選択を迫られることになりました[7]⁠。

10月5日、OpenOffice.org 3.3.0以前に存在するセキュリティホールが公表されました。これだけだと出どころ不明なDocファイルを読み込まないという対策も取れますが、今後もセキュリティホールが発見される可能性は十分にあり、やはりサポートのないアプリケーションは継続して使うべきではありません。LibreOffice 3.3.4と3.4.3以降ではこのセキュリティホールは修正されているため、これらのバージョンに乗り換えるか、あるいは元Oracleの社員で構成する社団法人Team OpenOffice.org e.V.が提供するOpenOffice.org 3.3.0の修正版であるWhite Label Office 3.3.1へのバージョンアップを検討するべきかと思います。今のところ日本語版はないものの、寄付ベースでの活動なので、相当額を寄付して要望を伝えれば日本語版を出してくれるかもしれません[8]⁠。LibreOfficeだと機能が追加されているため、なるべく変更点が少ないほうがいいという大企業や大組織は、検討してみるといいのではないでしょうか[9]⁠。

ユーザーの立場からすると、Apache OpenOffice 3.4の最初のリリースは魅力的とはいえません。予定どおり2012年Q1にリリースされたとしても、同じ時期には新機能が多数追加され、翻訳も行なっているLibreOffice 3.5.0がリリースされます。前述のとおりApache OpenOffice 3.4は機能が増えるどころかむしろ減っているのが事実です。今後の予定がわからないため、日本語の翻訳が行われるかどうかも未知数です。

2011年7月13日にIBMがLotus SymphonyのソースコードをASFに寄贈する旨の発表を行いましたが、現段階で続報はありません。2012年には何かの動きがあるのかも知れませんし、そのまま忘れ去られるかもしれません。詳しくは言及しませんが、仮に公開してApache OpenOfficeと統合するとしても課題がたくさんあり、一筋縄では行かないことが予想されます。

LibreOfficeの採用を検討する場合は、どのバージョンにするのかを考慮する必要があります。LibreOffice 3.3.xのバージョンアップ予定は今のところありません。3.4.xは3.4.5が2012年1月の第2週に、3.4.6が2012年3月の第4週にリリースを予定しています。3.4.xは十分に安定しているといえるので、中~大規模導入に向いています。前述のとおり3.5.0は2012年2月の第2週にリリースを予定していますが、新機能の追加と同時に大きな不具合が含まれている可能性もあり、導入する場合は慎重に検証してから行なってください。LibreOfficeの場合、安定版かどうかは下1桁の数字で判断します。下1桁のバージョンアップは不具合と翻訳の修正のみで、3ないし4ぐらいになると安定版と判断されます。バージョンアップが早くて検証も大変ですが、それは「コスト」として考えていただければと思います。とはいえ新しいバージョンを使用して不具合に遭遇し、かつ速やかに報告して修正された場合、その修正を施した新バージョンが短い間隔(通常1ヶ月)でリリースされるので、バージョンアップが早いメリットを享受できます。理想的には「コスト」として捉えるのではなく「メリット」として捉えて欲しいところです。

現時点でプロジェクト、プロダクトともにうまく機能していて、将来的にも持続する可能性がわりと高いLibreOfficeを軸に、LibreOfficeとApache OpenOfficeの統合といった多くの幻想に惑わされず、しっかり地に足をつけて現実的にメリットのある選択を行なっていただければと思います。

来年にはこの混沌としている状況がもう少しどうにかなっているといいのですが。

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