[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第七回「真夏の紅葉」

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紅葉のシーズンではないというのに、真っ赤に紅葉した一枝に出会ったことがある。

数年前の夏、福島県・猪苗代湖畔にテントを張って休暇を過ごした。

猪苗代湖畔といっても、土産屋や記念館なんぞが立ち並ぶ磐梯山の麓ではなく、その対岸のほとんど人気のないキャンプ場を選んだ。トイレと水場以外の設備が無い、湖畔の林の中に適当にテントを張るという、お気楽な施設の割には一泊1000円。無料キャンプ場宿泊が基本の身としては、ちと考えたが、テント一張りで1000円、何人いてもOKということで納得した。

少し離れたところに、無料のキャンプ場があるけど、こちらは昼間は家族のデイキャンプで大にぎわい、夜はツーリストの若い衆が夜通し騒いでいて長逗留には向かない。

何日目かにやってきたソロサイクリストに「一泊1000円だよ」というと、⁠ひええ」とばかりに張ったばかりのテントをたたみ出そうとしたから、⁠でも、集金に来るのは朝の10時くらいだから、その前に立ってしまえば大丈夫」と伝えると、安心したのかゆっくりと眠りについてしまったらしく、翌朝、集金に来た、当番のおじさんに起こされていた。

後で聞いたら、相当安くしてくれたそうである。

この当番のおじさんはとてもいい人で、私らがいつまでも滞在しているのを気にしてくれて、⁠こんなに長くいる人は初めてだなあ。長くいてくれるのに1000円ももらうのは悪いなあ」⁠長期の人用の料金設定も考えなくちゃいけないなあ」⁠すまないなあ、寄り合いの時じゃないとみんなと話し合いが出来ないんだよ。勝手に値引けないから、決まり通りもらうしかないんだよ、すまないなあ」と、集金の度に詫びをいい、野菜だのトウモロコシだのを山のように持ってきてくれるのであった。これで1000円は安い。

足慣らしに猪苗代湖を一周した翌日、キャンプ場を出発して、あたりの林道をいくつかつなげて走った。

猪苗代湖は山上湖なので、ルートによっては湖底よりも低い標高ところを走って、また水面まで戻ってくることになる。⁠このあたりで湖底に到着、ここからは更に地面を掘って進んでいくのだ」と、馬鹿なことを思いつつプランニングするのが楽しい。

御霊櫃峠を越えて湖底への下り(湖底じゃないって⁠⁠、青々と茂った広葉樹が廂のように道に張り出して、炎天下の陽射しを遮ってくれている。緑をとおして、ぐっと気温の下がった風が気持ちいい。ガンガンとペースを上げて下ってゆく。

右側緑の中に、真っ赤なかたまりが見えた。

「なんだろ」な、と、ブレーキレバーを絞り込む。

大きな楓の一枝が真っ赤に染まっていた。全部緑の中で、その枝の葉っぱだけが紅葉しているのだ。ちょっと凄みさえ感じる赤だった。

なんだか夢を見ているような、とても得したような、その日の走りがより幸せなことになった。

東京に戻り、この幸せを少しでも分けてあげようと、一献交わしつつ、行きつけのショップ(自転車屋)の店長にこの話をすると、東北出身の彼は、⁠その一枝が病気だったんでしょ」だと。

夢のないやつ。

紅葉の中を走ろう・奥多摩~五日市・鋸山林道 五万図:五日市

JR奥多摩駅~弁天橋~大沢~大ダワ(峠⁠⁠~神戸岩~本宿・檜原村役場~JR武蔵五日市駅(約26km)

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紅葉の時期は、天候も安定しているし、気温もちょうどいい。

でも、ちょうど良く思うのは自転車乗りだけじゃあないので、紅葉の名所、といわれているところへ出かけると、普段はほとんど交通量のない峠道に、ひっきりなしに車がやってきて、おまけに観光バスまでやってきて、そのすれ違い時には自転車の抜ける隙間もなく、一緒になって渋滞する。

なんて目に会うことが、ままあります。

今回は全舗装になってしまった(だいぶん前からだけど⁠⁠、とはいうものの、さすがに観光バスはやってこない紅葉のスポットを走ります。

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JR奥多摩駅の二階「そばの花」で腹ごしらえ。なかなか侮れない手打ちそばを食べることが出来る。体験プログラムを通して奥多摩を紹介している団体の方が料理長をやっているとか[1]⁠、店内はギャラリーもなっているので、ここで待ち合わせるのもいいかも。

林道に入るとお店は無いから、奥多摩駅前で食料を仕込むのを忘れずに。

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駅から1km弱、弁天橋のたもとから林道に入る。入口から1km半くらいはかなりの急勾配。ここで頑張りすぎてしまうと、後が続かなくなってしまう。沢沿いの広葉樹が紅葉し始めているはず、ゆっくりといこう。

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高度を上げてゆくに従って視界が開けてくる。開けた視界の上の方を見上げると、これから向かう道のガードレールが光っている。とても遠くに見えるけど、なに、見えている道は意外と近いというのが鉄則だ(自転車乗りは嘘つきが多いというのも鉄則だぁ⁠⁠。

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視界が開け、山は少しづつ色づき始める。さらさらと葉が散り始めているようなら、もう峠は目の前。

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峠・大ダワにはきれいなトイレがある、というかトイレしかないんだけどね。でも、このトイレがあるおかげで、上りの間、文句を言い続けていた女の子の機嫌も少しは良くなるのだ。

このトイレ…じゃない、大ダワから鋸山山頂まではすぐなので、時間に余裕があるなら登ってみるといい。

さて食事をすませ、トイレ(トイレのことばかりいっているな)をすましたら、上着をはおって下りにかかろう。赤井沢沿いの下り道は、夏場は水が近くて清々しいけど、この時期はかなり寒い。そうそう、峠も結構冷え込むから、防寒具はしっかりと準備しよう。できればワンバーナー、コッフェルを持参し、熱い飲み物の一杯も飲むと、峠まで暖めてきた体を冷やさないで済む[2]⁠。

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急坂を下りきり、渓谷を楽しむ余裕のある勾配になり、目の前にトンネルが見えてきたら神戸岩だ。

まずは岩盤をくり抜いたトンネルを抜けてしまおう。このトンネル、短いけれども中は真っ暗で足下も悪い。紅葉や水遊びの週末は、対向車がやってくることも多いので、短い距離でも前照灯、テールランプの点灯をおすすめする。

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トンネルを抜けて、橋を渡ったら、その場に自転車を置いて神戸岩を探検しよう。岩と岩との間をハシゴや鎖を使ってトンネルの向こう側へ行き来できる。夏場は水遊びも素敵だ、けど、冬に向かって、足場が凍り付いていることもあるから十分注意すること。

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神戸岩からは秋川沿いに武蔵五日市駅に向かう。

距離が短いから、まだまだ時間に余裕があるかもしれない。氷瀑で有名な佛沢の滝に立ち寄るのもいいし、酒蔵[3]に立ち寄るのもいい。今回立ち寄ったのはあきる野市五日市郷土館[4]⁠。週末は敷地内の民家を開放していて、上がり込んで展示物に触れることが出来る。縁側でゆっくりくつろがせていただいた。タイミングが合えば、ふかしたてのお芋のお相伴に預かれたかもしれない。本館の展示もかなり楽しめるのでおすすめです。

ここまで来たら武蔵五日市駅はすぐ。駅前の喫茶店「山猫亭」のご主人も自転車フリーク。美味しい紅茶で疲れをいやしていこう。

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