[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第十回「梅見」

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梅を見に行く、というのは桜を見に行くのと違って、なにか雅を含んでいる感じがする。

季節的にまだ寒いから、梅の木の下でわっと騒ごうじゃあないか、なんて気にはならない。

静かな晩冬の朝、キンと冷えた空気の中、凛として花をつけている。そんな場梅の木に出会うと、背筋がピッと伸びて、その花が風景と調和していればいるほど、なにかもの悲しさを感じてしまう。

僕の家は、東京の郊外のそのまた発展という毒からなんとかのがれた、エアポケットのようなところにある。─⁠─近年、家の目の前でバイパスの工事が始まって、この辺りにも毒がまわってきてしまった。もっとも、バイパスは数十メートル上をゆくため、こちらからは橋梁や擁壁に囲まれていて路面も見えず、元々谷間にあるこの集落を、益々外部から隔てようとしているかのようにも見える─⁠─近所には、農家の方が梅の実を取るために植えた畑の中の梅林や、旧家の庭の立派に育った梅の木に出会う機会が多い。中でも材木屋の裏手にある畑の端に植えられた一本の紅梅を土手の下から見上げると、梅の背後には空しかなく、まさに⁠凜⁠という表現がぴったりとはまるのだ。

同じ梅でも⁠観梅⁠となるとそうはいかない。

この場合の⁠観⁠は、単なる⁠観⁠ではなく、下に⁠光⁠がつくほうの⁠観⁠である。

自転車の月例走行会(クラブランといってます)で、青梅吉野梅郷に行った。吉野梅郷には今までも奥多摩の行き帰りや、五日市方面からの峠越えの際に何度か立ち寄っている。寄ってはいるが、梅の花の咲いているのを見たことがない。

クラブランというのは、数台の自転車がゾロゾロとつるんで走っているわけで、こういう状態で人がドッと集まっているような場所(と時期)に出向くと、愛すべき自転車を邪魔者扱いする愛したくない方々に出会う機会を自ら提供することになり、こちらもあちらも気分を害することになりかねない。そういったことにならない場合も多々あるけれど、行かなければなりかねようにもなりようがないのであるから、ならないためには近寄らなければいいのである。

それでもねえ、一度くらいは見ておこうよ。と、まさに観の下を光らせながらの根性むき出しで、ゾロゾロと出向いた。

案に違わずえらい数の人出であった。

そのえらい人たちがゾロゾロゾロゾロゾロゾロ。

吉野梅郷梅祭りのメイン会場・梅の公園のかなり手前から自転車を降りて押すことにする。ゾロゾロゾロゾロゾロゾロにわたしらのゾロゾロが加わって、ゾロゾロゾロゾロゾロゾロゾロゾロ。

押していてもやっぱり邪険な態度に出る人はいるもので、そやつをキッと睨みつけ、相手も視線をキッと返してきて、⁠あ!?っ」などという大人げない雰囲気の間に、家族を満載にした乗用車がヌッと割り込んでくる。⁠あ」と思うと更に観光バスが連なって通り過ぎる。後には、間を外した同士が残り、力をなくした目線で「なんかすいませんね」⁠自転車くらいどってことないっすよ」と語り合ったりしている。

そんなことをしている間も、休日の原宿・竹下通りのようなゾロゾロの波に流されて、山の斜面いっぱいに白梅紅梅が生い茂り、花がまるで壁のように迫ってきます、と紹介されている吉野梅郷梅祭りの中心部の大梅林に流れ着くと、そこには一輪の花もなく、山の斜面いっぱいの枝が壁のように迫ってくるのだった。

この年は正月明けから一気に冷え込み、梅の開花が遅れに遅れていたのである。

それにしても梅祭りの会期真っ盛りにここまでとは……この後、梅祭りは一月近く会期を延ばし、その後半になってやっと見頃を迎えた、と伝え聞いた。

「ゾロゾロと 集まりてゆく 枝見かな⁠⁠ おそまつ。

多摩川から吉野梅郷*観梅走

国土地理院五万図:青梅、五日市

JR立川駅~立日橋~多摩川サイクリング道~羽村の堰~青梅~御嶽/玉川屋~吉野街道~吉野梅郷~JR青梅駅(積算40km程度)

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今年は⁠枝見⁠になる心配はないね、などと言っていたら、この陽気で我が家の近所の梅たちは。ポロポロとほころびだしております。裏の土手の一本梅なんぞもう見頃。この調子でいくと、二月下旬から三月いっぱいの吉野梅郷梅祭りの後半は、花でなく、新芽見になるのではないだろうか。

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ともあれ、観梅に出かけましょう。

JR立川駅南口を出て、多摩モノレールの下を多摩川に向かう。立日橋のたもとを右へ、残堀川にかかる橋を渡れば多摩堤に出ることが出来る。多摩川サイクリング道と呼ばれているけれど、自転車専用道路ではない。休日はとくに人出があるから、のんびりと走ろう。

くじら公園、福生南公園(睦橋公園)と公園が続く。福生南公園のアスレチックで体をほぐすのもいい。

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拝島橋を過ぎると左から秋川が合流してくる。本日はこのまま多摩川を遡上していく。多摩川中央公園を過ぎて少し行けば玉川上水の取水口、羽村の堰。ここで多摩堤の道はとぎれる。堰を望む公園には玉川兄弟の銅像が毎日測量を続けている。

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いったん奥多摩街道に出るといやはや車が多くて路肩が狭い。またすぐに多摩堤沿いに道があるからとりあえず避難する。しかし、この道は阿蘇神社でどん詰まる。その手前の適当なところで曲がって、なるべく裏道で粘ってから仕方なく奥多摩街道へ。粘ったかいがあり、街道出てすぐ小作坂下の信号(吉野街道との合流点)を過ぎれば状況はかなり良くなる。

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河辺駅前を過ぎて、道が青梅街道と旧青梅街道に分かれる。青梅駅前に出たいので旧青梅街道を行こう。

青梅駅周辺は昭和レトロな建物が残っており、その建物や街角に手描きの映画看板がかかっている。赤塚不二夫記念館なんぞもあったりするから、ここではたっぷりと時間を取っていきたい。駅前のパン屋で売っているメープルメロンパン[1]が美味しかった。

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青梅で青梅街道は一本に合流。ときおりのぞく多摩川の景観を楽しんだり、へそまん[2]をほうばったり、造り酒屋を冷やかしたりして御嶽駅に着く頃には昼の時間をとうに過ぎているのではないだろうか。

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しかし、なんか止まるたんびに物を口にしているので、実のところあまりお腹は空いていない。で、蕎麦でもたぐることにしよう。御嶽駅近くの玉川屋[3]は知る人ぞ知る名店。時分時だとたっぷりおあずけを喰うことになるので、わざとはずした時間帯を狙うと良い。

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腹ごしらえが済んだら、御嶽駅前を左へ。御岳橋を渡って吉野街道をUターンする感じだ。 ゆるゆると下っていけば、すぐに梅の公園入口。梅まつりの頃は道端がどんどん賑わってくるからすぐわかる。ここまで来たら、自転車を押して人の流れていく方へといっしょに流されていけば、吉野梅郷・梅の公園に辿り着くだろう。

満開の梅に出会えるかどうかは運次第……なんてことはなく、前もって日取りが決まっているわけではないのなら⁠吉野梅郷梅まつり⁠のサイトで開花状況を知ることが出来るから参考にしよう。

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梅郷からJR青梅線・日向和田駅はすぐ。青梅駅も自転車なら一足だ。時間に余裕があるなら、また羽村から多摩堤に戻ってもと来た道をたどろう。

夕日を背中に受けながら走る多摩堤もまたおつな物です。

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