ライフハック交差点

第2回デジタルとアナログを渡り歩く

たとえば、あなたが哲学者だったとしましょう。1881年のある日、スイスのシルスマリア近くを散歩していたあなたは、路傍の巨大な岩の前にたたずんだ瞬間、雷鳴のごとく轟くインスピレーションに撃たれます。それは哲学の新たな夜明けを指し示す素晴らしい霊感でした。あなたがこの哲学者、ニーチェだったとして、あなたはその瞬間何をするでしょうか? たぶん、とりもなおさずその瞬間の感覚を手帳に書きとめることでしょう。でも現代のニーチェは霊感をどこに、どのようにして霊感を書き留めるのでしょうか?

アナログ vs デジタル

しばらく前の話になりますが、LifeDev Productivity Toolsブログにて、Paper vs Digital Tools: Which is Better?という連載がされていました※編注⁠。ToDoリストや、Getting Things Done(GTD)のプロジェクト・アクションの一覧表や日々のアイディアを保持するのに、紙ベースのツールが良いのか? 、それともデジタルツールがいいのか?という繰り返し登場する話題をまとめた記事です。

※編注
「LifeDev Productivity Tools」が現在エラーのため、リンクをクリックしても表示できません(7月20日時点⁠⁠。いずれ復旧すると思いますので近日中にまた訪問してみてください.。

紙ベースのツールの利点

紙ベースのツールというとメモ帳、ノート、情報カードなどが思いつきます。逆に、デジタルツールというと、携帯できるものとしては PDA、携帯電話などがあり、パソコンに向かって使うのものとしては各種GTD用のアプリケーションや、ウェブ上のRemember the Milkなどといったサービスが思いつきます(もっとも、Googleアプリケーションの多くも、Remember the milkも最近は携帯から使えるようになってきてますが⁠⁠。

アナログな、紙のツールの良いところはもちろん手軽な点です。その長所は以下のようにまとめられると思います。

可搬性:
紙のメモだったらどこにでも持ち歩けますし、当然、電気がなくても使えます。
堅牢:
当然ですが、落としたり、ぬらしたりしてもほとんどの場合問題ありません。
自由度の高さ:
思いついたアイディアやイメージを、形式にとらわれずに書き留めることができます。

この最後の自由度の高さこそが、紙ベースのツールの最も大きな強みです。思いついたばかりのアイディアを、わき出すイメージのままに言葉にしたり、イラストや、ちょっとした漫画にすることで、わかりやすく捉えることができます。こうしたイメージはすぐに記憶から逃げてゆくものですので、思いついた瞬間にすぐにそのままの形でキャプチャーするには、紙のツールがやはり優れています。

LifeDev の記事にも書かれている通り、紙ベースのツールはクリエイティブなアイディアを捉えるのに最も向いているということになります。

デジタルツールの利点

デジタルツールの利点は、当然コンピュータであることの利点と重なります。すなわち、

情報量:
言葉だけでなく、映像、音声、動画など、多彩な情報を大量にセーブしておくことが可能。
検索性:
たくさんの情報から一瞬で求めるものを検索できます。
利便性:
たとえば入力したあとでもTODO リストの優先順位を変えたり、順序を変えたりするなど、紙には不可能な操作が直感的にできる。

といったものです。

デジタルツールが捨てがたい点は、なんといっても2番目の検索性の高さにあります。何年も前の情報でも、キーワードを入れるだけで一瞬で探してくれる力はコンピュータが最も得意とするものの一つです。つまり、デジタルツールは情報を蓄積・整理するのに向いているということになります。

こうして並べてみると、デジタルツールの長所はアナログツールの短所を埋めるものでもありますし、アナログツールの長所はデジタルツールの短所を埋めるようになっていることにすぐ気がつかれるかと思います。

たとえば紙のメモ帳は電気も気にせずにいつでもどこでも使えますが、その代わり検索性の低さを受け入れなければいけません。携帯やパソコンならマルチメディアの情報をストックしておけますが、紙ベースのツールはそれができません。

このように長所・短所が入り乱れている場合に、どちらか片方だけを使っているのでは決定的な欠点をかかえたままになってしまいます。この二つのツールの長所・短所うまく相殺するような使い方はないものでしょうか?

両方の良いところを使う

LifeDevの記事でも、ちょっとした発想の転換で両方をバランスして使えば最も効率があがるだろうという結論にたどり着いています。ここではHipster PDAと携帯電話の二つを例にとって、アナログ・デジタルのバランスの可能性を見てみたいと思います。

Hipster PDA

Hipster PDA

Hipster PDA43FoldersのMerlin Mannが提唱した簡単なメモ帳です。カードを束にしてクリップで留めただけの簡単なものです。形は何でもいいのですが、私は43Foldersの提唱しているとおり、5x3インチのインデックス・カードを利用しています。これは手のなかでの収まりがよいからです。

PDAっていうけど、ただの紙のメモじゃないか」と誤解されることが多いのですが、Hipster PDAの良さはその利用方法にあります。それは、

  1. 束ねた紙の束をいつでもどこでも持ち歩き、アイディアや、タスクを思いついたら書き留めておく。
  2. 仕事場に戻ってきたら、情報が書き留められているカードをインボックスに投げ込んでおきます。
  3. しかるべきタイミング(GTDの週間レビューなど)で紙の内容はパソコンの中のデジタルなツールへと入力されて、いわば「シンクロ」されます。この時点でカードは破って捨ててしまいます

というステップを踏むことにあります。

Hipster PDAはカードをクリップで挟んだだけという、見た目のインパクトでステップ1が一番注目されがちですが、実際はステップ2、ステップ3の「デジタルツールへのシンクロ」が要になっています。このステップをより簡単にするために、小さなコツですが次のような方法が使えます。

Hipster PDAの記述例

たとえば散歩をしていて、近くのホールで面白そうなコンサートの予定を見かけたとしましょう。それをスケジュールに入れるのと同時に、親しい人を誘うことを散歩から帰ったあとに忘れないためにメモをするには、たとえば右のようにHipster PDAに書くことができます。

これはあくまで例ですが、このように紙のメモに情報を書き込むときに、最初からどのデジタルツールにその情報が吸い上げられるのかを意識して書いておくと便利です。こうすることで、あとでインボックスに投げ込まれたカードを拾い上げたときに、⁠ああそうだ、予定をカレンダーに加えて、メールでN君を誘っておくんだったっけ」という具合に情報をデジタルツールに「シンクロ」させることが楽になります。

上の例はイベントについての情報のキャプチャーでしたので、書き留めるのも「予定の名前、時間、場所」程度ですみますが、ちょっと思いついたアイディアについても、ゆるやかなデータ形式を決めておくことでパソコンへの入力を簡単にすると効果的です。私はいつも「日付、表題、内容、キーワード」という4点を書き留めておき、Mac OS XのYojimboというアプリケーションに入力します。キーワードがそのままYojimboのタグ機能に対応しますので、あとで検索するときに便利になります。このような専用のアプリケーションでなくても、人によってはアイディアをため込むための単なるテキストファイルを用意しているなど、シンクロの仕方はさまざまだと思います。

いったんデジタルツールに情報が入力されたら、元のカードはもはや必要ありませんので破棄してしまい、あとはデジタルツールの強みである検索性の高さに身を任せます。この一連の流れで大事なのは、アナログがよいのか、デジタルがよいのかという宗教論争ではなく、アイディアが生じた瞬間にそれをとらえてあとでデジタルツールにシンクロさせる自分なりのワークフローが確立されているかという点です。

逆にデジタルツールからアナログツールに向かって情報が向かう使い方といえば、それはいつも私たちがやっている「印刷」に他なりません。

ここでも一手間をかけて、ふだん使っているシステム手帳や、Hipster PDAの用紙に印刷ができるようにテンプレートを作っておくと、アナログ・デジタルの両ツール間の情報のやりとりが楽になって便利です。私の場合 1) インデックス・カード、2) 京大型B6カード、3) システム手帳のリフィル、の3種類のテンプレートを(最初だけちょっと苦労しましたが)作っておいて、必要に応じて外出時に必要に応じて、地図やコンタクトの情報を印刷して持ち歩いています。

お使いの OS、プリンターで一度この作業をしておくと後の利用がずっと楽になりますので、ぜひチャレンジしてみてください。

携帯電話

現代人が一人一台はもっている究極のデジタルツールといえば、やはり携帯電話でしょう。写真も、動画も、メールも、メモも、たいていの情報のキャプチャーは携帯電話で行うことができます。しかし、携帯に蓄積したデータをちゃんとパソコン上に「シンクロ」させて利用できている人は存外少ないのではないでしょうか?

先日アメリカで発売されたアップル社のiPhoneが、住所録も、カメラの画像も音楽もボタン一つで同期してしまうのは実に理想的な設計思想だと思うのですが、残念ながら今の携帯電話の多くはそこまで便利に作られていません。自分がふだん撮影してためている写真や動画やメモをちゃんと母艦のパソコンなどに持ち込めるように、一手間かけておく必要があります。ありがちなチェック点として、

  • 写真、動画、メモ、カレンダー、コンタクトのデータはどのようにしたらパソコンとの間で同期できるか:最近の携帯にはUSBケーブルによる接続や Bluetooth機能を持ったものも多いので、どの方法が一番早いのか確かめておくといいでしょう。
  • 手持ちの携帯がコンタクト情報をエキスポートするためのvCard形式、カレンダーのイベントをエキスポートするためのvCalendar形式などに対応しているか。
  • 目的別のメールのテンプレートを作成できるか:パソコンで受信する際にメールソフトのフィルターで携帯からのメールを区別できるので便利
  • 携帯版のGMailやGCalなど、ふだん使っているウェブツールを携帯からどこまで利用できるか。

などがあるかと思います。これらの全てをチェックするのは非常に面倒な作業ですが、一度苦労しておくだけで携帯電話とパソコンとの間の「シンクロ」の道筋ができあがりますし、今まで思っていなかった方法で携帯を使いこなせるようになりますので、時間があるときに調べてみてはいかがでしょう。

チャンスを逃がさない、大事な情報を逃がさない

アイディアはいつやってくるかわかりません。ニーチェほどの思想家でなくても、しつこく一つのことを考えているならば、時として非凡なアイディアが頭に浮かぶ日が必ずあります。また現代は、情報の爆発的に氾濫している時代で、とても紙のメモだけで情報処理が追いつくはずはありません。

怒濤のごとくやってくるアイディアと情報をさばくための武器は、古くから変わらない手帳やメモのようなツールから、携帯電話やパソコンといった情報機器に至るまで、私たちの手中にそろっています。

一瞬のアイディアを逃さずとらえて、チャンスにすることができるか。大量の情報から大事なものだけを蓄積して力とすることができるか。そのヒントは、一人一人の仕事の仕方にあわせたアナログツールと、デジタルツールのバランスの中にあるのだと思います。

それでは次回まで。Happy Lifehacking!

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