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第18回船橋市から千葉市へ ―クラウドパッケージの導入で新型コロナウイルス対策の保健所業務をデジタル化する地方自治体の取り組み

千葉市とセールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)は5月20日、セールスフォースが提供する「新型コロナ保健所業務支援パッケージ」を千葉市保健所が採用し、5月23日から稼働させることを発表しました。本パッケージは名前の通り、新型コロナウイルス「COVID-19」の感染拡大にともなって増大する保健所の業務をクラウド化/デジタル化によって支援するためにセールスフォースがパートナー企業とともに開発したもので、4月13日から9月30日までの期間において全国の保健所に対して無償での提供が発表されていましたが、今回の千葉市の採用はその第1号のケースとなります。

千葉市の熊谷俊人市長も本パッケージの導入に関してみずからTwitterに投稿しており、保健所の業務改善に向けて強い意欲を見せています。

現場の業務軽減は“情報の一元化”から

熊谷市長のツイートにもあるように、本パッケージは新型コロナウイルスに関連する情報の管理を一元化し、関係者間での迅速な情報共有を実現することで、急激に増加した保健所の業務を軽減させ、保健所や自治体が本来取り組むべき感染対策にリソースを振り分けることにあります。具体的には

  • 住民からの問い合わせ/相談管理
  • PCR検査管理
  • 症状経過管理
  • 疫学調査管理
  • 濃厚接触者管理
  • 病院管理
  • 各種集計管理

といった情報管理が、ひとつのプラットフォーム上に集約されることになり、関係者全員が同じダッシュボードで複数の関連情報を照合/入力/管理できるようになります。

本パッケージの全体像。住民からの相談記録、帳票作成、疫学調査、濃厚接触者調査などを電子化し、蓄積したデータベースをもとに一覧作成や報告書作成などのレポーティングを行う。セールスフォースはシステム開発をいくつかの段階に分けてリリースし、⁠走りながら」機能追加を行っていったという
本パッケージの全体像。住民からの相談記録、帳票作成、疫学調査、濃厚接触者調査などを電子化し、蓄積したデータベースをもとに一覧作成や報告書作成などのレポーティングを行う。セールスフォースはシステム開発をいくつかの段階に分けてリリースし、「走りながら」機能追加を行っていったという

セールスフォースによれば、本パッケージは企業のサービス担当者と顧客をつなぐカスタマーサービスプラットフォーム「Service Cloud Enterprise Edition」をベースに構築されており、PaaSの「Lightning Platform Plus Enterprise Edition」やオプション機能の「Knowledge(質問や解決方法を作成/登録/共有⁠⁠Sandbox(本番環境のコピー⁠⁠Event Monitoring(ユーザ操作のログを広範囲にモニタリングしイベントとして取得⁠⁠、サポートメニューの「Premier Success Plan」のライセンスが含まれており、いずれも9月30日まで無料で利用できます。もちろん、上記で挙げた各種管理機能を統合した保健所業務支援システムの利用も無料となっています。ちなみにService Cloud Enterprise Editionの利用料金は1ユーザあたり月額1万8000円(年間契約の場合)ですが、冒頭でも紹介したとおり、本パッケージでの利用に限り、Service Cloudを含む各種サービスの利用料金は9月30日まで無料となっています。

本パッケージのセールスフォースの提供スキーム。セールスフォースはService Cloudなどのライセンスを提供し、LGWAN接続を含む導入支援や運用は同社のパートナー企業が担当する
本パッケージのセールスフォースの提供スキーム。セールスフォースはService Cloudなどのライセンスを提供し、LGWAN接続を含む導入支援や運用は同社のパートナー企業が担当する

はじまりは船橋から ―"抜け漏れ"防止を起点に構築したパッケージ

セールスフォースが開発したこの保健所業務を対象にした支援パッケージは、もともとは3月30日に千葉県船橋市の保健所(船橋市健康福祉センター)で運用を開始したシステムがひな型となっています。セールスフォース・ドットコム 執行役員 エンタープライズ公共・金融営業統括本部 公共 営業部長 小暮剛史氏によれば、3月上旬に船橋市から保健所の業務効率改善を図るシステムについて相談があったとのこと。3月上旬の船橋市においては新型コロナウイルスの感染者は数名程度でしたが、すでに当時から住民による相談件数が増え始めており、早急にデジタル化への取り組みが必要と判断してのことでした。

船橋市に限らず、国内の保健所が抱える課題、とくに新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから急速に増えている課題にはいくつもの共通点があります。

  • (手書き主体のため)帳票類への記入/転記に工数がかかる
  • 手作業のため、問い合わせ相談業務に抜け漏れが発生する
  • 状況が逐次変化していくため、市や県への報告業務の集計に時間がかかる

当時、住民から船橋市への新型コロナウイルスに関する相談件数は1日あたり300件ほどでしたが、相談業務に加えPCR検査や疫学調査、厚生労働省への報告、ホテルなどに待機する軽症者の管理なども保健所職員がカバーしており、その件数は急激に増大しつつありました。また、保健所では帳票類を記入/転記することで他の職員や、応援で派遣されてきた他の地域の職員と情報を共有しますが、手書きが主体であるため時間がかかり、紙ベースですべてを確認するには把握しきれないほど数が増えてきています。応援派遣されてきた職員に対しても、都度、作業内容を口頭で伝えなければならず、ワークフローのあちこちに無駄と抜け漏れが生じる状態になっていました。このまま感染者がさらに増えれば、業務の無駄も帳票の抜け漏れも増えることになるのは自明です。

船橋市保健所が抱える課題に対し、セールスフォースでは

  • 各帳票のデータベース化 … 入力済み項目の再利用で帳票作成工数を削減、調査進捗情報の可視化
  • 相談記録や行動記録の電子化 … ヒアリングの抜け漏れ防止、回答蓄積(ナレッジ)による事案の見極めの迅速化、抜け漏れ一覧(病院への確認ができていない一覧など)の作成
  • 蓄積したデータベースの活用 … 相談内容種別や件数、PCR検査対象患者一覧などの作成、県/国への報告に必要な集計作業を効率化

といった解決策を提案し、Service Cloudをコアにした支援システムを数週間で構築し、運用までこぎつけました。Service Cloudは企業が顧客サポートに活用するCRMとして国内外で数多くの導入事例がありますが、船橋市の場合は住民を"顧客"に、新型コロナウイルスに関連する業務を"顧客に提供するサービス"、保健所職員を"サービス担当者"に位置づけ、Service Cloudの特徴である顧客/案件情報の一元管理やナレッジ蓄積、相談者/調査対象者の360度ビュー、レポート/ダッシュボードによる現状の可視化とインサイトの提供といった機能をバランス良く実装しています。

小暮氏は「本パッケージでは、手入力による"抜け漏れ"を防止し、ワークフローの無駄を省くことを起点にしている。同じダッシュボードを全員が見て作業すれば、たとえば住民からの相談内容だけでなく、問い合わせた住民の属性や、相談が来た時間帯などもすべて記録されるため、相談者数の推移や属性の把握、保健所に(相談者数が多く)負荷がかかる時間帯などもリアルタイムに可視化/確認できる」としています。アナログによる抜け漏れをなくす - これを起点に置くことで、保健所のようにデジタル化が進んでいない公的機関における業務改善は、スピードと効果の両面で非常に大きなインパクトが期待できます。

「新型コロナ保健所業務支援システム」のダッシュボードのイメージ。必要な情報にすぐにアクセスでき、追加情報の反映もリアルタイムに行われる。全員がこのダッシュボードを見て作業をするので、情報共有のスピードも効率も大幅に向上する
「新型コロナ保健所業務支援システム」のダッシュボードのイメージ。必要な情報にすぐにアクセスでき、追加情報の反映もリアルタイムに行われる。全員がこのダッシュボードを見て作業をするので、情報共有のスピードも効率も大幅に向上する

もうひとつ、本パッケージでのユニークなポイントとして挙げられるのが、全国の地方自治体の組織内ネットワークを相互に接続する行政機関専用の閉域網「LGWAN(Local Government Wide Area Network、総合行政ネットワーク⁠⁠」に対応していることです。LGWWANでは地方自治体だけでなく、総務省や厚生労働省など国の機関とも接続可能であるため、セキュアな基盤を通した情報共有が実現します。本パッケージではLGWAN接続に関してはパートナー企業による導入支援が行われており、千葉市のケースでは両備システムズが担当しています(パッケージ本体のシステム設計/開発はデロイトトーマツコンサルティングが担当⁠⁠。

真の「スピード感」をもった対応を行うために

このように、セールスフォースと船橋市がいわば"共同開発"してきた保健所業務支援パッケージですが、同社は4月13日、船橋市の同意を得て本パッケージを全国の保健所向けに横展開するリリースを出しており、その適用第1号として千葉市の採用が決まりました。船橋市が3月上旬にセールスフォースに相談してから2ヵ月強という短い期間で他の自治体まで拡がったことは、ことデジタル化に関しては決断も実行も遅い国内の組織としては異例といっても過言ではないでしょう。

今回の導入事例でもっとも特徴的なのは、調達/導入スピードが速く、実績のあるクラウドサービス(Service Cloud)を選んでいるという点です。セールスフォースは船橋市の相談をヒアリング後、システムのリリースフェーズを数段階に分け、順次必要な機能を追加していく方式を提案し、船橋市もこれに同意、⁠ある程度、使える目処が立ったので横展開」⁠小暮氏)するに至っていますが、完成をまってから運用を開始するのではなく、大枠を決めた後は「走りながら作っていく」というアジャイルなアプローチで臨んだ結果、短期間でのリリース/横展開を成功させています。これはクラウドサービスだからこその大きなメリットであり、パンデミックといった早急な対策が要求されるケースでは、むしろクラウド以外の選択は考えにくいでしょう。また、LGWANへの接続など公的機関特有の課題に対してはパートナーに依頼するなど、エコシステムを活かした導入スキームを構築している点も評価の確立しているクラウドベンダを選ぶメリットだといえます。

加えて、今回のクラウドパッケージ導入により、船橋市や千葉市の保健所はワークフローのデジタル化のスタートという新たなフェーズに入りました。デジタル化による大幅な負荷軽減とスピーディな業務を体感したユーザの多くは、もとのアナログな世界に戻るよりも、デジタルによる改善をさらに進めたいと願うようになります。本システムの無償提供期間は9月30日までとなっていますが、その期間を過ぎたとしてもこれらの自治体のデジタル化が後戻りすることなく、本当の意味でサステナブル(持続可能)な基盤が拡大していくことを願っています。

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