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第20回 個人の経験を全員の経験に ―6ヵ月で18名のAWS人材を育成したオムロン ソフトウェアの成功へのスパイラル

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トレーニングの内製化で人材育成サイクルを形成

オムロン ソフトウェアのユースケースにおいてもうひとつ重要なポイントは,2019年のトレーニングを起点に,その後のクラウド人材の内製化に注力している点です。最初の18名の選抜メンバーのうちの数名が社内向けクラウド勉強会の講師となり,SAA認定に向けたトレーニングを内製化,2020年度は全5回に渡って開催され,40名を超える社員がこれを受講しました。そうした積み重ねの結果,2021年現在の同社には90名のAWS認定資格者が在籍し,さらに資格取得者が活躍するクラウド開発/運用案件が急増しています。この3月にも認定試験に挑戦するメンバーがいるとのことで,さらに資格取得者の数が上積みされそうです。

2019年に18名の選抜メンバーの受講から始まったクラウド人材育成はトレーニングの内製化がすすみ,現在は90名の認定資格者を有するまでに。有資格者が活躍する現場や案件も増加中とのこと

2019年に18名の選抜メンバーの受講から始まったクラウド人材育成はトレーニングの内製化がすすみ,現在は90名の認定資格者を有するまでに。有資格者が活躍する現場や案件も増加中とのこと

原田氏は「内製化のメリットは,自分たちの体験を生々しく伝えられることだと思っている。正直,⁠高いスキルを取得した)優秀な技術者の力をチームにどう還元していくかはまだ試行錯誤のなかにあり,成功と失敗を繰り返しているところ。しかし(会社と個人の)成長を加速させるには,個々人の経験をみんなの経験にしていく必要がある。会社が成長機会を与え,個人が能力を発揮することで双方が成長し,その循環が我々のめざすより良い社会の実現につながっていく」と語っていますが,人材育成と業務への実践が良いサイクルで,かつスピーディに循環していることがうかがえます。

なお,オムロン ソフトウェアには現在,事業部横断のCCoE(Cloud Center of Excellence: クラウド推進組織)があり,研修や実践で得た経験を「みんなの経験」にし,集まった知見を共通基盤として"組織知"化する取り組みがCCoEを中心に展開されています。CCoEはクラウドによるビジネスの活性化だけでなく,新たな顧客価値の創出,ひいては社会への貢献につながるものとして採用する企業が国内外で増えていますが,人材の内製化においても大きな効果があるようです。

オムロン ソフトウェアのCCoEは個人の技術者が取得したスキルや知見を組織値に昇華する役割も果たしている

オムロン ソフトウェアのCCoEは個人の技術者が取得したスキルや知見を組織値に昇華する役割も果たしている

不可能を可能にした“社員が相互理解に努める風土”

原田氏は最後にクラウド人材育成における重要なポイントを以下のように総括しています。

成長サイクルを回すしくみを作る
専門家(ここではAWS)の力を借りて一気に立ち上げる→実案件で学んだ知識や技術を磨きながらさらに実践的な知見を得る→技術者コミュニティやCCoE活動で人と組織をつなげ,個人の力から組織の力へと変えていく
マネジメント(経営層)/CCoE/技術者が同じ方向を向いて進んでいく
マネジメントは人材育成の投資判断と成長を考えた業務アサイン(学んだ知識を活かせる現場を用意する)を,CCoEは全社レベルでの人材育成強化策の立案/実行,さらに組織知としての知見の蓄積/展開を,技術者は技術で価値創造を図るべく顧客価値の創造とOJTでの人材育成,さらに知識の共有/展開を,それぞれ図っていく

人材育成にかかわる全員が同じ方向を見て進んでいく ―これを実現するには人材育成に対する確たる文化が社内に醸成されていることが不可欠であるように思えます。オムロン ソフトウェアが最初のトレーニングに参加させた18名のメンバーは,各事業部のコア人材でもありました。

AWSの1日コースのトレーニング時間が約8時間とすると,ひとりのメンバーがトレーニングに費やした時間は20日間に相当します。6ヵ月のうち,まるまる20日間,優秀な人材が現場から離れることになれば,実業務に支障が出るおそれも否めません。初の選抜メンバーに選ばれた新宅氏は「正直,これほど長期間に渡ってのトレーニング参加をよく許可してくれたと思う」とコメントしていましたが,事業部や経営層には現場の混乱や業務の遅滞などに対する不安はなかったのでしょうか。原田氏にその質問をすると,以下のような回答が返ってきました。

「今回の施策は経営トップ(代表取締役社長)と各事業部の長が事業戦略会議にて議論の末に判断したことであり,経営陣全員が納得した状態で実施しました。現場レベルでは葛藤があったかもしれませんが,それは選抜されたコアメンバーの努力(できるだけ他のメンバーに迷惑がかからないようにする)と現場メンバーとの対話によって乗り越えていったと考えています。当社は,1on1ミーティングの導入など社員どうしの対話による相互理解をとても大切にしています。その相互理解の風土も,さまざまな施策の推進に寄与していると考えています」⁠原田氏)

冒頭で紹介したAWSジャパンの岩田氏は,DX人材育成の成功ポイントとして

  • トップダウンアプローチ
  • 人材育成に関する推進組織/推進メンバーの存在(CCoEなど)
  • 育成ゴールの明確化

の3点を挙げています。今回紹介したオムロン ソフトウェアの取り組みはこの3つのポイントをすべてクリアしており,加えて原田氏のいう「社員どうしが相互理解に努める風土(文化⁠⁠」が,個人,同僚,そして会社全体の成長をうながす潤滑油として効果的に機能していることがわかります。


調査会社の英AlphaBeta 共同創業者兼ディレクターであるフレイザー・トンプソン博士は,日本を含むAPAC6カ国を対象にデジタルスキルに関する調査を行ったところ,⁠業務でデジタルスキルを活用する労働者の割合を国別比較で見ると日本は58%で,アジア太平洋諸国(APAC)と比較してもそれほど低い数字ではない。さらに"高度なデジタルスキル" - クラウドアーキテクチャの設計,ソフトウェアの運用支援,Webアプリケーションの開発,大規模データモデルの作成といったスキルをもつ人材はデジタルワーカーの2人にひとりといわれている。とくに高度なデジタルスキルの中でもクラウドアーキテクチャ設計スキルは,今後5年間で日本でもっとも需要が高まるデジタルスキルと見られており,さらなる育成が望まれる」という結果が出たとしています。

クラウドアーキテクトを社内で育成するニーズが予測される現在,オムロン ソフトウェアの取り組みは日本企業にとって参考にできる部分が多く,こうした事例の共有もまた同社がめざす「より良い社会の実現」への一歩のように思えます。

著者プロフィール

五味明子(ごみあきこ)

IT系の出版社で編集者としてキャリアを積んだ後,2011年からフリーランスライターに。フィールドワークはオープンソースやクラウドコンピューティング,データアナリティクスなどエンタープライズITが中心。海外カンファレンス取材多め。Blog 「G3 Enterprise」やTwitter(@g3akk),Facebookで日々IT情報を発信中。

北海道札幌市出身/東京都立大学経済学部卒。

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