エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #3 「葛藤」を財産として意識的に管理しよう

2008年7月15日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 3 分

GTDによって葛藤を測る

GTDによって自分のタスクをまとめ定期的にレビューすることの意味は,このような「葛藤」を可視化することにあります。

ブログのネタ帳をGTDによって管理していれば,⁠表現」という側面と「情報提供」という側面が両方そこに見えてきて,自分がどちらに重点を置いているか自然と考えることになります。あるいは,⁠委員会」に参加していれば,その会合の予定やそこで命じられた仕事が,本業の仕事の中に食い込んでくる様子が,GTDのタスクリストの中に見えてきます。

そして,タスクを消化するたびに,その「葛藤」の狭間で悩んでいる自分の姿も見えてくるでしょう。なぜなら,タスクを消化するとは,何らかの小さな決断をすることだからです。決断のためには,何らかの価値観にコミットすることが必要で,そこで「葛藤」に触れざるを得ないからです。

たとえば,⁠セキュリティ委員」として,同僚が使用している規定外のソフトのアンインストールを求めるとします。その同僚は,⁠自分の仕事を効率化するためにはこのツールがどうしても必要だ」と抵抗するでしょう。ここであくまで規定通りのアンインストールを強行すれば,1つのタスクが消化されますが,それは「委員会」の価値観にコミットすることです。あるいは,同僚の主張を受け入れ,そのソフトの使用許可を「委員会」に求めることにしたら,そこで1つのタスクが発生しますが,それは「現場」の側の価値観にコミットすることです。

抽象的に「企業のセキュリティはどこまで徹底すべきか」等と考える人は少ないと思いますが,具体的に日々のタスクを1つ1つ消化していく中で,意識しないうちに何らかの価値観にコミットしているのです。GTD,特にレビューというフェーズは,このようなタスクの中に暗黙に含まれている価値観と葛藤を,明示的に意識する機会になります。

葛藤は財産である

完全に指揮命令系統が整理されている企業には,このような意味での「委員会」はありません。どのツールをアンインストールすべきかということは,上位の組織で決定されて,その命令は「委員」でなく「上司」によって伝えられます。⁠上司」の命令は一つの価値観によって明確に優先順位が定義されています。

そういう企業の中では仕事の中で悩むことは少なくて,仕事は楽だと思いますが,そのような単一の価値観に支配された企業は,現代の複雑な環境の中で生き残っていくことが難しいのではないかと思います。

環境に適応しようとしている企業では必然的に,いくつかの「委員会」⁠やプロジェクトのような本業と別系統の組織)を置くことになるし,⁠委員会」の価値観と「現場」の価値観を擦り合わせる役割を,それぞれの「委員」に求めていくことになります。

そして,⁠委員」として,その調整に苦労することは,生きた情報により多く接することでもあります。⁠委員」を通して,⁠現場」「委員会」は情報交換をしており,そこから企業の本質的な価値が発生しているからです。

もし,頑強にアンインストールに抵抗したり,こっそりと規定違反のツールを使い続ける人がいたとします。その人が「現場」の中でも問題児とされていればまだ対応は楽ですが,⁠現場」における評価が高いとしたら,対応に苦慮することになります。

しかし,その場合には,その人の使うツールやその活用法はその人の仕事の仕方の重要な要素であり,貴重な情報になるでしょう。それが「委員会」の許可リストに入っていないのは何故なのか,そこを踏みこんで調べていけば,セキュリティやコンプライアンスといった特定の狭いテーマに関わる問題ではなく,もっと深いレベルで現場の中での情報共有のあり方の問題に気がつくはずです。

これをまとめて「現場」「委員会」に提案すれば,評価される可能性が高いでしょう。もし,そのような「葛藤」に関する情報,⁠葛藤」を解決する努力が認められないとしたら,それはあなたの所属する組織の持つ問題点であり,それを知り意識することは,少なくともあなた個人にとって大きな価値を持つものです。

どちらにせよ,自分が直面している「葛藤」には重要な意味があるし,多くの場合,貴重な情報源になります。

その意味で「葛藤とは財産である」と言えるでしょう。

逆に,このような「葛藤」を経験することなしに毎日仕事をできているとしたら,それは,あなたの仕事やポジションに問題がある兆候であると言えるかもしれません。

もちろん,⁠葛藤」はストレスの元でもあり,過剰な「葛藤」はトラブルの元です。ですから,多ければいいものでもありませんが,適切なレベルの「葛藤」は必要なものである,財産であると言えるでしょう。

また,努力したり調整したりしてある程度は解決できる「葛藤」もあるし,どうやっても解決できない「葛藤」もあります。難し過ぎる葛藤ばかりでは日々の仕事は進まないし,簡単に解決できる葛藤(⁠⁠対立」「変化」に近い葛藤)だけでは,財産としての安定性に問題があります。金融資産と同じように「葛藤」のポートフォリオにも適切な組み合せがあるかもしれません。

まとめ─葛藤のマネージメントツールとしてのGTD

ここまでの3回分をまとめると以下のようになります。

  • 仕事を巡る環境は大きく変化しており,⁠葛藤」が不可避になっている
  • 一番大きな「葛藤」は,⁠仕事」「プライベート」の間の「葛藤」
  • 「葛藤」が無い組織が価値を生んだ「マスオさん」の時代は過去のことである
  • 組織にとっても個人にとっても「葛藤」が価値創造の源泉である
  • GTDは「葛藤」を可視化し,マネージメントするためのツール

つまり,仕事の環境が従来通りならば,GTDのようなものは不要だと思います。単一の価値観,単一のプロジェクトで仕事ができて,それがプライベートなことと関連が無ければ,もっと適切な方法論があるし,多くの場合,それは個人でなく組織の中で解決すべき問題です。上司にまかせておけばよい話です。

しかし,⁠葛藤」⁠変化」でも「対立」でもない「葛藤⁠⁠)が無い所にある問題は,ネットによる情報共有が解決してしまいます。そして,そのような静的な知識は,一番大きな組織,一番優秀な組織に独占されてしまいます。ソフトウェアの世界がその典型ですが,知識労働,すなわち一人一人が「判断」を行う必要のある仕事では,大なり小なり同じ構造があるはずです。静的な知識,整理された単一の価値観から経済的な価値を生むことが難しくなっています。

したがって,企業も個人も,意識的に「葛藤」の中に身を投ずる必要があるのです。それが,日々のタスク遂行の中の混乱として表われてきます。それを管理するために,GTDのようなツールが必要になるわけです。

「葛藤」の中での仕事は,ずっと困難なことでありストレスの元です。ですが,それ自体が価値創造とつながっている以上,これは現代の知識労働者にとって避けようのない問題です。

ですから,むしろ,この問題に意識的に取り組むようにした方が望ましいでしょう。

GTDを始めた人は,⁠タスクを全部書き出す」「タスクを頭の中から追い出し頭を空白にする」ことの気持ちよさに驚くことが多いようです。これは単に仕事を忘れるということだけではなくて,その背後に必然的につきまとう「葛藤」を忘れるということだと私は思います。⁠葛藤」の中に入る時間,出る時間を意識的にコントロールするということが,GTDの一番重要な意味ではないでしょうか。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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