エンジニアのためのSoulHacks

Soulhack #12 梅田望夫さんの本をガイドブックとして活用しよう

2009年4月15日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 0.5 分

一身にして二生を経るがごとし

自分が死ぬ時に自分の一生を振り返って何を考えるか,それは予見できるものではありません。

しかし,それがわからない理由は,ふたつあります。ひとつは,自分を取り巻く環境がこれからどう変化していくか予想できないから。

もうひとつのもっと重要な理由は,自分自身がどう変化するかを予想できないからです。

たとえば,ネットや携帯がなかった頃に自分が暇な時間をどう過ごしていたか,電車の中の移動時間をどう使っていたか。あるいは,長期の住宅ローンを組む時に,自分の人生設計がどういうものだったか。そういうことについて,実感を伴なって思い出せるでしょうか。

20年前,10年前の自分が考えていたことは今とずいぶん違うし,そのころ予想した未来の自分と,今の自分とは相当違っているのではないでしょうか。

だから,これからの自分の人生の中で,自分の価値観がどういうふうに変化していくか,それは予想できるものではありません。

唯一確実なことは,⁠将来の自分は,今の自分のようには考えないだろう」ということです。

そういう確実に変化していく自分をかかえて,どうやって人生を生きたら悔いのない人生を送れるか。

『ウェブ時代をゆく』の冒頭に引用されている,⁠あたかも一身にして二生を経るがごとし」という福沢諭吉の言葉は,そういう文脈から受け取るべきものだと思います。

常に何かをやめることを考える

『ウェブ時代をゆく』は,見聞録でありガイドブックであり,哲学や社会学ではなくて,実用的な本です。

その中には,具体的なアドバイスが山ほどありますが,ここでは,その中からひとつだけ取りあげてみたいと思います。それは次の言葉です。

時間の使い方を意識的に組み替えることは「違う自分」を構築することと等しい。

「時間の使い方の優先順位」を変えるにはまず,⁠やめることを先に決める」ことである。

『ウェブ時代をゆく』p.143

私は,これが特に重要なアドバイスだと思いました。

梅田さんご自身は,⁠仕事上の必要がある時を除き,自分より年上の人と会うことをやめた」そうです。それによって,ネットの最先端で活躍している起業家やエンジニアの話を聞き,これから社会に出ようとして悩んでいる若い人の相談に乗る時間を作ったのです。

やめることを先に決めないと,新しいことをやる時間は作れません。

これは「あたかも一身にして二生を経るがごとし」の時代になってはじめて必要とされることです。これまでの社会の中で,自分から何かをやめる決断をする必要がある状況に追いこまれる人は少数でした。そして,それは「過去の自分の決断が間違っていたこと」を認めることとイコールでした。

しかし,⁠自分が変化することを前提として生きる」としたら,別に失敗がなくても「何かをやめることを決断する」ということが必須になると思います。

高速でカーブを曲がるには,自分がカーブに到達する前に,早めにハンドルを切る必要があります。カーブが迫ってからハンドルを切ったのでは,危険も大きいしスピードのロスも生じます。ヘアピンカーブが連続する道では,今現在は直線の道を走っていても,常にどちらかにハンドルを小さく切っている状態が続きます。

人生のカーブを安全に楽に曲がるには,常にハンドルを切っている必要があって,それは,常に「やめることを決断する⁠⁠,少なくとも,常にそれを検討している,ということを意味すると思います。

梅田さんの本について「強者のための本だ」という意見があるそうですが,私は全く逆だと思います。カーブの直前でハンドルを切っても事故を起こさない人が強者であり,そういう人には梅田さんの本は必要ではありません。普通の人,弱者こそが,先にハンドルを切って安全にカーブを曲がるべきでしょう。

「やめることを先に決める」というのは,普通の人に対する具体的で素晴しいアドバイスだと私は思います。

事態が変化する時に,すぐに対応して新しいことをスタートできる人は強者でしょう。そうでない人は,何かをやめてスペースを作っておくべきです。それが難しくても,何をやめるべきか事前に検討しておけば,その瞬間にやめる決断だけはできるでしょう。

私がこの連載の最初にGTDを紹介したのは,GTDがやめることを選ぶ為の基礎データを提供してくれるからです。

日々のタスクを計画しレビューすることが,即,生産性につながるかどうかは定かではありませんが,⁠何をやめるべきか」の答はその中から自然に出てくると思います。それは,社会と自分の変化に対応するためにどうしても必要なものです。

おわりに(自信過剰と不信過剰)

連載を終わるにあたって,最後に,この連載を通して私が言いたかったことを,ひとつ言わせてください。

それは,⁠自分がダメだと言いたい人は,その前にしっかり勉強しろ」ということです。⁠自分はダメな人間だ」と言ったり考えることは,自分に与えられた当然の権利のように考えている人が多いと思います。

別の言い方をすれば,⁠自信過剰」を恐れる人,⁠自信過剰」をいましめる人は多いのに,自分に対する過剰な不信,いわば「不信過剰」の危険性を指摘する人が少ないように感じます。

何か具体的な目標なり基準があって,それと自分を比較して,その特定の価値観の中に限って自分を否定することはかまいません。

そういう限定された意味ではなく,漠然と「自分はダメだ」と考えていて,そう考えることに何も問題を感じてないということを,私は問題にしています。

ある一人の人間を限定をつけずに漠然と「こいつはダメだ」と言うことは大変なことです。それができる人は,途方もない知識と完璧な頭脳を持った人だと思います。

「自信過剰」にも「不信過剰」にも危険性はあります。しかし,どちらかと言えば「不信過剰」的発想に対するリスクに鈍感な人が多く,バランスを欠いているように私は感じます。本人にとっても社会にとっても,⁠不信過剰」にも大きなリスクがあります。特に,現代社会の中では,一定以上の知識,経験を持たない人は「不信過剰」的な発想,発言を自粛すべきではないかと思います。

この連載の中で,多くの本を紹介してきましたが,⁠自分はダメだ」と思う人は,少なくとも,この連載で紹介した本は,全部,精読してほしいと思います。中にはかなり難しい本もあって,なかなか理解できないかもしれないし,予備知識の為に勉強が必要な本もあるかもしれません。

もし,その中の一冊でも理解できなかったら,それは,あなたには「自分はダメだ」という権利はないということです。そんなことを言うには「10年早い」ということです。どうしても言いたかったら,もっと勉強してからにしてほしい。

「自分は素晴しい」⁠自分には可能性がある」と言う為には,知識や才能が必要かもしれません。でも,⁠自分はダメだ」と思うことも同じです。人間とはわからないものであり,そう思えない人は,勉強不足なのです。

謝辞

自分にとっては,ひとつのテーマで1年間の連載を行なうことは,大きなチャレンジでした。これは,編集部の方の励ましと助言がなければ,とてもできなかったと思います。

インターネットの時代,梅田さんの言葉を借りれば「総表現社会」においては,発言しはじめた個人が注目されがちですが,むしろ逆に,そういう時代だからこそ「編集」という行為の価値の重要性は高まると思います。

私としては,全部自分で考え自分で書くブログと違う,⁠編集」のある中で文章を書くという経験は,全く違うものでブログとは別の楽しさがありました。

技術評論社の小坂さん,高橋さんに,この場を借りて,改めて感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

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