Drastic? Dramatic? Tumblr!!

第3回 Tumblrの世界にハマる

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B面:Tumblrは『創造』『自己主張』のツールではない?中野宗

前回は『意見未満,判断以前』のキャプチャツールとしてのTumblrというタイトルで,Tumblrの使いやすさが情報収集の質に変化をもたらした,と説明しました。今回は,Tumblrでの情報収集と「創造」「自己主張」の関係について考えてみます。

Tumblrは創造的なツール? 無為なツール?

Tumblrが生産的なツールなのか,意味のない暇つぶしツールなのかという問いにはあまり意味がないと思います。どんなアイテムをPostしたりReBlogしたりしているかなど,Tumblrとの接し方次第,つまりユーザー次第だからです。

やりようによっては,創作のインスピレーションを得る,文章を書くための切り口を掴むといったことも十分できるはず。ぼく自身,ブログなどまとまった文章を書く際のファーム(ネタ置き場)としてTumblrを使うことがよくあります。

そこでquoteを。

日々嘉綴 総合 : Tumblrで費やした時間をむなしく感じてしまう貴方へ

> 私たちがどれだけの多くの時間を費やして何枚ものセクシィな女性の写真をreblogしたとしても,それは何ひとつ「創作」したことにはならないわけです。もちろんわざと煽り気味で書いていることをご了承くださいw

このことに物足りなさを感じるかどうかははっきり言って人それぞれだと思うんですが,僕はやっぱそれだけだとなんとなく空しくなってきてしまうんですね。もちろん水道管になる気持ち良さっていうのを認めた上でなんですけど,

実はこの引用では,⁠水道管になる気持ち良さ」という感覚に注目したいのです。⁠水道管」という例えはやや無機質な感じがしますが,多くのTumblrユーザにとって合点がいく感覚かもしれません。

⁠アイデアの出し方」「ひらめきを得るには」といったテーマの本を読んだことがある人は多いと思いますが,大抵それらの本では,アイデア出しでは最初に集中的な知識詰め込みフェーズを持つことが重要だと言っています(アイディアやひらめきについての古典アイデアのつくり方⁠/⁠ジェームス W.ヤング)にも,そんなことが書いてありました⁠⁠。

Webを泳ぎ回り,行き当たったページを斜め読みしまくり,浮かび上がってきたキーフレーズをquoteするといったアクションに伴う身体的感覚は,知識を飲み下す「水道管」かもしれません。そしてそれを,何かを生み出す前段階にすることはできます。ぼく自身は,とくに文章を書くことを意識してquoteやReBlogを続けると,いろんな考えが共鳴・反響し,⁠キャナリゼーション(水路づけ・運河化⁠⁠」とも呼べるような結論への流れが起きやすいと感じています。

Tumblrは自己主張に向いているのか

次も,まずはquoteから。

Would You Take a Tumblr With This Man? | The New York Observer

> Tumblr is meant both to give its users another way to cut through the Internet din (“On Digg, for every decent link there are thousands that are just crappy, and you have to do this meaningless action of just clicking on a stupid button,” said Mr. Karp), and to actually represent its users on the Web by allowing them to create an identity that Facebook and MySpace and all the other social networking and blogging sites out there can’t.

Tumblrの創設者David Karpの紹介記事からの引用ですが,特に後半の「Tumblrは,FacebookやMySpaceといった既存のSNSやブログサービス上ではできない方法で,ネットユーザがアイデンティティを表現できるツールだ」⁠意訳)という部分が秀逸です。

前回の記事で,Tumblrは「“Personal Graph(パーソナルグラフ)”の一端としての情報収集の一部始終」をあらわにしていると述べました。Webページのどの部分をquoteするか,どんな写真をReBlogするか,またその頻度や組み合わせはどうかなどのフィルタリングの結果が自己主張になっているということです。⁠主張しているつもりはない」と感じるTumblrユーザーもいるかもしれませんが,少なくとも自己表現の一態様であるはずです。

このあたり,Tumblrは新しいツールなので誰もが納得できるような名づけ方は難しいのですが,たとえば

Keep Zombieness In Yourself - 予告編

> tumblrとかtwitterはぼくの予告編になる。

「予告編」という表現はどうでしょうか。自分という本編の封切間近,創造の一歩手前といった期待も感じられます。

ネット上の自己表現はより断片的,遍在的に

その昔,進んだネットユーザは「個人ホームページ」を持っていて,それは今より構造的なものでした。⁠ようこそ」などのWelcomeメッセージが書かれたトップページではじまり,自己紹介,趣味,旅行の記録,家族やペットの紹介などのページが整然と並んでいました。

'90年代後半,海外ドラマのファンだったぼくは,最新情報欲しさに英語圏の個人サイトをよくチェックしていましたが,彼らのサイトが“Journal”(または“Weblog”)という名の時系列順のページ構造になっていることに気づきました。機能的かもしれないけどちょっと殺伐としているなぁ,と感じた記憶があります。現在は日本でも個人サイトのスタンダードは「ブログ」ですが,⁠ホームページ」時代のネットユーザーが見たら「これが自己表現・主張の場だとは思えない」と言うかもしれません。

⁠ホームページ」に比べると「ブログ」の構造はよりシンプルで,ページのひとつひとつは連続体の一部を切り取ったものに過ぎません。The New York Observerが“新しい方法で自己主張ができるツール”と呼んだTumblrは,さらに小さな断片の集まりです。このように大きな流れを見れば,ネット上での個人の表現はより短く,刹那的で,遍在的(「偏在的」ではありません)なものになっていくのかもしれません。

次回は,ではそんなユーザ同士がTumblrでどうつながっているのか,というテーマに進みたいと思います。

著者プロフィール

ふじかわまゆこ

2000年よりフリーランスでWebデザイン,(X)HTML/CSSマークアップ,Webディレクションなど,Web制作全般の業務に携わる。2007年4月よりWeb制作ユニット「#fc0(エフシーゼロ)」を結成し、主に中/小規模のサイトの企画から制作までを請け負う。1990年よりネット上でのコミュニケーションを通じた人との出会いに関心を持ち,探究しつづけている。WebSig24/7モデレーター。

Twitterhttp://twitter.com/fuuri/

Tumblrhttp://mayunezu.tumblr.com/


中野宗(なかのはじめ)

株式会社アークウェブ取締役副社長/CMO(最高マーケティング責任者)。Webプロデューサー。

オープンソースのECサイト構築ソフトウェアの日本語化プロジェクト「Zen-Cart.JP」の立ち上げ,Web制作者コミュニティ「WebSig24/7」モデレーター,Web屋の“楽しい”社会貢献を志す「WebSigエコ&ピース」代表。最近では自社のTwitterのマッシュアップサービス「ecoったー」「necoったー」や,社会貢献型サービス「Miqqle」の企画など。

個人ブログ:du pope : NAKANO Hajime’s Blog