禅で学ぶ「エンジニア」人生の歩き方

第10回 肩の力の,抜き方と,抜かせ方

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禅語「一人は棒を行じ 一人は喝を行ず 総に親しからず」

ランク:新人 カテゴリ:スキルアップ

「不思善 不思悪」に近しい禅語なのですが,別の切り口で眺めてみたいので取り上げてみました。

棒というのは,痛棒または警策(より正しくは警覚策励)と言いまして。いわゆる,座禅を組んでいて肩とかを「ぺしっ」と叩く,あれになります。
喝というのは,声で叫ぶあれです。⁠一喝する」みたいな言い方をしますね。

どちらも,禅を学ぶ時によく用いられる方法になります。

さてでは質問です。
棒と喝と,どちらが「よりよい」教え方なのでしょうか?

というのがこの禅語の手前にある問いかけです。
そうして,禅語がその問いに対する答えです。
つまり「どっちも同じくらい大事だよ」と。

どうしても。特に見識の幅が狭くなれば狭くなるほど,自分の所在の重要度だけがクローズアップされて見えてくることが多々あります。
もちろん,大抵の場合「そこが重要である」こと自体は,疑いようのない事実です。

ハード屋さんがCPUの設計をしっかりしてくださらなければそもコンピュータ動きませんし,HDDだってメモリだって大切です。

インフラ屋さんが適切なネットワーク設計をしないと,特に大型案件では恐ろしいほどのトラブルが多発しますし,サーバ屋さんのinstall状況やdaemonの各種設定もまた,パフォーマンスに多大なる影響を与えます。

上流設計者の絶妙な設計も,プログラマたちが作る実装も,当然ながら不可欠かつ必須なものです。

では。⁠どの職業/職分が正しい」のでしょうか?
一番重要で,一番正しいのはどの部分なんでしょうか?

ちなみに。人はここで大抵,自分の職分,或いは「過去に最も痛い/酷い目にあった職分」をクローズアップする傾向があります。⁠古傷が痛む」ような記憶をお持ちの方も,わずかながら,いらっしゃるかと思いますが如何でしょうか?

閑話休題

当然ではあるのですが,上述に順位など付けられるものではありません。どれもがみな,大切で不可欠なのです。

そうして。
上述でわざと取り上げなかったのですが。

上述以外にも「あなたとは違う正しさを持った」人たちがいるのです。

つまり。

技術屋が技術の見地から重要であると考えるのと同じくらいに,営業さんは営業という見地から,デザイナはデザインという見地から,経営者は経営という見地から,いろいろなことを考え,優先順位をつけているのです。

営業と技術とデザインと経営と,どれが大切ですか?

答えは一緒です。全部大切なのです。どれ一つとして,軽視してよいものはないのです。

技術屋がものを作らなければそもお話しになりませんし,また同じくらいにUIや見た目というのは軽視できない以上,デザインもまた不可欠です。

そうやってできあがった商品をお金に換えてくれる「営業」という職分なしに我々の報酬は発生しませんし,その営業する方向に対する舵を取る「経営」が舵を取り間違えれば,船はあっという間に難破船です。

つまり,だからこそ。

一人は棒を行じ 一人は喝を行ず 総に親しからず

あなたはあなたの職分を行じ,相手は相手の職分を行じる。そうして,大切なのは適材適所。

相手を自分をその職分を否定してしまいそうな時に。
思い出してみてください。そのいずれもが「大切である」ことを教えてくれる,この禅語を。

禅語「己事究明」

ランク:中級 カテゴリ:疲労回復

「こじきゅうめい」と読みます。己事とは自らのこと。つまり「自分自身を究明する」ということですね。

どうしても,人は「らしさ」を求める傾向があるようです。

男らしさ女らしさ,現代人らしさにエンジニアらしさ,人間らしさに自分らしさ。……これだけらしさを重ねると,なにやらゲシュタルト崩壊を起こしそうですが。

とはいえ。やっぱり「本当の自分」とか「自分探し」とかって大切ですよね。

自分自身を見つめ,己を知り,己の人生の意味を,自らが生まれた意味を,本当の自分を知ること。
今ある偽りの自分ではなくて,自分の中にある本当の自分を如何に探し出すか。
そのためには,常に自らを見つめ,今表面にある,上っ面の「嘘の自分」の中にある。⁠本当の,素晴らしい自分」というものを見つけ出さなければなりません。

……って言葉で頷いた人は要注意です。

そも。まず「自分」ってなんでしょう? 或いは,探そうとしている「本当の自分」って,なんですか?
⁠本当の自分」があるのだとしたら。今いるあなたは「嘘の自分」なのですか? 偽物なのですか?
嘘の自分ってなんですか? ⁠嘘の自分」と名付けている自分もまた,あなたの一つの側面ですよね?

だとするのであれば。今のあなたも「嘘の自分」も,等しく「本当の自分」なのではないでしょうか。

ひとは,らしさという言葉に「過去(の,特に栄光⁠⁠」と「理想」を盛り込みます。
それもぉたっぷりと。
特盛りつゆだくだく,なんて目じゃないくらいに盛り込んでしまいます。

「昔はこうだった」⁠こういう風になれればいいのに」そんな様々を「らしさ」という言葉でラッピングして,さらに「こうだったらきっと周りも凄いって思ってくれるはず」的に綺麗にデコレーションしていきます。

そんなデコレーションされて過剰包装な理想像を,豪華な額縁か何かに飾って「本当の自分なんだ」と思いたがってはいないでしょうか?

無論それがよい形で出るのであれば。つまり「切磋琢磨する原動力」になるのであれば,別段引き留めるつもりもないのですが。

ただ,そんな「らしさ」を追求するあまりに自らを痛めつけてしまうのであれば。自らにストレスとなるほどの負荷をかけてしまうようなものであるのならば。無理な無茶な背伸びしかできないのであれば。自らを否定してしまうようなマイナスを引き起こしてしまうのであれば。

一度。少々立ち止まり,見直してみるべきなのではないでしょうか?

とある漫画に,こんなエピソードがあります。
記憶を失って,自分の正体すらわからなくなった怪盗がいました。その怪盗は「自分の正体を知りたい」というだけで,残虐非道の数々を繰り返します。
ある事情から,その怪盗に誘拐されてしまったヒロインが。
怪盗の「やっと本当の俺に戻れるんだ」というつぶやきを耳にして,つい口にしてしまう言葉がありました。

「今ここにいるあなたも……あなたの正体(なかみ)じゃないの?

人の正体(なかみ)なんてどんどん付け足されていくと思う
悲しいきっかけで望まない生き方を選んでしまうこともある
だから今までさ迷ってきたあなただって……
あなたの正体(なかみ)の一部でしょ?

私にとってのあなたは……
そういう正体(なかみ)を持った人間だよ」

言われた瞬間,怪盗は逆上しました。

ただ……ずいぶんと巻を隔てた後ですが,怪盗は「すべての経験が合わさって,今の自分を構成していること」を,すなわち「自分であること」を,取り戻すことができました。 逆上したのは「自らが認めたくない図星であったから」だったのではないですかね……というあたりは少々余談ですが。

辛いことがあって楽しいことがあって。誇りたい自分と隠したい自分とがいて。格好よい自分とみっともない自分がいて。
そのすべてが合計された「今」が,今のご自身なのではないでしょうか?

否定したい自分を,今の自分を,切り捨ててしまうのではなくて。
まず,今の自分を肯定して愛して。その「上に」成り立つ新しい自分を,一歩づつ踏みしめてみるのも楽しいと思うのですが,如何でしょうか?

そうして,そうやって今の自分を肯定していくことこそが,本当の意味で,自らを探す,つまり「己事究明」に,繋がるのではないでしょうか?

著者プロフィール

がる

こなしている職業を語ると「……で,何屋さん?」と聞かれる,経歴が怪しいエンジニア。「知のコラボ」とか「シナジー」とかって単語で上手に糊塗してみたい。