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受託開発の極意 ―― 変化はあなたから始まる。現場から学ぶ実践手法

プラスαを生み出すには― 興味,遊び心,相手のうれしさ

岡島幸男

プラスαは競争力

拙著『受託開発の極意』には「プラスα」に言及している箇所が2つあります。一つは第2章「サービスは見積りから始まっている」での見積りにおけるお客さまへのプラスαであり,もう一つは第7章「チームで成功を目指す」でのチームメンバーへのプラスαです。いずれも,サービスの競争力を上げるには他人とは違う魅力をアピールしなくてはいけない,といった趣旨です。

しかし実際問題として,お客さまやメンバーに対してプラスαを提供できている人はどの程度いるのでしょうか。また,それができないとすれば,その理由は何なのでしょうか。

今回の記事では,私のチームが最近実施した「プラスα」活動の紹介を通じ,プラスαを生み出すために個人が持つべき意識と,組織が備えるべきビジョンについて考察します。

プラスαを促進するもの

『受託開発の極意』第2章では,プラスα活動の例として見積り時における「実際に動作するデモやモックアップ」を挙げています。これは競合他社を上回るインパクトを与える効果と,お客さまのシステムに対する要望をよりクリアにする効果を狙っています。

さらにこれらの狙いに飽き足らず,最近私のチームでは,「自分たちのモチベーションをお客さまに見せること」を目的としたプラスα活動を行いました。

具体的には,私たちの開発したハード制御用ソフトウェアを「レゴ マインドストームNXT」上に移植し,動かしてしまったのです。NXTに搭載されたセンサーやモーターを,制御対象のハードと見立てて動作させました。

つい先日お客さまにデモを行い,たいへん喜んでいただけました。

  • 「開発者のモチベーションを感じました」
  • 「ものすごくびっくりしました。普通こんなことしませんよ」
  • 「最高です!」

といった私たちにとっては最大の評価や,

  • 「あそこを,こうすると,デモはさらに良くなる」

といったフィードバックもいただき,単なるデモに終わらない感触を得ることもできました。

ただ実は,お客さまからはすでに一定の評価は得ており,次の案件は受注済みだったのです。にもかかわらずなぜ工数(数人日使っています)をかけてこのようなプラスαを実施できたのでしょうか。この実践例を題材に,何がこのような活動を促進するのか考えてみます。

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「それ,おもしろいよね!」という遊び心

そもそもの発端は,メンバーの技術的な好奇心でした。空いている時間を使い,独自にNXT上に実験的な移植を行っていました。しかしこの時点では,これをお客さまに見せようとは考えていませんでした。

この話を私が聞きつけ,「これ,もっとちゃんと作って,お客さまに見せちゃおう!」でスタートしました。

私は自分たちの書いたソフトウェアがNXTでも動くという事実に,自分たちの仕事の可能性と,なにより理屈抜きのおもしろさを感じワクワクしました。そして「自分がワクワクすることはお客さまも同じように感じるに違いない」と思いました。この感覚は,実はとても重要なことなのです。お客さまに対するシンクロ度の高さの表れなのです。

「お客さまにとってのうれしさ」の追求心

こうしてこの活動は,正式にプロジェクトのタスクとして実施されました。

メンバー同士による内部デモとレビューを繰り返し行い,「より私たちの開発したソフトウェアのうれしさが見える」「ソフトウェアの仕様詳細を知らない人にもわかりやすい」内容へとデモの完成度を高めていきました。

これはひとえに「お客さまにとってのうれしさの追求心」のなせるわざです。「今回のデモだけ」がんばっているのではなく,普段からこの意識を徹底しているからこそ現れるプロ意識です。

「制度」の後押し

NXTは安い買い物ではありません。1体3万円以上します。デモを有意義なものにするには最低2台は購入する必要がありましたが,普通はこのような業務に直接関係しない備品を購入することは難しいものです。

しかし,私たちの部署には「Wise Person」という制度がありました。お客さまやメンバーのためになることであれば,ある程度メンバー各自の裁量で使ってよいお金があるのです(それほど大きな金額は扱えませんし,活用にあたり上司の許可は必要です)。

この制度を使い,NXTを購入することができました。もし,この制度がなかったら間違いなくこのデモは実施されていなかったでしょう。「お客さまのため」とはいえ,お金がからむと行動は「事なかれ」になりがちです。上司に面倒な交渉をしてまで,プラスαを貫ける人は稀でしょう。しかし開発者の背中を後押ししてくれる「制度」によって,行動は促進されるのです。

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プラスαを妨げるもの

今度は逆に,プラスαを妨げるものについて考えてみましょう。

組織ビジョンの欠如

そもそも「お客さまのためにプラスαの行動を起こしたい!」というモチベーションは,個人だけでなく組織全体のビジョンからもたらされる必要があります。どのような組織でもやる気のある人はいるでしょうが,それを継続し,実際に活動に移すには仲間が必要です。そのためには,その活動を承認し支援してくれる組織と,それを裏打つビジョンの存在が欠かせません。

これがないと,プラスαは単に「出る杭」となり,でしゃばった行動,理解できない行動として叩かれてしまうことになります。

コスト至上主義

受託開発に限らず,すべての企業活動においてコストは非常に重要です。マネージャだけでなく,現場の開発者一人ひとりがコスト意識を持ち,無駄を排除する意識を高めなくてはいけません。

しかし,コスト至上主義が行き過ぎ,しかもそこになんのビジョンもない場合,プラスαの活動は阻害されることになるでしょう。

今回の例では「Wise Person」制度で足りない経費は,プロジェクトの経費から営業費用として捻出しています。これは「今回のデモ活動はお客さまに対する営業活動であり,将来プラスの効果をもたらすはずである」と上長に認められたからこそ可能となった拠出です。でも,「見返りに具体的根拠がない」「すでに受注しているから無意味である」などというコスト至上主義が行き過ぎた組織であったなら,きっとこの出費は認められなかったでしょう。

まとめ

プラスαの行動が,必ず目に見えて,しかもお金に換えられる結果として返って来るかどうかはわかりません。しかし,活動の成果とその過程で得た経験は必ず,それを実施する開発者と,それを後押しするビジョンと制度を持つ組織にプラスをもたらします。お客さまと開発者,そして組織それぞれのWin-Winを目指すためにも,技術に対する興味と遊び心,そしてお客さまのうれしさを忘れないプロ意識を持ち続けたいものです。

著者プロフィール

岡島幸男(おかじまゆきお)

1971年福井県生まれ。同志社大学経済学部卒業後,(株)永和システムマネジメントに入社。2003年よりサービスプロバイディング事業部にてシステムインテグレーション業務を担当。複数のチームをマネジメントする立場から,プロジェクトファシリテーションの実践に取り組んでいる。

趣味はクワガタの採集とブリード。著書に『受託開発の極意』(技術評論社,2008),『プロジェクトを成功させる現場リーダーの技術』(ソフトバンククリエイティブ,2006)。

ブログ:http://d.hatena.ne.jp/HappymanOkajima/

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