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受託開発の極意 ―― 変化はあなたから始まる。現場から学ぶ実践手法

受託開発の「作りすぎの無駄」を防ぐ

岡島幸男

なぜ作りすぎてしまうのか?

リーン開発の本質』を読んで改めて考えました。なぜ,受託開発でも作りすぎてしまうのか? 製品(パッケージ)開発とは違い,受託開発では,お客さまから要望のあった機能のみ作られるはずです。

もちろん問題はそう単純ではありません。イテレーション開発やアジャイル開発が生まれた背景には,「そもそも要件が最初に完全に決まることはありえない」というソフトウェア開発50年の歴史から学んだ経験則があります。

作りすぎの無駄

私が言うまでもなく,要件は揺れ動きます。お客さまのニーズはシステムの開発期間を通じて少しずつ固まります。その影響で,要件や仕様が増えたり減ったり変わったりするのです。

「28分の10」。これは私が担当したあるシステムの設定項目(プロパティ)のうち,「利用されていない項目の数」です。28の設定項目のうち,10個は実際には利用されていません。約35%です。これら10個は要件変更のあおりを食って削除された機能のなごりであり,結果的に無駄になってしまった部分です。同様に,設定ファイル6つのうち2つはまるまる使っておらず,2つの実装済みのユースケースが利用されていません。

使わない機能,使ってもらえない機能をリリースしても無意味です。せっかく作っても,泣く泣くお蔵入りです。

とはいえ,そこには受託開発固有の事情もあり,それを掘り下げることで無駄を減らすヒントが見つかる可能性があります。前置きが長くなりましたが,これがこの記事の狙いです。

その1.空き稼働問題
空き稼動は悪

実情として,受託開発ビジネスは「人月商売」であり,「空き稼動は悪」です。プロジェクトにアサインしたメンバーには,なんらかの付加価値を生み出してもらわなくてはいけません。これはプロパー(自社の社員)であっても,パートナー(協力会社の社員)であっても同じことです。

つまり,「遊んでるくらいならコード書け」というプレッシャーが,特にリーダーやマネージャにはつきまとうのです。

もちろん私にも経験があります。パートナーさんと契約をしたのに何もしてもらうことがないという状況は,お金を垂れ流していることに等しく,結果的に「先行着手」という消極的な行動を選択してしまうのです。

先行着手とプロトタイピングは違う

要件がはっきり決まっていなくても手をつけやすそうな部分,つまり,

  • 仕様が理解しやすい
  • 以前似たような業務を経験している
  • 技術リスクが低い

といった機能が選ばれて先行着手されることになります。これはプロトタイピングに似ているようですが,このような先行着手は断じてプロトタイピングではありません。

プロトタイピングは,

  • 仕様が理解しにくい
  • 初めて経験する業務である
  • 技術リスクが高い

といった機能に対して積極的に行われるべきものです。プロトタイピングではほとんどの場合,無駄になる(=リリースされない)ことはありません。また,万が一リリースされなくても気にすることはありません。プロトタイピングの目的は「本質的なリスクの軽減」であり,それが達成できれば書いたコードが捨てられようがかまわないからです。

一方,消極的な先行着手は,空き稼動を避けたいという「非本質的なリスクの軽減」のための行動です。稼動で重要なのは質であって,時間ではありません。時間つぶしのための稼動こそ無駄なのです。

本質的な問題にチャレンジせよ

要件が固まっていない時期や契約の都合で動きが取りにくいときこそ,つまり稼動できず一見無駄が発生しそうなときこそ,プロジェクトの本質的な問題に,メンバー一丸で取り組むべきです。

マスタメンテナンスなどいつでも作れます。いつでも作れるものを先行着手してはいけません。最も難しい問題にチャレンジすれば,その結果は無駄にはなりません。

たとえば,お客さまが一番期待しており,かつ一番難しい要件を分析し,動くものを作ってしまうのも手です。また,開発が本格化したときに備え,テスト計画の具体化・詳細化,テストに必要な工数の実測を行い,品質基準を作り上げてしまってもよいでしょう。

その2.リプレース案件
リプレースは簡単ではない

もう一つ,受託開発にありがちなのが「リプレース案件における作りすぎの無駄」です。

受託開発では完全な新規開発はむしろまれで,すでにあるシステムの置き換えが多くなります。ダウンサイジングやオープン化といった懐かしいキーワードを思い出してください。これらは基本的にはリプレースなのですが,単に機能を新しいOSやプログラミング言語に置き換えるわけではありません。

しかし現実にありがちなシナリオとして,お客さまから「今とまったく同じものを作ってくれ」とお願いされることがあります。つまり,「今とまったく同じであること」が要求なのです。

「まったく同じ」はない

伝統を長く守り続けている職人は,ずっと「まったく同じであること」を実現するために,むしろ小さな変化を取り込み続けています。

たとえば蕎麦。同じ「かえし」(蕎麦つゆに使われる調味料。店ごとに特色がある秘伝)を実現するにも,醤油や酒,水の質は時代によって変わります。50年前とまったく同じ質の醤油が今も仕入れられるとは限りません。

システムの仕様も同じことだと思います。現システムとまったく同じ見栄えや機能を実現しても,お客さまが同じように満足を感じるかどうかはわかりません。むしろ,今の時代に合わせた価値を求められているのです。

ここの感覚がお客さまと合わないと,「まったく同じように作ったのに」お客さまの満足は得られず,下手をすると使われない,無駄な機能になってしまいます。

新規のつもりで検討する

「全部同じ」リプレースであっても,新規開発のつもりで要件を再検討しないと無駄が発生します。

私は以前,「稼動して1年たって,一度も印刷されていない帳票」を作ってしまったことがあります。業務の本流から少し外れた機能であったため,「とりあえず現システムと同じでいきます」と提案してしまったのです。

むしろ,このようなあまり重要でないと思われる機能こそ,業務全体の流れからその必要性を検討すべきでした。お客さまは機能を減らさないことに関しては寛容なものです。それに甘え,リスクも低そうだしとりあえず作ろう,といった考えが無駄を生みました。

かかった工数を別の機能,たとえばデータメンテナンスツールなど保守性を向上するための機能にまわせば,システムにかかるコストはもっと下げられたはずです。

まとめ

特に受託開発では,「消極的な先行着手」と「リプレースの油断」という2つの罠によって,作りすぎの無駄が発生しがちです。目の前の作業が進めばよい,無難に同じものを作っておけばよい,といった部分最適な考え方ではなく,プロジェクトとシステム全体の観点からの最適化を考えなくてはいけません。

確かにスコープやコストの調整は,マネージャやリーダーの役割ではありますが,開発者一人ひとりが意識しておきたいポイントです。

著者プロフィール

岡島幸男(おかじまゆきお)

1971年福井県生まれ。同志社大学経済学部卒業後,(株)永和システムマネジメントに入社。2003年よりサービスプロバイディング事業部にてシステムインテグレーション業務を担当。複数のチームをマネジメントする立場から,プロジェクトファシリテーションの実践に取り組んでいる。

趣味はクワガタの採集とブリード。著書に『受託開発の極意』(技術評論社,2008),『プロジェクトを成功させる現場リーダーの技術』(ソフトバンククリエイティブ,2006)。

ブログ:http://d.hatena.ne.jp/HappymanOkajima/

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