羽生章洋『はじめよう!システム設計』刊行記念特別インタビュー~角征典から見た2018年の上流工程とカスタマーエクスペリエンスの時代

第3回 はじめよう!プロセス設計[前編]

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プロセス設計は忘れられた「黒歴史」

――まあでも「プロセス設計」のほうが普遍的な言葉だから,長く持たせようと思えばそっちのほうがいいですよ。

羽生:読んだ人はね,みんな褒めてくれんの。でも……。

――あ,本を手に取るまでが。

羽生:そう。自分に関係があると思って買ってはくれない問題があってね。そもそもなんでみんなこんなにやらないんだろう,まあ知らないからやれないんだけど,なんで知らないんだろうって調べたの。そしたら,昔僕たちが読んでたような本が今絶版なのよ。たとえば,IE(インフォメーションエンジニアリング)って今手に入んないじゃないですか。

――手に入らないですね。ぼくは古本で買いました。

羽生:良かった。僕ね,IEを読んでない人の語るソフトウェア開発プロセス論って,あーはいはいって感じで流しちゃうんだけど(笑⁠⁠。働き方とか見える化とかって,90年代にブームになっているんですよ。BPRとか仕事の流れ図を書こうみたいな本がすっごいたくさん出てて。でも,今はほんとになくって,何冊かあるにはあるんだけど,どれも悪くはないんだけど,なんていうかちょっと……。

――要件定義の本と一緒で,おじさんが読む系って感じですかね。

羽生:そうなんですよ。この話題に飛びついた人たちが読む感じのものにはなっていなくて。

――歴史に埋もれちゃってますね。

羽生:そうそう。だから,それをもう一回掘り起こす必要があるんですよ。これはね,まさに「∀ガンダム」※1のテーマであるところの「黒歴史⁠⁠。∀ってね,ザク※2を掘り出して「ボルジャーノン」って名前を付けるんですよ,ザクって名前を知らないから。そうそう,数年前にartonさん※3「∀を見てないのはどうかと思う」って言ったら,素直に50話見て「よかった」って言ってくれたの。

――ちゃんと見たんだ,すごい(笑)。

羽生:すごいよね。artonさん,いい人だから(笑⁠⁠。⁠∀」はほんと素晴らしいから。お勧め。長いけど。まぁ,それはともかくとして,要するに「黒歴史」っていうのは,今は恥ずかしい思い出みたいな,人に言えない思い出みたいなイメージだけど,元々はいろんな出来事があって人々の記憶から忘れられてしまった,歴史に埋もれてしまったという意味なんですよ。

――『はじめよう! プロセス設計』「黒歴史」を掘り起こしたものであると。

羽生:まさに。プロセス設計は昔あったのに,今ないから,これを全部掘り返すんだっていうね。

「∀ガンダム」のオープニングのワンシーンを元にした『はじめよう!プロセス設計』の裏表紙イラスト

「∀ガンダム」のオープニングのワンシーンを元にした『はじめよう!プロセス設計』の裏表紙イラスト

※1)
ガンダム20周年記念作品として作られた全50話のTVアニメ。∀と書いて「ターンエー」と読む。黒歴史という言葉の出処とされる作品。1999年放映開始。総監督は当然,富野由悠季。
※2)
機動戦士ガンダムに出てくるモビルスーツと呼ばれる巨大人型兵器(要するに巨大ロボット)のひとつ。
※3)
『C#逆引きレシピ』『独習C 新版』など多数の技術書を執筆している人物。技術評論社の本だと『Seasar2で学ぶDIとAOP』がある。また,同氏の日記での書評には定評がある。公式プロフィールによれば「2017年12月からロボット投信株式会社に勤務⁠⁠。みんながびっくりした。

顧客になる義務も義理もない

――最近だと「サービスデザイン」とか「カスタマージャーニー」みたいなのも,ここで言うプロセス設計と近い感じはありますよね。

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羽生:そうなんですよ。結局,ユーザーストーリーの最後の項目があるじゃないですか。⁠なぜなら何とかだからだ」っていう。あれを抜きにしてやってもダメなんですよ。エロゲーのバトルにこういうエロい機能があったらユーザーがガンガン課金して金落とすんだよ,とかね。業務システムなんかでも,こういう機能があれば現場が楽になるんだよ,みたいなこと言うんだけど,それって本当か? と。こっちが作りさえすれば,ユーザーは利用して当たり前でしょ,みたいな傲慢さですよね。

――使ってもらうためにどうするかが抜けている。

羽生:そう,ユーザーには使う義務なんかないんだよ。だから,そういう配慮を目指すという意味で,サービスって言葉を使うのはいいと思うの。でもね,⁠サービスデザイン」って,いろんな意味でわけわかんねぇっていう気持ちがあって。デザインするのはサービスなのに「サービスデザイン」を実装しましょうみたいな感じになってて,サービスデザインが名詞になってて,気持ち悪いじゃないですか。

――UX(ユーザーエクスペリエンス)なら。

羽生:まだまし。あれは許せる。⁠カスタマージャーニー」とかも全然許せる。だけど「サービスデザイン」って,モヤっとした感じがありますよね。⁠サービスエクスペリエンス」とかって言えばいいのに。数年前からいろんな本が出てるけど,みんなこの名前問題に見て見ぬふりしてんじゃないかな。

――いちおう歴史はあるらしいんですけどね。はっきりしないですよね。

羽生:ビジネスプロセスと何が違うのとか,サービスプロセスとかでもいいじゃんとか,いろいろ言いたい気持ちはあるんですけど,百歩譲って,タスクをこなすんじゃなくてサービスをやるんだよっていうマインドで捉えましょうよっていうところは,僕も正しい方向だと思うんです。だって,顧客になる義務も義理もないんだもん,そもそも。

――作り手側に寄りすぎるとダメですね。

羽生:オープンソースでも成功するのとしないものってあるじゃないですか。成功するやつって,ユーザーがエンジニアやプログラマのやつが多いんですよ。あれって,作り手側が,エンジニアエクスペリエンスとか,プログラマエクスペリエンスを感じているからですよ。

――そうですね。

羽生:それと同じで,業務プロセスを設計するときは,ジョブエクスペリエンスというのかな,そういったものを感じながらサービスを提供していくというマインドで作らないと,使ってもらえないというか,成功しないんじゃないかな。

お客さんのために我々は何をすることが求められてるのか

羽生:そもそも「IT」って言葉が出る前から,企業のプロセスは変わってなくて,何が違ってきたかというと「オンザウェブ」なんですよね。ウェブを使って,しかもカスタマーダイレクトにビジネスをやれる。それまでのITは,単なる「記録」なんですよね。売上が立ったら伝票を書いてから,それをコンピュータに入力するっていう。だけど,今は違うじゃないですか。たとえば,Amazonでポチってやったら,その場で売上も立つわけ。

――発送の手配もするし,在庫管理も,全部つながってますね。

羽生:昔っからある本屋の既存システムも,個々の機能としてはAmazonと同じかもしれないけど,その組み合わせ方がビジネスに直結してないじゃないですか。だけど,システム化というのはビジネスに直結している状態を作ることなので,分断させる考え方はナンセンスになっていくと思うんですよ。

――社内業務に使うものとユーザーが使うものを区別しないとか?

羽生:区別する必要はないと思う。それこそAIみたいなもんが入ってきて,業務自体がAIで済んじゃう世の中になったら,バイモーダルでSoRとSoEって分ける理由とか,社内システムのユーザビリティは低くてもいい理由ってのは,多分ない。お客さんのために我々は何をすることが求められてるのかっていう,その一点において合流するしかないよ。

――なるほど。

羽生:ただ,商売的にね,法人はこっちのほうが買ってくれやすいとか,同じ題材でもエクスペリエンスを分けるとかはあると思う。そういうのは,売れてナンボよ,みたいなゲスい気分はあるけど,土台は原理原則だから。⁠商売の原理原則」⁠人が顧客になる原理原則」⁠問題解決の原理原則」⁠技術の原理原則⁠⁠。そういうものを組み合わせていった先っていうのは,そんなややこしい面倒臭い,わざわざ区別するようなやり方ではないと思うんだよね。

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次回予告:突然の明太子屋さん!

著者プロフィール

羽生章洋(はぶあきひろ)

1968年生まれ。エークリッパー・インク代表など。かんたん見える化ツール「マジカ」や要件定義記法IFDAM,マジカやIFDAMを活用した上流工程手法「STEP」の作者。色々やってみたけど上手くいかなくて本当に困ってる方向けの研修や支援などを提供中。主な著書に,はじめよう三部作の他,『SQL書き方ドリル』『楽々ERDレッスン』『いきいきする仕事とやる気のつくり方』『原爆先生がやってきた!』など。

URL:http://habuakihiro.com


角征典(かどまさのり)

ワイクル株式会社 代表取締役,東京工業大学 環境・社会理工学院 特任講師。アジャイル開発やリーンスタートアップに関する書籍の翻訳を数多く担当し,それら導入支援に従事。主な訳書に『リーダブルコード』『Running Lean』『Team Geek』『エクストリームプログラミング』,共著書に『エンジニアのためのデザイン思考入門』。

URL:https://kdmsnr.com/