羽生章洋『はじめよう!システム設計』刊行記念特別インタビュー~角征典から見た2018年の上流工程とカスタマーエクスペリエンスの時代

第4回じめよう!プロセス設計[後編]

2018年1月に羽生章洋著『はじめよう! システム設計 ~要件定義のその後に』が発刊され、2015年から続く『はじめよう! 要件定義 ~ビギナーからベテランまで』⁠はじめよう! プロセス設計 ~要件定義のその前に』の上流工程三部作が完結しました。4回目である今回は、著者である羽生章洋氏に『はじめよう! プロセス設計』の執筆につながった、とあるビジネスについてお話を伺います。

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――業務プロセスの設計という話で思い出したんですけど、羽生さんってリアルなお店をやってましたよね。

羽生:明太子屋ね。自分が経営してたわけじゃないけどね。博多風と違う味付けで、ちょっとお安くて、お得です、みたいなやつ。たとえば、駅の改札の前とかに屋台みたいなのがよく出てるじゃないですか。ああいうところに出すと、明太子がめちゃめちゃ売れるんですよ。注文されたら、目の前でガボッとパックに入れるんですよ。

――生の明太子を並べてる感じ?

羽生:そうそう。保冷してあって、痛まないようにしてるんだけど、お客の目の前でてんこ盛りになるように入れて。⁠しょうがない、もうちょっとおまけしちゃう!」とか言うわけですよ。でも、そこまで含めて、実はこっちが想定している正規の分量なんですよ。

――顧客体験のデザインじゃないですか(笑)。それはバラしても大丈夫なんですか?

羽生:うん、いいよ、これくらいは。そういう工夫が、他にも随所に散りばめてあるから。そうやってお客に面と向かって売ってると、なんというかなあ、空気がふわってなるんですよ。それと、ちょっとした賑やかさっていうか。そういった空気があいまって、また客を呼ぶんですよ。

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――それはアルバイトで?

羽生:もうね、フルコミット。

――がっつりいってたんですか。

羽生:僕を明太子屋に誘ってくれた人は、元々はIBMの営業だった人なんですよ。リーマンショックのあとで「もう、ITは疲れたよ……」って言って。でも、明太子ならお客がニコニコしながら「わーありがとう!」って買ってくれるんですよ。あと、商品がわかりやすいから、同じ場所でやっても他の飲食より3倍くらいの売上が必ず出たんですよ。

――すごいですね。

羽生:IT業界にいるよりね、ひょっとしたら割りがいいかもっていう感じの数字だったんですよ。たとえば、数千万円の案件を取るのにさ、下手したら半年くらいかけて営業とかするわけじゃない。だけどさ、明太子はいい時だと1日で100万円の売上が立ったんですよ。粗利は内緒だけど、悪くない数字でね。

――1日100万円なら、月換算で……。

羽生:僕らは「赤いダイヤモンド」って呼んでたね。

――それ、めっちゃいい名前ですね(笑)。

羽生:お客さんが喜んでキラキラ、おめめキラキラ。売ってるほうも楽しい。

明太子でセールスエクスペリエンスが向上

羽生:ただね、朝から晩までね、トイレにいつ行くんだっていうぐらい忙しくて、辛いっちゃ辛いんですよ。冬場だと手とか足も冷たいし。

――肉体労働ですね。

羽生:でも、半年営業して、数千万円の案件を取って。取れたら取れたで、今度はデスマらないように気を使って、っていうのを考えたらね。その日その日で全力投球でお店に立つのは悪くない。しかもね、食い物だから、食ったらなくなるんですよ。

――保守契約がない。

羽生:そう。美味しくなかったらリピートオーダーもないけど、美味しかったら次にまた来てくれるんですよ。⁠次はいつ来るの?」とか聞かれて、⁠来月は何日にやらせてもらいますんでー」とか言って。いい話じゃないですか。

――商売の原型ですね。
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羽生:それで、その元々IBMだった彼が言ったわけですよ。羽生さん、僕らは元々法人営業が得意だったはずじゃないかって。それで、今度は法人営業を始めたんですよ。

――明太子の法人営業?

羽生:生保屋さん相手にね。訪問営業のときとか、生保の営業さんがよくお客さんに手土産を持っていくじゃないですか。でも、あれ実は、レギュレーションで金額とか決まっちゃってるらしいの。だから、どうしてもハンカチとかになりがちらしくて。そこで、1000円の明太子ですよ。きれいに包んだやつを持っていくと、お客さんに喜ばれるわけですよ。ハンカチばっかり持ってこられてもウンザリだけど、明太子がてんこ盛りのやつでしょ。⁠うわーこんなん持ってきてくれて嬉しい! 今度また持ってきてよー!」ってなる。

――明太子をもらうことはなかなかないから、おもしろいですね。

羽生:営業さんは契約とるために、コツコツ通うわけじゃないですか。明太子をお土産に持って行ったら「次いつ来るかと楽しみにしとったんよ、あれ持ってきてくれた?」って言われるわけですよ。特に年配の方々に喜ばれる。訪問を歓迎してもらえるんですよ。そうすると、今まで営業しづらかったところに、一気に行きやすくなる。みんな気分がよくなるから、セールスエクスペリエンスが向上するわけですよ。営業体験。

――なるほど。明太子でセールスエクスペリエンス。

羽生:それですぐに営業成績がぐーんと伸びるわけじゃないけど、お客さんの応対が変われば、営業さんの動きも変わるから、やっぱり間接的にいろいろ変わっていって、そうすると成績が伸びる人が出てくるんですよ。

前日の夜中に50箱を詰めないといかんのよ

羽生:そしたら今度はファックスでね、その法人から「何月何日50箱」ってセットで注文がくるわけですよ。営業さんみんなの分をまとめて。そうすると一個ずつ「はい、おまけ!」とかやんなくてもいいわけ。

――業務プロセスが変わりますね。

羽生:そうなの。でも、そうしたら今度は、前日の夜中に50箱を詰めないといかんのよ。あちこちから同時に大口で注文が来たら、ぜんぜん仕込みが追い付かない。

――生ものだから、事前に用意することもできないですよね。

羽生:しかもね、ぎりぎりになって「ファックス」で送ってこられても困るんですよ。事務所と箱詰めしてる倉庫は別だから。これはもうちょっとIT化できることがあるぞって思って。そのときに、注文を受けてからバックオフィスまでつなげて考えたときに「あー、そう言えば俺はこれが本業だった」って目覚めて。

――明太子の夢から目覚めて(笑)。

羽生:そうそう(笑⁠⁠。そもそも、何で誘われたのかっていうと、僕に期待されてたのは、業績が伸びたあとの業務の標準化というか、フランチャイズ化して展開できるような足場を作ることだったんですよ。

――『はじめよう! プロセス設計』の状況と同じですね。

羽生:そうなんです。本の第3部にCX(カスタマーエクスペリエンス)みたいな話を出しているんだけど、これは明太子を持って営業に行くと、お客さんの心が軟化して、それによって持っていく側の緊張もほぐれて明るくなって、っていう話を目の当たりにしたらね。

――それで営業成績も上がって。そういうシステム全体のデザインですよね。
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羽生:エクスペリエンスが変わると、ビジネスに影響するんだっていうのを肌で感じたわけですよ。以前、オンライントレードシステムを作ったときもそういう経験があって。そのときはフロントエンドをFlashで作って、せっかくFlashで作っているんだからってUIにいろいろ工夫をしかけてたら、UIのおかげでお客さんが取れたんですよ。

――UIのおかげで?

羽生:何かというと、お客さんにとってはとってもお得で便利な機能のはずなんだけど、操作手順的には複雑な注文の仕方なので、説明が複雑でわかりづらいからみんな使わない、ってのがあったのよ。それをね、ひと目でわかるUIを考えてFlashで実装したの。そしたら、その画面のスクリーンショットをそのまんま商品説明のときに営業が使ったんですよ。つまり、この注文がどういう意図のものなのかっていうのがわかるビジュアルを付けたわけ。

――なるほど。

羽生:そうすると、説明が早くなって、お客さんがわかってくれて、契約取れたよって、営業がフィードバックくれたんですよ。だから、UIのデザインとかそれがもたらすエクスペリエンスが向上すると、間違いなくビジネスにプラスになるっていうのは実感としてあって。ただ、それはUIの視認性の話でしょ? って思ってたんだけど、現物の明太子でこれが起こるんだってわかったときに、ああ、これ(UX)は普遍的なものなんだと。

世の中のマジョリティはカードが大好き

羽生:ただ、その明太子屋はそろそろ業務プロセスの改善やらなきゃねって言ってた頃に、3.11で仕入れができなくなって、軌道に乗る前に商売そのものができなくなってしまったんですよ。

――あら、大変でしたね。

羽生:一方で、3.11のあとにスマホブームが来てね。それまではIT業界って先があんのかなとか思ってたんだけど、やれることはまだいっぱいあるなって思って。僕のところにもスマホの話がいろいろ持ち込まれるようになって、そうこうしてるうちに、それまで断片化してたものをきちんとまとめて、ちゃんと出していかなきゃと思うようになったんですよ。

――明太子屋の経験とスマホブームが『はじめよう! プロセス設計』につながってるわけですね。あと、あれでマジカ[1]がきちんと書籍になったというのも大きいですよね。
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羽生:マジカって2004年生まれなんですけど、2009年に「マジカカンファレンス」をやって、ヌーラボの橋本さん[2]とか、福岡県大野城市役所の方にもマジカの活用事例を報告してもらったんだけど、2016年に全面改訂するまではあまり表に出てなかったんですよ。その間に色んなところで、それこそ火消しとかやってて、マジカじゃなくてもっと汎用的な手法でどうにか出来ないかとか模索していたんだけど、やっぱりマジカでないと厳しいなぁというのを思い知らされ続けたので、今回思い切って書籍にちゃんと書いたんです。

――『はじめよう! プロセス設計』で改めてマジカの説明を読むと、やっぱりカードになってるのがいいと思うんですよ。

羽生:そう、みんなポストイット好きじゃないですか。たとえば、デザイン思考のワークショップとかでも、みんな壁に貼ってやってますよね。あと、カードゲームって子どもは好きじゃないですか。カードでこんなんあるですよって見せると、どこの現場行ってもね、だいたい食いつくんですよ。

――あれは本当に便利ですよ。

羽生:楽しいっていうUXをマジカは備えてるんだなぁって感じるね。でね、乗ってこないのはね、IT屋だけ。エンジニアだけ。しかもエンプラ系のね。彼らは、四角と矢印のダイヤグラムが大好き。賢そうに見えるのが好きなのよ、きっと。でも、それ以外の世の中のマジョリティは、カードが大好き。カードだと矢印を書かなくても、並べるだけでいいんですよ。

――そうすると、それもストーリーというか、カスタマージャーニーみたいにもなりますね。

羽生:そうなんですよ。まあ、マジカって絵コンテですからね。富野由悠季の『映像の原則』って書籍も参考にしてたりするし。ストーリーになりますよね。ポストイットだけでやってもいいんだけど、もうちょっとフォーマット化して、穴埋め式になってると、そこを埋めて並べるだけだからね。そうすると、実に楽しく、しかも明解にどんどんやっていくんだなっていうのがわかって。だから、もうことあるごとにね、マジカにしてもらってる。

――テンプレートも自分たちで新しく作っていいんですよね。

羽生:独自でカードを作ってくれてもいいんですよ。

――テンプレートがそろってるところがマジカのメリットのように思えるけど、それよりも業務に合わせて拡張できるところのほうが、実はメリットかなと思ったりするんですよ。

羽生:そうね、業種によって、たとえば工場向けにね、⁠組み立てカード」とか「検査カード」とかがあってもいいよね。お医者さんだと「診察カード」とか。マジカだと動詞を抽象化して「活動」とか「伝達」とかになってるけど、動詞で明確に表現するとぐっとよくなるってだけだから。会社ごとにバリエーションがあってもいいですよ。

――「承認カード」とか。

羽生:そうそう。まさに! そういうのは作ってもらいたいよね。実は、そのためのキットというか、簡単デザインツールみたいなのも用意しておきたいの。

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マジカなら「俺たちは欲しいものはこれだ」って言える

――いずれ「AIに依頼するカード」とかも必要になりそうですね。

羽生:そうね。あと、直近で必要なのがね、音声関係のカード。

――Google HomeとかAlexaとか?

羽生:そうそう。あの辺はね、思った以上に必要なんだって思った。

――うちの6才の子も日常的にAlexaをめっちゃ使ってて、自分で仮面ライダーの音楽を聞いたり、豆しば呼んだり、テレビつけたりしてますよ。なんかジェネレーションギャップを感じますね。

羽生:大学生がスマホの音声入力で卒論を書いちゃう時代だからね。

――これからは必然的に業務プロセスにAIが入ってくるというか、ITシステムとAIの関係が注目されてきますよね。

羽生:「ITシステム」だと見向きもしないけど、⁠AI時代」っていうと、みんな食いつくんだよね。なんかね、AIって言うと一般の人でもわかった気になれる。仲良くなれそうに気になれるパワーワードなんですよね。そこに逆らって「そもそもAIとは」みたいな正しさで抵抗するよりも、共感できるワードとして上手く付き合ってあげればいいのかなって思ってるんで、僕はAIに関してはすごいポジティブですよ。

――そうすると、マジカも変わっていきますか?

羽生:やっぱり「AIくんカード」は今後の予定には入ってますね。あと「会合カード⁠⁠。

――会合? ミーティングってことですか?

羽生:そう、ミーティング。なんかね、どこ行っても会議体が多くって。君たちはどんだけしょっちゅうミーティングしてんだろうか、みたいな。まあ標準の「活動カード」でもいいんですけど、カードにはキャラの絵が1人しかいないのに、あれに穴埋めして「⁠⁠関係者全員]さんは[ミーティング]やります」ってやると、ちょっといまいちで。

マジカの活動カード
マジカの活動カード
――分析屋さんとか上流工程屋さんは、抽象的にプロセスを捉える考え方をすると思うんですけど、マジカだと、そういうミーティングなんかも含めて、具体的に扱わなきゃいけないって感じになりますよね。

羽生:そう。現場の実感に寄り添うっていうね。⁠はじめよう! プロセス設計』には出てないけど、マジカには「ITくんカード」なんかもあるんですよ。他のシステムくんとやり取りするカードとか、⁠アップロードカード」とかね。そうやってシステム側の具体的な活動を擬人化することによって、お客さんとのコミュニケーションも取りやすくなるし、自分で物事の整理もつけやすくなるんですよ。

――お客さんのエクスペリエンスから実装の直前まで、どうやってここがつながるのかというのを、マジカは表現してますよね。マジカを挟んで、こっち側がIFDAMで、あっち側がお客さんの世界というか。
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羽生:それそれ。IFDAMとマジカって、いろんな企業に導入させてもらってるんですけど、特に大手企業さんにウケがいいんですよ。その「つながっている」っていう話が、彼らがずっと言葉にできなかったことなんですよね。

――ああ、なるほど。
企業研修の様子
企業研修の様子

羽生:情シス主導なのか、ベンダー主導なのかわからないけど、IFDAMで表現されるシステム側の動きと現場の業務活動への理解に距離というか溝がある。それをマジカでつなげて見せてあげたことで、腑に落ちるっぽくって。これだったら、自分たちでも決められる、⁠俺たちは欲しいものはこれだ」って言える、っておっしゃってもらってますね。

次回予告:最終回は「システム設計」について。

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