UXデザインが果たす役割とは~HCD-Net認定 人間中心設計専門家インタビュー:株式会社ビジネス・アーキテクツ 伊原 力也さん

UX(ユーザエクスペリエンス)デザインや、人間中心設計(HCD)が広まるにつれ、システム開発や、Web制作のプロジェクトで、全面的な取り組みがされる事例も増えてきました。

UXデザインは、そのような場において、どのような役割を果たすのでしょうか。

株式会社ビジネス・アーキテクツで、UXデザインの推進をする伊原 力也さん(HCD-Net認定人間中心設計専門家)に聞きました。

伊原 力也さん(HCD-Net認定人間中心設計専門家)
伊原 力也さん(HCD-Net認定人間中心設計専門家)
――ビジネス・アーキテクツ(以下BA)は、大企業を中心に、多くのWeb制作の案件を手がけている、Web業界の老舗ですね。

BAは、コミュニケーションデザインの会社です。

とくにナショナルクライアント、大企業を中心に、Webやデジタルを通じて、そのユーザとのコミュニケーションを支援しています。企業とユーザとのコミュニケーションを設計するには、BAがユーザの代弁者にならなければなりません。ユーザをしっかりと理解しなければならない。

――それは、どういうことでしょうか。

「ユーザは、どんな人なのか」は推測ではなく、⁠実際のユーザに会わないと本当のところはわからない」ということです。

ある自動車業界の企業をお手伝いしたことが、そう感じるようになったきっかけでした。

というのも、僕は車を運転しないんです。ペーパードライバーなので、車を運転する人がどういう生活をしているのか、車とどう関わるのか、まったく想像がつかなかったんです。

これでは設計ができないということで、実際のユーザに話を聞いてみることにしました。

――どうして、そこで「実際のユーザに聞こう」という考えになったのですか。

当時、別の案件で、会社の先輩がユーザインタビューやユーザビリティテストを導入しているのを見ました。それが大きかったですね。その後、僕も先輩のやり方を参考にして、自分でも行ってみたんです。

そして、ユーザビリティテストを初めて実施したときはとてもショックを受けました。たとえば「クーポンをプレゼント」というバナーを置いたら、もう、それしか見ないユーザがいました。Webサイトの目的を一切無視して、そこだけを見てしまう。

これからわかったのは「もともとのタスクがバナー1つで忘れられてしまう」ということでした。自分の思考とはまったく違う。衝撃を受けました。

「実際のユーザに聞く」⁠ユーザに使ってもらう」といったことをしないと、つくったものが、そもそも目的を達成できるかどうか、その判断も危うくなる。ユーザビリティテストを経験したことで、そう、強く思うようになりました。

――そこから、UXデザインへの取り組みを深めていくのですね。

はい。ある銀行のWebサイトのプロジェクトでは、UXデザインの考えに沿ってユーザ調査を実施しました。すると「ユーザによってその銀行の見え方がぜんぜん違う」というのがわかりました。

銀行のユーザは、銀行を求めてWebサイトを訪問するわけではないのです。特定の商品を求めてきたら、それが、たまたまその銀行だった、という順番だったのです。

たとえば、⁠決済手数料が安いところを探していたらA銀行だった」⁠金利がいいと思ったらB銀行だった」⁠リスクの低そうな商品を探していたらC銀行だった」といった、目的から特定の銀行に辿り着く場合が多いのです。

つまり、ユーザから見ると「自分が求める商品がまとまっているところ(目的を解決してくれるところ)が結果としてその銀行だった」という感じなんです。

逆に言うと、ユーザ調査をしなかったら、それに気づくことなくWebサイト全体を単一のコンセプトでリニューアルしてしまったかもしれません。

ユーザ調査の結果をもとに、商品のページをそれぞれコンテンツとして単独で成立させて、銀行という枠は雰囲気を伝えるだけにする、という方針にしました。

――どうして、ユーザ調査をしようと思ったのですか。

その銀行のプロジェクトでビジネス戦略についても検討したところ、想定以上にさまざまな意見が出て綿密なすり合わせが必要となりました。意見が多くなってしまった最大の原因は「ユーザという視点がなかった」からです。

ユーザ視点がなかったために、意見を出す側は、自社のビジネスの都合や自分個人の経験でしか判断できず、バラバラの意見だけが集まってしまったのです。

そこで「プロジェクトの軸をつくらないといけない⁠⁠、そう考えてユーザ調査の実施に至りました。

ユーザ調査を通じ、実際のユーザを明らかにすることで、プロジェクトの関係者が個々のビジネスの都合を越えてユーザに目を向けるようになります。そうなれば「このユーザに何をするのか」という点に視点を統一できるのです。

ユーザを理解するというのは、設計の参考になるだけではなく、クライアントやプロジェクトチームの合意形成という点でも役に立つのです。

――伊原さんご自身の経験をふまえ、プロジェクトにおけるUXデザインの役割について教えてください。

「実際のユーザを調べる」ということを身近なところで例えるなら、野球がわかりやすいかもしれません。

UXデザインのないプロジェクトは「そもそもピッチャーからキャッチャーが見えていない」というイメージです。⁠ユーザが見えていない」というのはキャッチャーがいない方向にボールを投げている危険性を含んでいます。

しかし、キャッチャーがきちんと見えていれば、仮にストライクにならなくても、捕球できるところに投げることができます。すなわち、ユーザをきちんと理解することで「キャッチャーがいる場所」が判断でき、投げる方向が定まるのです。

そうすると、プロジェクトがゴールに向かうようになります。つまり、ユーザを見ること・ユーザを意識することで、プロジェクトのゴールが近づいてきます。

そう考えると、ユーザ調査の実施でタスクが増えたとしても、プロジェクト全体として考えれば、ユーザ調査をしたほうが適切な時間でプロジェクトを遂行できます。先ほどの例えでいえば、⁠ユーザ調査により)キャッチャーの場所がわかるのでプロジェクトメンバーの目線が同じところに向きますし、暴投もなくなるというわけです。

だから、結果として、プロジェクトが「はかどる」のです。

――逆に、UXデザインがないプロジェクトはどうなりますか?

何かをつくったときに「なぜ?」という質問に答えられなくなります。⁠どうしてこういう設計にしたの?」というときに、3回くらい「なぜ?」をしていくと、その先にユーザがいないと、答えられない。

つまり、つくったものに責任が持てなくなるのです。プロとしての責任が果たせない。

自分たちの話になりますが、BAの社風として「プロフェッショナルであれ」というのがあります。明示はしていないのですが、プロとしてとことんやれという空気がある。プロとしての責任をちゃんと満たせる、つくったものの説明ができる。その業界ではない人間が、他の業界の肩代わりをして、世にものを送り出す。クライアントを手助けする。

それらをすべて実現するうえで、最もコストパフォーマンスが高い方法が「ユーザを知る」ことだと考えています。

BAでのプロジェクト進行風景
BAでのプロジェクト進行風景
――伊原さんは、今年デザイニングWebアクセシビリティ - アクセシブルな設計やコンテンツ制作のアプローチ(ボーンデジタル)という書籍を出版されました。帯には「UX視点のデザインプロセス」とありましたが、UXデザインとアクセシビリティを並べるのは、珍しいように感じます。

そうですね。そのあたりは、とくに、こだわっているところです。

UXデザインにおいて、今、⁠ユーザを調査する」というところだけに、世の中の注目が集まっている印象があります。ただ、UXデザインの前提には、今までの先人が積み上げてきた、多くのノウハウや知識があります。たとえば、ユーザビリティ原則やインターフェースのさまざまなガイドラインです。

そういった基本的な知識のないままでも、⁠ユーザ調査をすれば良いものができる」といった理解の仕方をしている人を見かけることがあり、個人的に気になっていることでもあります。

ものをつくるときは、まず、土台となる知識があって、そこにユーザ調査の結果が組み合わさることにより良いものができるのだと思っています。僕はそこを両立していきたい。

そのとき、まず基本として押さえておくべきだと考えているのが「アクセシビリティ」です。Webにおいて、アクセシビリティを知らずにUXデザインを語るのは不安があります。

――どうして、アクセシビリティが重要なのでしょうか。

もともとWebというプラットフォーム自体が「誰でも使えることに価値がある」という思想をもってつくられたものだからです。

よく引用されるものとして、Webの創始者であるティム・バーナーズ=リーの「The power of the Web is in its universality. Access by everyone regardless of disability is an essential aspect.」という言葉があります。

要約すると「Webの力はその普遍性にある。どんな人でもアクセスできるのが、Webの本質だ」という意味です。

誰もが使えるからこそ価値がある。Webという場がそれを求めています。

この「誰もが使える」という考えは、UXデザインの考えと似ているようで、異なる部分もあります。というのも、UXデザインでは、ユーザを定義してそのユーザにとって使いやすいように設計していきます。つまり、⁠誰もが」ではなく)ユーザを特定して、そこに直球を投げるように設計をしましょう、という思考の流れだからです。

アラン・クーパーが言うところの「1人に剛速球を投げると、だいたい誰でも使えるようになる」という考えですね。

ビジネスという視点でも、⁠ターゲットユーザに使えるように」という話は理解しやすいし、それによって実際に売上が上がるのでわかりやすい。

しかし、アクセシビリティはやや方向性の異なる話をしています。特定の誰かのためではなく「あらゆる人のための」Webのためだという。

アクセシビリティは保障のようなものです。誰にでも使えるようにしておくことで、いろんな形で目的を達成できる可能性が残る。市場も広がるし、思ってもみなかったような使い方も生まれてくる。Webの体験は、そういう柔軟さをもとに成り立っています。

Webの柔軟さを担保していく。それは知識を持っていないと実現できません。だからこそ、先人が積み上げてきたアクセシビリティの知識を、自分の引き出しに持っておくことが必要です。

そのうえでビジネスとアクセシビリティを両立させる。そこがWebの面白さでもあり、難しさでもあります。UXデザインにかかわる人は、アクセシビリティをもっと推していくといいと考えます。プロの仕事としてもそうあるべきです。

BAという会社では、ユーザをきちんと理解したうえで、ビジュアルデザインに優れ、そしてアクセシビリティ、実装の品質も、きちんとしたものを出す。これがBAの強みでもあります。先ほど紹介した「プロフェッショナルであれ」という社風に応えられるよう、これからも取り組んで行きたいと思います。

――ありがとうございました。

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