インタビュー

消える受注,早まる納期,そして気づいた「待ってくれる人」の大切さ ――印刷会社から見た「コロナと同人の1年間」

この記事を読むのに必要な時間:およそ 5 分

2020年はコロナ禍があらゆる場面において人々の行動にブレーキをかけた1年であり,経済面でも多くの業種に打撃があった1年だった。それは同人業界でも同じであり,イベントは中止・延期に追い込まれた。毎回のように参加しているイベントが行われず嘆いた方も少なからずいるだろう。

一方で,意外とわからないのが印刷所や運営スタッフなど,イベントの「中の人」的な存在の状況である。決して明るい状況ではなかったのではないかと想像されるが,実際のところはどうだったのどうか。

そこで,同人誌を手がける印刷会社の社長に話を伺ってみた。お答えいただいたのは『魅せる!同人誌のデザイン講座 ――Before-Afterでわかる試したくなるアイデア&テクニック』で資料提供などご協力いただいたサンライズパブリケーション株式会社(以下サンライズ)の中村かおり代表。4月7日で最初の緊急事態宣言発出からちょうど1年になる。その間,印刷会社は同人業界をどのように見つめ,何を考えていたのだろうか。すっかりおなじみとなったZoomを介して行われたインタビューの様子をお届けしたい。

そして,4月から受注がなくなった

――サンライズさんはどのような印刷所でしょうか。

中村代表(以下敬称略⁠⁠:基本的には同人業界向けに宣伝・受注を行っています。同人にしぼって事業を展開していますが,扱っている内容はオフセット印刷,オンデマンド印刷※1⁠,グッズ制作と手広く行っています。

――サンライズさんではいつ頃から新型コロナウイルス感染症の影響を意識するようになりましたか。

中村:2月の下旬ごろからです。3月のイベントが開催できるのかを気にし始めたのがその頃です。とはいえ,3月中はまだ業務がありました。3月のイベントに合わせると2月中には原稿を作り始めるので,そのまま最後まで完成させて本を発注されるお客様がそれなりにいました。ですが,4月に入ると受注がなくなってしまいました。

緊急事態宣言前から,イベントは開催されても参加者が警戒して,欠席する人も多い状況でした。参加者にも印刷会社やイベントを守りたい気持ちはあったと思います。ただ,本を作っても読んでもらえない。そうすると発行ロットも落ちてしまう。緊急事態宣言発出後はイベント自体が開けませんでしたし,宣言の終了後もイベントが延期したり参加者が欠席したりする状況がしばらく続きました。9月くらいからは復調の兆しがあったのですが,2度目の緊急事態宣言でまたイベントが開けない状況になってしまいました。

サンライズパブリケーション株式会社・中村かおり代表

サンライズパブリケーション株式会社・中村かおり代表

※1)
印刷所が用意する印刷サービスの種類。オフセット印刷は安価に大量の印刷を行うことに適している。対して,少部数の場合はオフセット印刷よりオンデマンド印刷の方が安価に印刷できる。

繰り上がる納期と割増・割引の「罠」

――11月のコミティア※2はそれなりに人がいた印象でしたが,そうなるにも時間がかかっていたのですね。イベントが開催されなかったことによる影響を伺いましたが,現場のオペレーションの面ではどうでしょうか。印刷工場や流通には新型コロナ感染症の影響はありましたか。

中村:物流への影響はありました。⁠運送需要の増加で)コストがどんどん上がる。おかげで,依頼する会社を何度も変えることになりました。コストを作家の方に転嫁したくないですし,競合他社もいるので,安易に印刷価格を上げることもできません。

それと,運送会社の受付時間も短くなりました。たとえば,従来は午後6時だった受付終了が午後5時に繰り上がる。午後3時とか,午前中で受付が終了する場合もありました。今の同人業界は短納期化が限界に達していて,短くなった2~3時間を切り詰めるのはほとんど不可能です。もっとも,イベントがない状況ですので,無理に間に合わせるために割増料金※3を使うくらいなら諦める作家の方も増えたのですが。

――印刷工場でのオペレーションには影響はなかったのでしょうか。

中村:工場はもともと機械が離れて配置されているので,正直影響はほぼありませんでした。事務所内では空気清浄機を設置したり,消毒を徹底したりといった対策を行っていましたが。ただ,まったく影響がなかったわけでもありません。仕事量が減ったので時短操業をしたり従業員に休みをとってもらったりしていましたが,従業員同士顔を合わせる機会が減り,必要な伝達を行いづらくなってしまいました。

――コミュニケーションで課題が出たのですね。

中村:ただ,社内ではコロナのちょっと前からLINE WORKSを利用していました。それは役に立ちましたね。

――コロナ禍をうけてわかった「盲点だった印刷の弱点」などはありますか。

中村:先ほど話題にも出ましたが,割増料金の利用者が減ったことです。納期がちょっとくらい短くなっても,全体の仕事量が減っていたので何とかなりました。むしろ,長い目で見ると割増料金の利用者が減った影響が大きいです。これまでは割引料金と割増料金の利用者が同じくらいだったので売上を相殺できたのですが,割引料金での入稿が増えて1件単価が落ちてしまった。割引プランは充実させていたのですが,裏目に出たかたちです。作家の方は本を作らないわけではないのですが,イベントに固執しなくなって,リーズナブルに作る傾向が出たようです。

サンライズの割引・早割プランサンライズのWebサイトより)

サンライズの割引・早割プラン(サンライズのWebサイトより)

――逆に,コロナ禍を経てプラスに出た点などはありますか。

中村:元々動画制作が好きだったのですが,会社紹介に活かせるようになりました。イベントでのブースに来てもらうことが減ったので,その代わりとして取り組んでいます。

あとは,弊社も参加するKAN-DO8がオンライン即売会を主催しています。元々はオリンピックによる会場問題※4への対策として,関西から同人を盛り上げられないかと立ち上げた集まりなのですが,参加社の1社であるホープツーワンさんの社長がデジタルに強く,「VOiCE」というシステムを使ってオンライン即売会を立ち上げました。まだ収益を上げるという段階にはありませんが,創作活動を支援する場として機能してもらえればと思っています。

関西の同人誌印刷所独自の取り組みも行われている関西同人活動支援会のWebサイトより)

関西の同人誌印刷所独自の取り組みも行われている(関西同人活動支援会のWebサイトより)

※2)
年4回開催される大規模即売会。コロナ禍を受けて2020年5月,9月の開催は中止となったが,11月のCOMITIA134は開催された。しかし,2021年2月のCOMITIA135は新型コロナウイルス感染症の流行再拡大を受けて中止となっている。また,開催継続に向けたクラウドファンディングプロジェクトを行ったことも話題になった。
※3)
通常の印刷費用より高く設定された印刷料金のこと。大規模なイベント直前の入稿をする際に設定される。料金が高くなる分,ギリギリまで原稿の作成を行えるメリットもある。逆に,余裕のあるスケジュールで入稿すると,その分印刷費用が安くなる料金設定もある(割引料金⁠⁠。
※4)
東京ビックサイトの使用が2019年から制限されていたことによる会場確保などの問題。大規模同人イベントでよく使われていた東京ビッグサイトが,2020年夏に開催予定であった東京オリンピック・パラリンピックに合わせて,2019年4月から一部使用不可となっていた。こうしたなか,イベント運営団体などが2019年7月に「DOUJIN JAPAN 2020」プロジェクトをスタートさせるなど,同人活動を支援する試みが行われてきた。コロナ禍により東京オリンピック・パラリンピックが延期になったことで会場確保の問題も持ち越しとなったが,一方で「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下における同人誌即売会の開催ガイドライン」がDOUJIN JAPAN 2020名義で発表されるなど,東京オリンピック・パラリンピック関連に留まらない支援活動が継続されている。

著者プロフィール

石井智洋(いしいちひろ)

株式会社技術評論社 書籍編集部。情報処理技術者試験の関連書籍のほか,『魅せる!同人誌のデザイン講座――Before-Afterでわかる試したくなるアイデア&テクニック』,『会計ソフトのすき間を埋める 経理のExcel仕事術』,『Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ』など,いろいろ担当。

Twitter:@isicihi

バックナンバー

2021

  • 消える受注,早まる納期,そして気づいた「待ってくれる人」の大切さ ――印刷会社から見た「コロナと同人の1年間」