RubyWorld Conference 2009 参加レポート

はじめに

9月7~8日の2日間にわたり、松江市の島根県立産業交流会館「くにびきメッセ」でスクリプト言語Rubyをテーマとした国際会議「RubyWorld Conference 2009(RWC2009⁠⁠」が開催されました。

くにびきメッセ
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出雲空港では「ようこそRubyWorld Conferenceへ」の看板に迎えられ、期待も高まります。

出雲空港出口
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8月中旬の時点では参加登録が想定より伸びず実行委員会の方々も心配されていたとのことですが、当日の朝は10時前にメイン会場がほぼ満席となる盛況ぶりでした。

実行委員会、島根県 杉原氏
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RWC2009は約350人収容可能なA会場、約150人収容可能なB会場を利用して2セッションで実施されます。

A会場は同時通訳用イヤフォンが用意され、海外からのスピーカーは主にこちらで講演を行いました。B会場は地域活性化をテーマとするセッションが多く用意されています。また、当日はインターネット上でストリーミングサービスが提供され、会場に来られなかった人たち向けにリアルタイムで講演を聞くことができるなど、多くの人に開かれたカンファレンスにしたい、という意気込みが伝わってきます。

開会前の会場の写真
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プログラム
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A会場司会の石原氏(女性)と実行委員会の方
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RWC1日目

10時前に来賓とスピーカーが壇上に集合し、記念写真撮影が行われて、いよいよRWC2009の開始です。

ゲスト集合写真(全景)
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ゲスト集合写真(拡大)
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はじめに実行委員長を務めるまつもとゆきひろ氏による開会の挨拶があり、松江でこのような大きなイベントが開催されることについて、⁠大変なことになった」が、東京以外での開催についてはとても良いことだと思う、といったコメントしています。

実行委員長まつもとゆきひろ氏による挨拶
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次に実行委員会の顧問を務められた島根県知事の溝口善兵衛氏、松江市長の松浦正敬氏による挨拶が行われました。

溝口氏は、島根県は自然が豊かで居住環境はとても良いが、人口が減少し高齢化が進んでいるために産業振興が必要であることを訴え、松江市が掲げるスローガン『Ruby City Matsue』を島根県全体で盛り上げ、国内外に発信していきたい、と話していました。

島根県知事 溝口善兵衛氏
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松浦氏はまつもと氏の「⁠⁠松江は)On/Offの切り替えができ住みやすい」というコメントを引用して居住環境の良さを挙げ、松江でRubyを利用した開発を行うことの良さをアピールしていました。また、松江市そのものの取り組みとして、新たなシステムはRubyを利用して構築されたものの導入を指示しているとのことです。

松江市長 松浦正敬氏
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開会挨拶に続き、経済産業省商務情報制作局長の石黒憲彦氏による記念講演が行われました。日本の経済成長が安定な為替と作り込みを主とするアナログ的な技術に支えられてきた事を指摘し、今後はこれまでのモデルだけではなく、標準化された規格の上でのグローバルな競争にも強くなる必要がある、とコメントしておられました。

Rubyが標準化されることにより、現在の産業構造を変えるサービスになる可能性を持っており、今後の推移についても大変期待されているとのことです。

経済産業省商務情報制作局長 石黒憲彦氏
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1日目の基調講演

休憩を挟んで、Sun Microsystems ,Inc.のTim Bray氏の基調講演「What is Ruby for」が行われました。最初に今年のJava Oneであった提言「カンファレンスでは有名人の話を聞くことではなく、参加者お互いの話を聞くことに価値がある」という言葉を引用し、RWC2009では積極的にコミュニケーションを取りあおう、と参加者に向けて訴えかけるところから講演が始まりました。

本題ではRubyの使いどころ(使うべき時/使う価値のあるとき)を複数の例を挙げて説明し、⁠ちょっとした思いつきを素早くコーディングし、すぐに利用できること⁠⁠、⁠自由度が高く、直感的に組み立てられること⁠⁠、が現在のRubyの利点だと指摘しました。Android携帯を利用したデモを行い、Rubyの開発のスピード感が活用できるのはモバイル分野が適している、とコメントしておられました。

その他にも、Erlangとの比較を行いつつ、Rubyもいつかはfunctional programming (fp) ができるような実装を実現して欲しい、といった期待を話してくださるなど、大変盛りだくさんな内容となりました。

Tim氏は日本に何度も来ているそうですが東京以外は初めてだったそうです。RWC直前に松江周辺を観光したところ大変気に入ったそうで、講演のスライドの中にも松江の風景が数枚挿入され、素晴しさを強調していました。

Sun Microsystems ,Inc. Tim Bray氏
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Rubyの国際標準化

午後からは2会場に分かれたセッションが開始されました。A会場では始めにRuby標準化に向けた現状報告と、続けてワーキンググループに参加している方たちが、それぞれの立場から標準化に期待することについてパネルディスカッションが行われました。

始めに早稲田大学の筧(かけひ)捷彦氏による、主な標準化組織とそれらの関係、プログラミング言語のその中での立ち位置に関する説明がありました。情報系の標準化はISOとIECが共同でJTC1[1]という組織を用意し、プログラミング言語はJTC1内のSC[2]⁠ 22: Programming Language ando their environment内で言語ごとにワーキンググループを用意して標準化の検討が行われているそうです。

RubyはSC22への提案と同時にJISでの規格化を開始し、SC22ではJISでの規格の追認を依頼する形にしてより早い国際規格化を目指すとのことでした。

早稲田大学 筧捷彦氏
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2番目にまつもと氏によるオープンソース言語開発者から見たRubyの標準化の意義について説明がありました。ここ数年で増えたエンタープライズ分野でのRubyの利用者による、サポート/情報入手/安定性/互換性といたさまざまな不安が露になったことへの対応として必要と認識しているとのことです。

また、現在も広く知られているFORTRANやLISPなどの言語が発表されてから半世紀程度であることを指摘し、それらの上で動作するソフトウェアも作者の想定よりは長く生き残っている、とRuby以前に開発したツールCmailを例に説明しました。その上で互換性を保つことと言語としての魅力(新鮮さ)を両立することの難しさを説明し、すべてを見据えた上で、⁠コミュニティとの協調が今後の発展の鍵となる⁠⁠、と締めてコミュニティへの期待を覗かせました。

まつもとゆきひろ氏
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パネルディスカッションは、発表者2名に加えてIPA OSSセンター 田代秀一センター長をモデレータとし、利用者の立場から楽天㈱の森正弥氏、㈱富士通ソーシアルサイエンスラボラトリの原嘉彦氏の2名、言語実装者の立場からマイクロソフト㈱の加治佐俊一氏、サン・マイクロシステムズ㈱の下道高志氏の2名が参加して行われました。

パネルディスカッション参加者
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セッションの始めに田代所長から参加者に向けてRubyとの関わりについて6つの質問「コミュニティへの参加」⁠Rubyでできたアプリケーションの利用経験」⁠開発言語にRubyを指定された経験」⁠開発言語にRubyを指定した経験」⁠Rubyでプログラム書いた経験」⁠Rubyを教えた経験」がありました。

「Rubyでできたアプリケーションの利用経験」など、本人が気づかず利用しているものも多いといった傾向が見られましたが、開発要件にRubyを指定された経験があると反応された方も一定数いるなど、Rubyを業務で利用するシーンは着実に増えていることを感じさせました。

利用者の立場からのコメントでは、楽天の森氏から、Rubyの目標である「日本から世界へ」が楽天のものと一致することからまつもと氏を楽天フェローに招聘し、共同で開発を行うに至った経緯が説明されました。

また、社内で採用する技術ポリシーの説明に加え、楽天が提供するサービスにおけるRubyの利用状況の説明がありました。現在は6,000,000 access/dayのサービスが提供されるなど、多くのサービスがRubyで書かれているとのことです。富士通ソーシアルサイエンスラボラトリの原氏は、社内でのRubyへの興味の高さと業務の場への持ち込みづらさのギャップについて説明があり、この問題を解消するための標準化への期待が語られました。

田代所長からは、中盤にもガラパゴス化する日本といった記事の紹介が行われ、技術は高いがドキュメントが無い、国際標準と異なる規格を利用している、といった理由で国際競争力が低くなっている現状を改善するための政府の取り組み(⁠情報システムに係る政府調達の基本指針⁠)を紹介し、取り組みの柱の一つとしてのRubyの意義についてコメントされました。

言語実装者の立場からのコメントでは、始めにマイクロソフトの加治佐氏から、マイクロソフトと周辺技術の間の関係性の取り方について簡単な説明があり、続いて10月に発売されるWindows7上でのRubyの動作デモ、IronRubyのマルチプラットホーム対応予定、マイクロソフトのクラウドサービスであるAzure-Service Platformの紹介が行われました。標準化は10年ほど関わっているが、社内で認知されたのは最近であることなども紹介され、標準化への理解を得ることの難しさも伝わってきました。

サン・マイクロシステムズの下道氏はSun OpenCloud Platformを紹介し、オープンソースとプロプライエタリなソフトウェアの併用の可能性について話しました。クラウドコンピューテイングのオープン化を目指すOpen Government Cloud Consortiumを通して、標準を作る取り組みを勧めていることも紹介いただきました。下道氏は午前中の基調講演を行ったTim氏の紹介でRubyの世界に入ったそうで、最後の「サン・マイクロシステムズを忘れないで!」という一言が印象に残りました。

企業から参加いただいたパネラーの事例紹介で終了時間になってしまい、まつもと氏は壇上で何も言わずに終わるのか、と危惧されましたが、最後に、利用者、実装者どちらの気持ちもわかるが、標準化は初めての作業でもあり、暖かく見守って欲しいといった内容のコメントをいただけました。

なお、標準化について筧先生、まつもと氏がコメントされたことを以下にまとめます。

標準化の対象は1.8系の安定版とし、文法と最低限の組み込みクラスを含む、とのことです。標準化のための仕様書は英語で作成され、JIS用の日本語に翻訳する流れを予定しています。標準に対応した動作のRubyを利用してRuby on Railsが動作するかは現状回答できないが、動作すると嬉しいそうです。とにかく、残念な部分はできるだけ減らすよう努力しているとのことですので、期待して待ちたいと思います。

レセプション

1日目はセッション終了後にレセプションが行われ、乾杯の挨拶をされた島根大学長の山本廣基氏からは、まつもと氏にぜひ客員教授をお願いしたい、と挨拶の場を借りて打診があり、場内を沸かせるシーンもありました。基調講演でTim氏が宣言した通り、開発者、利用者を交えて活発な交流が行われて大変盛り上がったレセプションだったのではないかと思います。

RWC2日目

2日目はRubyアソシエーションの理事でかつRubyコミッタでもある前田修吾氏の挨拶でプログラムが始まりました。

前田修吾氏挨拶
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この日のセッションはまつもと氏による基調講演「未来へのRuby」で始まりました。

まつもとゆきひろ氏オープニング
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セッションではプログラムアルゴリズムの研究が行われ始めた1960年代から現在に向けて、各年代のプログラミング言語を取り巻く状況の紹介が行われ、21世紀となった現在、ようやくハードウェアやリテラシーがプログラミング言語をストレス無く利用できるところまで育ったのではないか、とコメントされていました。Rubyの成功も、得意な分野(ネットワーク、テキスト処理、オブジェクト指向⁠⁠、性能、ポリシーが時代に合っていることが主な原因と分析しているそうです。

性能について、Rubyの速度がよく問題として挙げられますが、確かに最高速では無いことが多いけれども、現在のハードウェアの性能であれば速度よりもコーディングにおけるストレスや速度の問題が重視されるようになっており、大きな問題ではないと認識しているそうです。

仕事では効率を求めるあまり、ソフトウェアは人が作る、ということを往々にして忘れられがちですが、Rubyを利用することでより人間性を取り入れて開発ができ、幸せにコーディングできる人が一人でも増えれば嬉しい、という趣旨の発言を何度か繰り返していました。

Rubyとは2004-2006/2007-2009
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また、さまざまなところで紹介している「プログラマを信頼すること」について、まつもと氏の小学生時代にお父さんからいただいた肥後の守(和風のナイフ)を例に説明しておられました。

信頼する言語
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終わりに

さて、セッションはたくさんあったのですが、この辺りで時間切れになってしまいました。最後に、松江ならではのお抹茶のサービスがあったことを紹介します。海外からのゲストはもちろん、日本人でも日常的には味わう機会が無いので、セッションの合間には常に大変盛況でした。

会場内お茶席
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また、来年もRWCを開催したい、と主催者の方から伺っています。RubyKaigiの併催を検討する動きもあるようです。今後もRubyとRubyに関わるさまざまな人やイベントへの協力をよろしくお願いします。

RWC実行委員会の皆さま、準備や当日の対応おつかれさまでした。

RWC実行委員会最終打ち合わせ
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