10年経っても変わらないもの、それがビジネスを支える戦略となる─「AWS re:Invent」魅せた! ジェフ・ベゾス名言集

パーソナルコンピュータの概念を初めて提唱したかのアラン・ケイの有名な言葉に「未来を予測する最良の方法はそれを創り出すことだ(The best way to predict the future is to invent it.⁠⁠」というものがあります。そして現在、まさしく自らの手の中で自らが描く未来を創り出している人物がAmazon.comのCEOであるジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)だといえます。ここ最近、公の場に登場する機会が少なくなったベゾスCEOですが、11月末に米ラスベガスで開催された初のAmazon Web Servicesのユーザカンファレンス「re:Invent」のキーノートに登場、会場に詰めかけた6,000人の聴衆は大喜びで彼を迎えました。

AWSのCTOを務めるヴァーナー・ヴォーゲルズ(Werner Vogels)博士が質問した内容に、ベゾスCEOが答えていくという形式で進められたキーノートでは、AWSの成功の要因、Amazonの理念、イノベーションへの思い、未来への取り組みなど、その発せられた言葉を拾うだけで名言集ができそうなくらい示唆に富んだフレーズであふれていました。本稿では、AmazonとベゾスCEOのビジネススタイルが凝縮されたキーノートの概要を、同CEOのいくつかの発言をもとに紹介していきたいと思います。

ジェフ・ベゾスCEO(右)とヴァーナー・ヴォーゲルズ博士
ジェフ・ベゾスCEO(右)とヴァーナー・ヴォーゲルズ博士

使った分だけ払えばいいAWSはKindleと同じだね

ついに日本市場にも上陸したKindle、売れ行きも絶好調で現在も品薄状態が続いています。もっともベゾスCEOはつねに「Kindleはハードウェアで儲けるつもりはない。ハードの原価はほとんどゼロに近い」と公言しており、コンテンツビジネスに注力する姿勢を明らかにしています。これは従量課金制を掲げるクラウドビジネスのAWSでもまったく同じポリシーであり、"pay-as-you-go"というスタイルはAmazon全体のDNAとして浸透していることが伝わってきます。ベゾスCEOはキーノートで我々が儲けるときは顧客がデバイスを使い始めたときである。買ったときではないとも発言、薄利多売を貫くビジネススタイルがあらためて浮き彫りになっています。

10年後に何が変わっているかだって? 10年経っても変わらないもののほうが重要だよ

IT業界のキーパーソンとしてつねにその発言が注目されるベゾスCEOですが、インタビューなどでよく聞かれる質問のひとつが「10年後には何がどう変わっているか」というものだそうです。ベゾスCEOはこの質問に多少うんざりしているのか、10年経っても変わらないもののほうに僕は興味がある。質問としてはそっちのほうがすぐれているとしています。

この「10年経っても変わらないもののほうが重要」という発言にはもう少し深い意味が込められています。Amazonのビジネスを例にすれば「価格、スピード、品揃えの3つは小売にとって非常に重要な要素。10年後、我々の顧客は"もっと値段を高くして"とか"もっと配送スピードを遅くしてもいいよ"、"品揃えは少なくていい"なんて言うと思う? 言うわけがない」と断言、だからこそAmazonにとっては「価格、スピード、品揃えは最も重要なストラテジ」となるわけです。

AWSについても同様だとベゾスCEOは続けています。⁠AWSの顧客が"もっと信頼性は低くていいよ"、"従量課金の価格ももっと高くていい"、"APIはしょぼくていいよ"なんて10年後に要求してくるわけない。だからこそ、AWSは価格や信頼性、イノベーションや技術の先進性といった部分を譲ってはいけない⁠⁠─10年経っても変わらないもの、それがビジネスを支える根幹になるという言葉に、Amazonの成功の一端を見る気がします。

支配者のメンタリティと開拓者のメンタリティがあるとするなら、我々には開拓者以外の選択肢はない

ECでもクラウドでも業界トップを行くAmazonですが、そのメンタリティはつねに開拓者精神にもとづいており、ベゾスCEOは「自分は決して市場を支配したいと思わない」と発言しています。⁠市場を獲りたいという企業が多いのは理解できる。だがそれは我々のビジネスではない。我々はそういうやり方をしない、というよりできない」と断言、つねに"地球上で最も顧客志向の企業"であることを標榜するAmazonのトップらしい発言です。⁠競合相手に興味はない、我々が注力すべきは顧客のみ」と語るベゾスCEOですが、これはAWSのエグゼクティブもよく口にする言葉です。トップから一従業員まで同じ理念を共有することで、他社にはない強さを生んでいる好例といえます。

余談ですが、このキーノートの前日(11月29日⁠⁠、AWSのシニアバイスプレジデントであるアンディ・ジャシー氏が初日キーノートにおいて、オラクル、IBM、HPなどプライベートクラウドを展開する競合他社を高マージンビジネスで儲けるクラウドウォッシャーズ(Cloud Washers)とめずらしく強い言葉で批判しています。クラウドウォッシャーズとはおそらく、本来のクラウドの価値をプライベート・クラウドという別のものに塗り替えてしまう連中、という意味でしょう。

クラウドウォッシャーズはクラウドの価値を別モノに塗り替える連中
クラウドウォッシャーズはクラウドの価値を別モノに塗り替える連中

AWSはふだんからプライベートクラウドという言葉はもちろん、パブリッククラウドという表現も使いません。AWSが提供するものこそがクラウドであるという強い自信がそこに見えてきます。その自信の根拠となっているのが徹底した顧客志向であり、顧客のニーズに沿ったサービスだけを開拓し提供していくというベゾスCEOの発言と重なってきます。高マージンビジネスでは顧客志向は貫くのは無理。なぜならスケールしないから。顧客に寄り添うならマージンは低く。僕はときどき、自分がマージンビジネスに手を染めようとしている夢を見る。そしてギリギリのところで目覚めて、"ああ、よかった"と思う(笑⁠⁠」

批判されるのが嫌なら何もしないほうがいい

6年前、AWSがはじめてクラウド上のストレージサービスのAmazon S3をローンチしたとき、AmazonやベゾスCEOに対して多くの批判が寄せられました。⁠本屋がITの世界で成功するわけがない」⁠ウォールストリートはベゾスに小売だけをやってほしいと願っている」⁠クラウドなんて仮想化とどう違うんだ」など、たった6年前とは思えない内容です。こうした批判を受けることを承知で、最初のサービスを立ち上げ、成功に導いたAmazonの企業としての強さは、批判をおそれて何もしないでいることの愚かさを逆に際立たせているともいえます。ベゾスCEOは新しいことをはじめるとき、誤解される存在になることを恐れてはいけないとも発言しています。

もっともベゾスCEOがAWSのローンチに踏み切ったのは、小売で培った膨大なノウハウとそれに基づいたテストを長期間に渡って行い、それなりに成功への確信をもっていたからです。⁠とにかく試行の回数を増やすこと。回数が増えれば、成功のパターンも見えてくる」と言うベゾスCEO、ただの思いつきで新サービスをローンチするのではなく、十分なテスト&デプロイの繰り返しが成功をよりたしかなものにすると強調しています。

そして顧客に新たなイノベーションの機会を与えるのがAWSだとベゾスCEOは言います。⁠AWSは顧客が何度も試行を繰り返すことを可能にする。サービスを作る、トライする、失敗する、もう一度作りなおしてトライする、そのサイクルを速く安く回すことが可能になる⁠⁠ ─つまりAWSこそがイノベーションのイネーブラー的存在であるというわけです。数多くの試行錯誤を可能にするプラットフォーム、AWSの新たな存在価値といえるのかもしれません。

AWSの成長は予測していたが、こんなにも速いとは、そしてこんなにもエンタープライズで使われるようになるとは思わなかった

ヴォーゲルズ博士からAWSの成長についてどう思うかという質問を受けての回答です。2006年のローンチからAWSが成功することについては確信があったものの、これほどまでに成長のスピードが速いとは思っていなかったとベゾスCEO。そしてサプライズのもうひとつが、政府関連や教育分野、そしてエンタープライズ企業でのAWS採用が世界中で拡がっていることだと言います。⁠スタートアップで利用されるようになることは最初から予想していたが、エンタープライズでの増え方は予想外だった」とのこと。

記憶にあたらしいところでは、今年の米大統領選でオバマ大統領陣営がAWSを駆使して勝利へのステップにしたという話題がありましたが、政府関連や金融、製造業などミッションクリティカルな大規模事例でのAWS採用はここ1、2年で大きく増えています。その理由はAWS自身が「⁠⁠パブリック)クラウドは信頼性が低い、セキュリティが危ない」といった風評を実績でひとつひとつ潰してきたからであり、また、ひとつの良い事例がほかの事例を呼び込んだというサイクルに乗れたということの証明でもあります。

とにかく試行の回数を増やすこと。回数が増えれば成功のパターンも見えてくる
とにかく試行の回数を増やすこと。回数が増えれば成功のパターンも見えてくる

AWSはすばらしい営業部隊で勝利したのではなく、すばらしい製品で勝利した

ベゾスCEOも驚くスピードで成長を遂げたAWS、その要因はこの言葉に象徴されるとおり、提供する製品とサービスが顧客の心をがっちりと掴んだからにほかなりません。とくにベゾスCEOが絶賛したのがデータセンターという存在を目に見えるものに変えたことです。⁠これまで、データセンターとは歴史的に"インフォメーションフリー"な場所だった。ところがAWSでは、内部コストの流れを透過的に見ることができる。これはデベロッパにとっても革新的だった」とベゾスCEO。そうした需要はこれまでもあったはずで、しかし誰も指摘していなかった。常識を破ってAWSがサービスとして提供すると、"こういうものが欲しかった"という声が殺到し、多くのユーザが飛びついた ─言葉にすれば簡単ですが、いかに実行に移すことが難しいかはおわかりでしょう。

"なぜホコリをホウキで掃くのか、なぜ汚れのもとを取り除かないのか"と叱られた

Amazon、そしてAWSの上級エグゼクティブは毎年、丸2日間をかけてカスタマトレーニングを受けるそうです。ベゾスCEOも同様とのこと。そしてある年に受けたトヨタの"カイゼン"プログラム(リーンマニュファクチャリング)から非常に大きな影響を受けたといいます。

リーンマニュファクチャリングでは、生産ラインにおいて管理者が欠陥を発見すると、すぐさま全ラインを停止します。たとえそれがどんな小さな欠陥であっても、上流に近いところで潰しておく。ベゾスCEOは最初、疑問に思ったものの、上流に近いところでバグを取り除ければ、コストを大幅に抑えられると気づき、"MUDA(無駄)"という日本語をそのとき覚えたと深く感銘したと振り返っています。

もうひとつ、ラインの掃除をしていたとき、講師から「ミスター・ベゾス! なぜあなたはホウキを使うのですか! なぜ汚れのもとを取り除かないのですか!」と叱責されたことが忘れられないエピソードだと笑いながら語っています。ミスの要因を見つけたら元から断つ、この教えがAmazonやAWSの経営にも生かされているのかもしれません。

良い起業家とはリスクを嫌う、だからリスクを低くすることを考える

18年前にビジネスをスタートし、すでにスタートアップとは言えない規模に成長したAmazonですが、ベゾスCEOはいまも起業家精神をもちつづけていると強調します。起業には失敗はつきものとよく言われますが、この発言にもあるように、リスクはゼロにできなくても低くするための努力は重要だと語ります。⁠確実という言葉は幻想でしかない。起業家であればリスクテイクは避けて通れないが、リスクを低くすることはできる。それがシステマティックにできればなおいい」とのこと。とくにイノベーションの速度がより増している現在においては、リスクの適切な見極めが起業、あるいは新サービスのローンチにおいて重要になっていると言えそうです。

トレンドの波を捉えようとするのではなく、自分自身の情熱を追い求め、その上で波が来たら乗れ

IT業界では数多くのトレンドがそれこそ泡のように生まれては消えていきます。一時的な流行にとらわれていては決してビジネスは成功しないとベゾスCEO。自分が提供したいと心の底から思っている製品やサービスを追い続け、チャンスが到来したときにすかさずローンチすることが成功の秘訣だとしています。ビジネスを展開する上で最も重要なもの、それは情熱と顧客中心主義、この2つだけだと最後に結んだベゾスCEO。自身の理念に忠実にビジネスを展開し、いくつもの成功を収めてきた彼はいまも新たなビジネス1万年の時計プロジェクトと低価格宇宙旅行ビジネス"Blue Origin")にチャレンジしようとしています。


まさに"未来を創る人"をそのまま体現しているジェフ・ベゾス。ともに壇上に立ったヴォーゲルズ博士は「CTOとしては、コンピュータサイエンスの学位をもっているCEOは非常にやりづらい」とジョークを交えていましたが、AWSの短期間での成長も、彼がトップにいたからこそ実現したということが伝わってきたキーノートでした。変わるものと変わらないものを見極め、変わらないものをコアにするというベゾスCEOのビジネススタイルは、世界中のイノベーターや起業家に新たな影響を与えるといえそうです。

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