レポート

アートとテクノロジーのカンファレンス FITC Tokyo 2015 詳細レポート(1日目)

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自撮り(自身を媒体としたエクスペリエンス)の時代

Sougwen Chung(ソウゲン・チュン)

アートとテクノロジーの融合点,複数のアート分野を跨いで活躍しているSougwen Chung氏は,セルフィ(自撮り)現象の捉え方,エクスペリエンスを伝えることについて,自身のアートとの関わりとともに語りました。

油絵や作曲,文字,インスタレーション,プロジェクションマッピングのようなハイテクなことから,紙を折ったりといったローテクなことまで多岐にわたって活躍するSougwen氏。⁠クリエイティブなエネルギーをつなげていくことが,アートの実践での中心」となっていて,インスタレーションや,バイオリンのような楽器を使ってその楽器の動きで照明をコントロールできるもの,絵を描くというクリエイティブなアクトを通して照明が変わっていく手作りの複雑な空間を作ってたりもしています。

様々な媒体を手がけることによって,⁠異なる視点から様々なモードを探索することができ,クリエイティブな体験そのものを感じていると話しました。

セルフィについて

Sougwen氏はインターネットパフォーマンスとして,自身の作業過程をオンラインで記録したりもしています。それは自分自身のメモリーアーカイブであるとも感じています。⁠みなさんも何らかの形跡を残し大衆に晒していると思う。その一番いい例が『セルフィの現象⁠⁠」であるとし,⁠アヒル顔とかの撮り方が感染したり,何度も同じアングルから自撮りする人もいる。セルフィがユビキタスだっていうこと,すごく面白い」と言います。

セルフィのトリビア

セルフィは,世界初は1839年にRobert Cornelius氏が,宇宙初は1966年にBuzz Aldrin氏が撮っており,決して新しいものではありません。

タイムマガジンはセルフィシティランキングを公開しています。1位がフィリピンのマカティ,2位がニューヨーク,3位がマイアミだそうで,⁠これはグローバルな現象でしばらく続くでしょう」と述べました。

セルフィが一般に広まって

セルフィスティック,セルフィスキャンダル,セルフィアプリも出て,セルフィシティもどんどん増えています。アーティストが過去何十年もの間,世間の注目を浴びるために,自身のアイデンティティとしてずっと扱ってきたセルフィ。デジタルネットワークを介して大衆と出会ったらどうなるのでしょうか。

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セルフィが流行る以前のインターネットにおけるパーソナルストーリーといえば,まず思い浮かぶのがJonathan Harris氏の"We Feel Fine"。それは当時人々がインターネットを通してどのように自己を表現していのたかをビジュアル化した,とてもパワフルなプロジェクトだったと説明します。

セルフィ以前はこのようにユニークにそれぞれつくられたものでした。それがセルフィが登場,流行したことで,私たちのパーソナルストーリーへどう影響するようになったのか,自己表現がよりリッチ,ディープになったのか。

振り返ってみると,近くの都市が中心となる掲示板からフィードの時代に移り,今はFacebookやMyspaceの時代です。⁠いいね!」やフィードバックの通知がきたりし,生活の一部となってきました。

「⁠⁠いいね!』などで盛り上がると,少し現実から目を逸らすことができるのではないか。オンラインのIDと現実の自分の境界線が曖昧になってきて,私たち自身そのものが分身の役割を果たすようになってきた。今はセルフィの時代。写真や情報をどんどん出していくことで,境界線は曖昧になっていき,例えば自分自身のアイデンティティを選び,編集して打ち出す。特定の時間軸を切り取ったり,体験も選んで表現したりと,あからさまで生々しいもの。セルフィそのものが,各個人のテーマとなっている」とSougwen氏は見ています。

マシンが生み出すものに自分を残せるか

Lev Manovich氏が手がけた"selfiecity"という,5つの都市からセルフィを選んで,調査をしていくというプロジェクトがあります。アルゴリズム等を活用しながらセルフィを撮った時のムード,特定のアングルの撮り方等をパターン化したり,平均値を取ってアイデンティティを見るというものです。

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Sougwen氏は「セルフィをアルゴリズムを使って数値化するとはどういうことなのか。本来は写真を通して異なる都市の人々がつながるはずなのに,むしろ人々がいかに離れ離れなのかということを感じはしないか」と問い,そして次のように語りました。

テクノロジーの善し悪しということではなく,マシンが何を呼び込めるか,アルゴリズムは何が理解可能かというのがはっきりとし,私たちのユニークさがすべて無視されてしまう。私たちが大事に思っていること,どういう個性を持っているのか,どんなふうになりたいのかというのが全部拾えない。
アルゴリズムをイデオロギーとして実現できる方法があるのではないか。アルゴリズムの持つ足枷から解き放たれて異なる視点から世界を見ることが,アートを通してできるのではないか。表現する際にあえてデータを曖昧化して,自分自身を数値化から解き放つことができる。自分が手で残した印,マシンによって生まれた印,それらを融合して動くイメージやインスタレーションを作るとき,数値化なく表現することができる⁠Sougwen氏)

絵を描いたりすること,事実,真実,存在

絵を描くことについて描いているその瞬間を見せるためでもある。テクノロジーからうまれる不安感をとりのぞいてくれるのが絵。基本的で,シンプルで,儚い表現。作っているその瞬間,作品作りの過程は自分が世界に存在しているんだということとイコールで,このような過程によって,より真実をつかむことができると言います。

さらに数値化はファクト(事実)の一つの形状であるけれど,事実では真実は伝わらない。形状には意識が埋め込まれていて,形状を作り上げることによって,自分自身の現実も変えることができる。自分の集中,注意の枠組みを作っていくのだと話しました。

心が満たされるような作品を

展示のために国外へ旅した時,近くに友人はいない,表示できるメッセージがない,接続できない,という通知がたくさんきて落ち込んだそうです。Sougwen氏はこのようなスクリーンショットを集め,"#GOTHSCRINSHOTS"と呼ぶことにしました。これは500枚近く集まり,アパレルラインとなるまで広まりました。HighsnobietyANIMAL New YorkCool Hunting等にも掲載されました。このプロジェクトは「ピクセルを通した新たな真実を掴む瞬間となった」と語りました。

Sougwen氏には「テクノロジーを使うことで自分の心が空っぽになるかもしれない」という想いがあり,次のように続けました。

すべての素晴らしいアートには必ず中心に内省があるはずだ。そういう考えを提唱できるプロジェクトを積極的に手掛けていっている。心を空っぽにするのではなくて満たされるような,その体験を楽しめるようなやり方があると思っている。そのような形でソフトウェアやテクノロジーを活用することができると思っている⁠Sougwen氏)

さらに「私が続けている油絵や#GOTHSCREENSHOTSのように,ロングキューという長期的な視点から色々取り組むということ。人の側面を,ソフトウェア,ハイテクなプロジェクトを結びつけたり,人の要素を,空間や自分の体験を伝えるということに結びつけたり。アートとテクノロジーの交差点において,作品をつくることができるというのは,私自身にとってとても面白いこと」と言及。MIT Media Labでこれから関わることをとても興味深く感じていると語りました。そして「ネットワークやインターネットの今後を見据えた際に,様々な曖昧化をしたデータをたくさん使いながら,自分自身を非数値化した形で探索することをとても興味深く感じている」と述べました。

最後に,Sougwen氏は「このセルフィの時代において,私たちはどうやって自分自身の新しいパーソナルストーリーを描いていくことができるのか。目にしたこと,体験したことをよりクリエイティブに,皆がびっくりするような,同時に内省的な形で伝えていくにはどうしたらよいのか。長期的な視点を見据えた長いキュー,そういったものを享受しながら表現するにはどうしたらよいのか。自分自身が媒体である。セルフィを通して,自身の振る舞い,記憶,伝えたいエクスペリエンスを表現することができる」と締めくくりました。

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著者プロフィール

関谷繭子(せきやまゆこ)

株式会社 えにしテック

昼は受託系Web開発の会社でデザインのお仕事。夜はおうちでoFやLiveで遊んでいる。

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