レポート

アートとテクノロジーのカンファレンス FITC Tokyo 2015 詳細レポート(1日目)

この記事を読むのに必要な時間:およそ 13 分

デビッド・オライリー講演 The David OReilly lecture

David OReilly

1日目のラストは3DCGのアーティストであるDavid OReilly氏が登壇。アーティストはどう在るべきかを語りました。

まず先に伝えておきたいのは,David氏は背面にあるスクリーンにスライドや自身の作品を投影することはしませんでした。⁠自分の作品はWebサイト等で取り上げているため,あえてここで紹介に時間を割かず,アーティストとして在り続けることについて語りたい。皆さんと考え方を共有して,少しでも有益な時間にしたい」とはじめました(もしDavid氏のことを知らなければ,独創的なキャラクターが登場する作品群も是非ご覧ください⁠⁠。

画像

肩書きという制限から抜ける

プログラマ,グラフィックデザイナー,コンセプトアーティストなど,クリエイティブ業界には様々な肩書きがあり,自分のことをアーティストと呼んでいない人も多いと思います。しかしこのレッテルというものに満足できているでしょうか。

David氏は肩書きのもつ制限から抜けることを勧めます。

「肩書きは,私たちはいったい何をする人間なのか,することの範囲を制限し,むしろ私たちは何でないのか,という否定の側面を突きつけてくる。私たちは現在,WebサイトやTwitterのアカウント等,バイオグラフィーを強制される時代に生きていて,自分が何者なのかを言い続けなければならない。私たちは環境に従って常に変化をしていく存在だから,自分自身が何者かを言えるのは,死後になってしまう。
こういうレッテルというものとアートは大体において正反対だ。現在進行形のプロジェクトへタイトルをつけようとすると難しかったり,ジャンルやカテゴリがあらかじめ決まっている仕事をするのにフラストレーションが溜まったりするのに近い。自分の深いところからアイディアを取り出した作品と,定められたジャンル内の仕事として作成したものと,表面上は似ていても一緒にされてしまうのは残念だ。
クリエイティブな人のやることは常に複雑で,インスピレーションが湧いたり,自分のアイディアに興奮させられたり,自身や世界に葛藤を抱えるということは皆同じ。だからこそ,それぞれに異なる道を歩んできている皆さんにとって,このように自分たちがしていることはいったい何なのか話し合う場が成立するのだ」⁠David氏)

キャリアをはじめる人へ

David氏は,アーティストを作り出すための理想的な条件というのは無いと言います。貧乏な人は自分の技巧を磨くために中々時間を割けなかったり,非常にお金持ちの人はあるアイディアを最後までやり通す根気が持てなかったりと,貧乏でもお金持ちでもそれぞれ欠点があるものだと見ています。

普通の人にとっての豊かさが,アーティストにとってもそうとは限りません。⁠貧困,病気といったものや,嫉妬,孤独といった人生における困難こそが,どんな先生や本よりもアーティストとしての私たちを作り上げていく。かといってこのような困難がアーティストとしての成功の決定的な要因になるというわけではない,というのが大切」と言います。

受け入れられなくても,不安の中を突き進む

まず,自身のアイディアが受け入れられないことに対しての考え方を示しました。

「アーティストとしてキャリアをはじめるというのは,自分自身の挑んでいる領域を再発明し,作り変えていくこと。皆さんに先行する世代は異なる理想,考え方を持っていて,そういった理想は,古びることによりルール,教義になっていく。不安な気持ちがあるからこそルール化する。過去の時代の人々は次の世代の人々が起こす変化に対して抵抗しようとするのだ。
だから,もしあなたがアーティストでい続けようとするのであれば,誰からも権威を受けてはいけない。皆さんは不安のあるところに入っていくことになる。だから新しいアイディアを提唱するとき,葛藤や戦いが起こる。本当に新しいアイディアなら,たくさんの人に,すぐには受け入れられないだろう。たくさんの観客や人気を獲得するのは,あなたのアイディアを理解し,評価する,あなた以外のアーティストだ。その人たちは,あなたがしたことを真似しているから,うまくやれるのだ⁠David氏)

自由は貴重なもの

David氏は「アーティストとしての人生をスタートさせるのであれば,自分一人で孤独に,いかなる外的プレッシャーも受けずに仕事や創作を行うこと,それが絶対的なパワーを生み出すのだということを認識すべき。評価が確立したアーティストが羨ましいと思うかもしれないが,彼らの多くは,何をするのかを決定する自由,どんな自分になるのかを決める自由,実験し遊んでみる自由を羨ましく思うものだ」と話します。

そして,⁠多くの学生がよりはやく業界に入ろうとする。その時に考えなければならないのが,世の中の99%のデザイナーよりクレヨンを持った子供のほうが自由があるということ。プロとなった人でもヒエラルキーの端っこにいると認識しているものだ。だから,自分で創作を行うことのポテンシャルを決して過小評価しないでほしい。周囲の人は,あなたの考えに反対するかもしれないし,長いこと誤解し続けるかもしれないが,それでいい。今日の世界は,あなたがもはや学生でもなく勤めてもいない場合,何か問題があるのではないかという考えを植えつけるが,しかしあなたに問題は ないのだ。商業の世界に入るのを急いではいけない」と告げました。

自分で学べるということ

またDavid氏は,高等教育は必要無い,私たちは自分自身で学べるということを認識すべきと考えています。

「美術学校には可能な限り多くのテクニックを扱ってみることを勧めたい。美術学校はたくさんのテクニックを学ばせるとき,なぜ学ぶのかは言わない。⁠このテクニックはこういう理由であなたに向いていて,あの媒体は違う理由で別な人に向いていて』というのを伝えるべき。こうして使いものにならない知識を詰め込まれた学生達は,コンテンポラリーアートとやらの歪んだバナーのもとテクニックをただ単に創造性もなく再生産していくだけという結果を生み出してしまう。自分自身で孤独に作品をつくったりすることを美術学校は教えてくれないし,プロセスを楽しんでもそれで単位がもらえることはない。しかしそのようにプロセスを楽しむことこそ,私たちができることのうち,私たちに最も活力を活力を与えてくれる⁠David氏)

画像

何もしないこと

David氏は,何もしないことも大切であると言います。彼自身の人生で,自分を作ってくれた時間というのは,決してお金を生み出さない行為をしていた時間だったそうです。本を読んだり,作品を見たり,人と会ったり,もしくはただ考えごとをするだけ。そういう活動こそが自分自身を形作ってくれる重要な時間なのだと語りました。

「芸術を学ぶプロセスはものすごく有意義なもので,自分自身の性質,関心を辿っていくことが重要。
他の人の関心を得ようとすると,フラストレーションが溜まるだろう。美術学校はあなたが生涯関わっていこうとするものに対して,愛や関心を失わせてしまう可能性がある。もし,あなたが概念的な思考に興味がないのであれば,自分自身の関心のあるテクニックに集中しなさい。テクニックを磨く努力の過程の中で,アイディアは生まれてくる。アイディアを生み出すことに興味があるのであれば,他人のものに従うのではなく,自分自身でアイディアを作り出そうとすべき。いかに大それたアイディアでも構わずに。テクニックはそういったアイディアの実験の中でついてくる。私たちは皆,自分自身の仕事の仕方,創作の仕方について一定の考え方を持っていると思う。それを大事に育てていってほしい。他人やお金がそれに対してネガティブな影響を与えるようになってはいけない」⁠David氏)

芸術的な仕事で大切なこと

芸術的な仕事が一般的な仕事と違うのは,好きだからこそやるべきことという点です。

「芸術的な仕事は困難なもので,孤独や気晴らしの誘惑があらゆるところで待ち構えていて,そこから逃げ続けなければならない。
自分の仕事のやり方について喋ってばかりいるような人達は,本当の芸術がもたらす困難さを無視している怠慢なアーティストだ。最も創造的な仕事は2つの部分に分けることができる。考えること,そして行動。理論に特化して完璧主義者になってしまって,そのプロジェクトをどんなふうに終わらせるのかわからなくなってしまう人がいる。一方で,いかなる目的も設定せずに行動してしまって,終着点が見えなくなってしまう人もいる。そのバランスが大切だ」⁠David氏)

テクノロジーの民主化でも変わらないこと

今日,歴史上で最も多くの人に創作の手段が与えられている状態です。自分自身の時間をどのテクノロジーに注ぐのか,その時点でまずギャンブルをしなければならず,混乱させらせます。

「テクノロジーはアーティストたちが生きる時代のリアリティを表現し,芸術家自身のリアリティもまた,テクノロジーを通して表現されるとすると,芸術の歴史は,ツールの変化の歴史,テクノロジーの歴史,アイディアの歴史であると言える。だからといって,皆がその時代に生まれた最新のテクノロジーを追う必要がある,ということではない。
何が新しいかということよりも,どのテクノロジーが自分のアイディアを表現してくれるのか,自分を楽しませてくれるのか,が大事。そのテクノロジーを用いなければ表現できないものは,本当にあるのか⁠David氏)

David氏はテクノロジーが民主化されても,創造に必要な努力は大きく減少しえないということを指摘します。

「テクノロジーが民主化されてきて,アーティストになることが以前よりも簡単になった,というのは個人的には神話に過ぎないと思う。以前より創造的になり得るための選択肢は増え,努力も少なくて済むようにはなった。だが一方で,様々な偉大な芸術作品を観るための時間を,テクノロジーを選ぶこと自体に捧げてしまうという状況も生まれてしまっている。YouTube登場以前,自分たちのやり方は非常に難しかったと言う人がいるが,私たちが思い出すべきなのは,ペンだってテクノロジーということ。文学,詩,音楽はペンが無ければ存在しなかったのかといえば,そんなことはない」⁠David氏)

アートとお金

お金が無くてもできる,お金があると持てないものがある

お金はクリエイティブな世界において,大きな影響力を持っています。しかし,お金よりもアイディアを持つ個人のほうがよっぽどパワフルなのだと言います。芸術はお金の無い時代からありました。

「お金はアイディアを形にするのを手助けるかもしれないが,お金がトレンドを生み出すというわけではない。あらゆるトレンドは,お金からはじまっておらず,トレンドが商業化するのにがっかりするのはお馴染みの光景。新しいアイディアが簡単にはお金に恵まれないのは,そのアイディアが機能するかどうかの先行例を必要とするからだ。興味深いことに,どれだけ有名で創造的なアーティストでも,お金を最も生み出すことができるのは,新しい領域を探ることではなくて,過去の成功を繰り返すことによってなのだ」⁠David氏)

そして,商業との関わりについて自身の考えを語りました。

「商業の世界でのみ仕事をする多くの人々が,法律的に守ることのできないインディペンデントなアーティストから盗むことによってその仕事がなりたっていることを,怠慢にも忘れる。創造性について話すとき,ほとんどが自己啓発本から取ってきた知識に基づいたものだと,彼らは語り忘れるのだ。商業的な仕事自体が悪いと言っているのではなく,お金が絡むと創造的なコントロールを失いがちになってしまうことをイメージしておかなければならない。そしてコントロールの欠如は,自分自身の創作にとって毒となり得る可能性がある⁠David氏)

最後に次のメッセージを残し,締めくくりました。

「私たちは一風変わった道を歩んでいると言えるが,だからこそ,自分自身の存在を定義しようと焦ることはない。他人と比べて自分はどうだとか考える必要は無い。アーティストは感じやすく傷つきやすい存在で,キャリアのあらゆる段階において不安定さと向き合っていかなければならない。そういったことを,私たちはむしろ良かったと感じるべきだ。
何よりも重要なことは,自分自身の仕事,作品,自分自身が関わっているテクニックに対する自らの関係性を養い,育てていくこと。自分が寝る間も惜しいくらいに作りたい気持ちになっているのか,確かめてほしい。そういったことのために努力できるか,そもそも努力できることが幸せかどうか。これが才能があるかどうかよりもアーティストになるためにもっと重要なことだ⁠David氏)


以上,FITC Tokyo 2015,1日目の内容でした。改めてレポートとして書きながら,的を得ていてもっともすぎる言葉の数々を噛み締めました。2日目も濃い内容となっておりますので,どうぞお楽しみに。

著者プロフィール

関谷繭子(せきやまゆこ)

株式会社 えにしテック

昼は受託系Web開発の会社でデザインのお仕事。夜はおうちでoFやLiveで遊んでいる。

Facebook:https://www.facebook.com/mayukosekiya